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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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「海。少しお話しをしたいんだけど、いいかな?」



 夕食が終わり(結局海は、二人前近く寿司を食べた)海が水色のマグカップでお茶を飲んでいると、彼の正面で同じようにお茶を飲んでいた輝が口を開いた。



 海は育った環境ゆえ、人の変化にとても敏感だ。


 なにがどう変わったと説明を求められても海は答えることが出来ないが、彼は輝の雰囲気が変わったことを敏感に感じ取った。


 マグカップをテーブルに置き、警戒しながら答える。



「……なに?」



 しかし、輝とて阿呆ではない。

 海が警戒していることを一瞬で見抜き、笑顔を浮かべ顔の前で左右に手を振る。



「いや、変な話じゃないんだ。だからそんなに警戒しないでおくれ」

「……」



 だが海は警戒を緩めなかった。緩めたことで痛い目にあったことがあるからだ。


 そんな海に輝は苦笑いを浮かべる。



(まあ、仕方ないか。いきなり信じてもらえるわけもない)



 ゆっくりいこうと輝は決め、口を開く。



「海は、学校には行きたいかい?」

「……」



 輝の問いに、海は目を細める。輝の真意を探ろうとしているのだ。



(……こんな風に常に人を『観て』きたんだな、この子は。……自分を守るために)



 普通の小学生、いや、大人でさえ出来るかどうかわからない、人の内面まで探ろうとする冷たい瞳を、輝は見つめ返した。

 自分にやましいことがないことを証明しようとしたのだ。



 約一分近く、海は輝のことを『観て』いた。

 その間、輝は一ミリたりとも彼の瞳から目を逸らさず。



(今までの大人はこうするとだいたい目を逸らすか、暴力を振るった。……やっぱりこいつらは違うのか……?)



 初めてのことに、海は戸惑う。

 だが、このまま『観て』いてもなにも変わらなそうなので、海は次の手に出ることにした。


 『観る』ことはやめ、しかし冷たい瞳のまま輝に言う。



「学校には行きたくない」



 これは海の手であり、同時に本心だった。



 海は学校が好きではない。

 親に愛され、のうのうとなにも考えず生きている同年代のクラスメート達を見ているとイライラするのだ。


 それに、自分が違う存在だと思い知らされるから……。



 だから海は学校が嫌いだった。行きたくなかった。



 そのことを、海は以前、他の家で言ったことがある。

 それに対する返答は……拳だった。



 世間体がどうとか、養われている身分で口にするなとか、そういった理由で海は殴られ、学校に行くことを強要された。



(これでわかる。こいつらが、本当に違うのかどうか。さあ、本性をさられ出せ!)



 そんな思いで、海は輝の反応を待った。

 もし殴られてもいいよいに、歯を食いしばり、体に力を入れる。



 そうした、ある種の臨戦態勢をとった海に向けられたのは、暴力でも、世間体を気にした自己保身の言葉でもなく、優しい、笑顔だった。



「そうか。じゃあしばらく学校はお休みしよう」

「へ……?」

「雫もそれでいいかな?」

「ええ。海が行きたくないって言ってるんですもの。無理に行かせることはないわ。あ!じゃあ海の勉強は、私が見てあげましょう!」



 ぱん、と体の前で手を打ち合わせ笑顔を浮かべる雫。


 予想外の展開に海が固まっているうちに、話しは彼を取り残してどんどん先に進んでいった。



「雫……。それはずるくないかい?僕だって海に勉強を教えてあげたいよ!」



 雫は口元に手をあて、くすくすと笑う。



「あら。それは無理よ。だって輝さんは仕事があるでしょ?だから海の先生は私がやります」

「それは……。でも、雫にも仕事があるじゃないか!?」

「私の仕事は家でも出来ますから」

「ずるっ!」



 失権乱用だとか、僕も海と一緒にいたいとか、そんなことを叫ぶ輝だったが、雫が小さく笑うと、それがぴたりと止まる。



「輝さん?」



 輝は知っていた。

 雫がこういう笑い方をする時は、決まって怒っている時なのだと。その証拠に、笑う彼女の目は、一切笑っていない。



「……おとなしく仕事に行きマス」



 輝は知っていた。

 普段温厚な彼女は、怒った時だけはとても怖いことを。


 なるべく雫の目を見ないようにしながら、輝はそう、頷いた。



 そんな風に勝手に完結する会話に海は混乱しながらも、口を開く。



「……いいのか?」

「うん?なにが?」



 海の言葉に反応したのは雫だった。

 先ほどまで輝に向けていた威圧感は消え去り、優しい笑顔で海に問い返す。


 海は雫の目を見ながら言う。



「学校に行かなくて、本当にいいのか……?」



 雫は首を傾げながら海に問う。



「行きたくないんでしょ?」

「そうだけど……でも世間体とか……」

「海」



 雫は海の言葉を、彼の名前を呼ぶことで遮った。

 そのまま海の頭に手を乗せ、海の頭を撫でながら雫は言う。



「そんなもの気にしなくていいわ。私達はあなたの意志を尊重する。だから行きたくなければ行かなくていいのよ。その逆もそう。行きたくなったらいつでも行っていいの。その時は遠慮せずに言ってね」



 優しく笑う雫に、海は無言で頷くことしか出来なかった。



 ――海は確信した。彼らは今まで海が出会ったどの大人とも違う。

 優しく、暖かい大人だ。



(でも……信じていいの……?もしかしたら、こうやって信頼させて、それから裏切るんじゃ……?)



 一度そう考えてしまうと、猜疑心は止まらない。

 海の思考は暗い闇に落ちていく。



(……やっぱり信じるのはやめよう。それが一番いい)



 海がそう結論づけた時、彼に輝が声をかける。



「さて、海。そろそろお風呂に入って寝ようか?」

「え……?あ、うん?」



 急な呼びかけに、海は戸惑う。


 闇に落ちていた感情を引き戻し、輝に視線を向ける。



 ……そこにいた輝の顔を見て、海は軽くひいた。

 輝の顔が喜びで輝いていたからだ。



 輝は席を立ち、海に近づき、彼の手を取り言う。



「さあ!海!行こう!」

「い、行こうってどこへ?」



 あまりの勢いのよさに戸惑う海を置き去り、輝のテンションはどんどん高まる。



「どこって、お風呂だよ!今頷いたじゃないか!」

「風呂……?」



 海は前後関係を思い出す。


 確かにいきなり話しかけられ頷いた記憶はあるが、それはあくまで疑問形でだ。肯定したわけではない。


 しかし、と海は思った。



(風呂に入らせてくれるならいいか)



 食事すらまともに取ることが出来なかった海が、まともに風呂に入ることを許されるだろうか?

 答えはもちろん、否だ。


 もちろん世間体を気にするため、臭いまま放置するわけにもいかない。

 そのため、海はその家の住人が全員入った後の残り湯を使って体と頭を洗うことのみ許された。

 もちろんシャンプーやコンディショナーなどの使用が許されるわけもなく、海は体も頭も石鹸で洗っていた。


 確信があるわけではないが、この夫婦なら自分も温かいお湯の張られた浴槽に入ることを許してくれるのではないか、と海は思っていた。



 それは現実のことになる。

 ……ただし、またもや彼の予想の範疇を超えた『おまけ』がついてくることになるが。



「さあ、海!一緒に入ろう!」

「…………は?」



 いい笑顔をした輝の楽しそうな声。

 その言葉を海が理解するには、しばしの時が必要となる。



(入る?どこへ?一緒に?どこへ?)



 会話の流れを海が理解した時、海は顔を真っ赤にして叫んだ。



「ふ、ふざけるな!なんでお前と一緒に風呂に入らなきゃいけないんだ!?」



 輝の手を振りほどき、海は輝を睨む。

 だが輝はそれを全く気にしなかった。


 輝は言う。



「だって、海家のお風呂の使い方わかるかい?第一、海が一人で家のお風呂に入ったら、多分溺れるよ?」

「くっ……!」



 正論だった。それに輝に嘘をつく理由なんてないし、仮に嘘をついているようなら海はわかる。


 だから海は言葉に詰まった。


 なにか回避する方法は、と頭を働かせるが、なにも打開策は浮かばず。



(どうする?どうする?)



 テンパる海。そんな海に女神が現れた。



「輝さん」



 いつの間にか海の後ろに立っていた雫が、輝を不機嫌そうな表情で見つめていた。



(助かった……!)



 海がそう安堵の息をこぼした、まさにその瞬間だった。



「輝さんだけ海と一緒に入るのはずるいわ。みんな一緒に入りましょう」



 女神は実は悪神だったのだと、海が悟ったのは。



「それはいい考えだ。じゃあ親子みんなで入ろう」

「ええ。行きましょう」



 デパートの時のように両側から海の手を握る近藤夫妻。

 そのまま引きずられるように海はバスルームまで連行される。



「ちょ、待っ……!ふ、ふざけるなーっ!」



 この一日の出来事の中で、一番の試練が海を襲った瞬間だった。

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