表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
16/49

16



「海。ケーキを買って帰りましょう」

「ケーキ……?」



 工藤で昼食を済ませ(本格的な和食というものに、海の箸は始終止まることがなかった)店を出るなり、雫は海にそう笑いながら言った。


 彼女の言葉に海は眉を寄せる。


 海はこのまま帰ると思っていたし、彼にとってケーキというのは特別な日に食べるものであり(もっとも海は食べたことはなかったのだが)今がそれにあたるとは思わなかったからだ。



 そんな海の内心を気にとめず、雫は海の手を引き、賑わいを見せる商店街へと歩を進める。



「今から行くケーキ屋さんはシュクレっていう名前なんだけど、シュークリームがとても美味しいの。海もきっと気に入るわ」



 そう語る雫の表情は、とても嬉しそうで。

 本当にそこのケーキが好きなんだと、海にも伝わってきた。



 だが、と海は思う。


 好きなのは伝わってきたが、なぜ買うのかの理由は、やっぱりわからない。


 それなので、海は直接雫に聞くことにした。



 雫の横を歩きながら、彼女の顔を見上げ口を開く。



「……ねえ」

「ん?なあに?」



 海に声をかけられ、雫は笑顔を海に向ける。


 その笑顔が再び胸をざわつかせるが、海はそれを黙殺し、しかし視線を逸らし続けた。



「なんで、ケーキを買って帰るの?」

「あら?ケーキは嫌いだった?」



 海の言葉の『本当の意味』を雫は理解していたが、あえて勘違いしたふりをし、足を止め海に尋ねる。


 それに海は、首を横に振りながら答える。



「食べたことないからわからない……。そうじゃなくて、今日は別に特別な日じゃないだろ?それなのになんでケーキを買って帰るの?」



 海の言葉は雫の想像通りだった。

 満足に食事を与えられなかった海に、ケーキなどの嗜好品をわざわざ与えるわけがない。



 雫はそれに気づいていた。気づきながらあえて気づかないふりをしたのは、海に同情していると思われたくなかったからだ。


 与えるのは等身大の愛情だけでいい。

 そこに同情よけいなものはいらない。


 雫はそう考えていた。



 海の言葉の前半部を聞き流し、雫は後半部だけに返答をする。



「特別なことがなくてもケーキは食べていいのよ。でも、そうね。あえて理由をつけるとしたら」



 雫は言葉を止め、しゃがみ、海と目の高さを合わせ、微笑みながら言う。



「海と一緒に美味しいケーキを食べたくなった。それが理由かしら」

「……」



 自分の頭を優しく撫でながら笑顔を向けてくる雫のことを、海は不思議そうに見ていた。



(特別な理由がないのにケーキを食べる?俺と一緒に食べたい?……こいつはいったいなにを言ってるんだ?)



 雫の言葉の内容を、海は全く理解出来ない。


 それはそうだろう。


 人間というものは、自分の知っている『世界』とは違うものを簡単に受け入れることは出来ない。

 そして、それ以前に海の『世界』は狭すぎた。


 ……なんでもない日に家族でケーキを食べるという、ありふれた風景に疑問を挟むくらいに。



 雫は思う。海の狭い世界を、母親として広げてあげたいと。



(この子は、もっといろいろな世界を知るべきだ。今まで海が体験してきた、悲しい世界だけが全てじゃないってことを教えてあげたい)



 雫はいまだに眉を寄せている海の頭を撫で、立ち入り再び彼の手を取った。



「さあ海。行きましょう」



 促され、海は頷く。


 納得したわけでも答えが出たわけでもないが、とりあえず保留にしておくことにした。


 それよりも、今まで一度も食べたことがない、しかし食べたいと夢見ていたケーキを買ってもらえることに海は興奮していた。


 いくら未来を諦めたと、自分の人生に絶望したといえ、彼はまだ七歳。

 ふとしたことで年相応の感情が顔を出す。今がまさにそれだった。



 本人の意思とは無関係に速まる足。


垣間見えた少年の行動に、雫は目を細めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ