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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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 周りを緑に囲まれた、小さい山の一角に位置する三階建ての白い小さな建物。

 みどり児童養護施設と記され、初夏の花々に彩られた門をくぐり、駐車場に一台の車が静かに停まる。


 高級車レクサスから出てきたのは若い夫婦。

 三十代前半であろう彼らは、後部席から大きい袋をいくつも取り出し、それらを持ち施設の正面玄関へと向かう。



「近藤さん!」



 夫妻が玄関まで半ばまでの距離を歩いた時、そこから一人の女が彼らの名を呼び、飛び出してきた。

 初老に差しかかった彼女は、年齢を感じさせる緩やかな速度で夫妻に走り寄り、弾んだ息を整えることもせずに、彼らへ笑顔で話しかける。



「お待ちしていました!いつもありがとうございます」

「気にしないで下さい院長先生。僕達が好きでしていることですから」



 院長の言葉に男、近藤輝こんどう あきらは笑顔で言う。



「そうですよ。先生。私達は子供が好きなだけですから」



 輝に続き言ったのは、彼の妻であるしずくだ。


 二人の笑顔に打算的なものは一切なく、彼らの言葉に裏がないことを証明していた。

 院長は言う。



「ふふふ。お二人はお若いのに、本当に素晴らしい人ですね。お二人の間にお子さんが生まれたら、その子はとてもお幸せでしょうね」

「……そうだと、いいんですけどね」


 院長の言葉に彼らは小さく笑った。

 それは儚い笑顔。

 院長は詳しくは知らないのだ。彼ら二人のことを。二人の『悲しみ』を。



「……先生。子供達が楽しみにしているでしょうから、会いに行ってもよろしいですか?」

「あら私ったらすいません!ええ、どうぞどうぞ!」



 院長は慌ててそう言うと、輝達が持っていた荷物をひったくるようにして取り、笑顔で彼らを施設内へと招いた。

 強引ではあるが、彼女には悪気は一切ない。そういう性格なのだ。最初こそ面食らった輝達であったが、今では裏表のない彼女の性格をいたく気に入っていた。


 ……しかし、そんな彼女にも言えないことがある。二人が孤児を、子供を大切に思う気持ちの根源を。



 輝は心配げに雫に視線を向け、雫は小さく「大丈夫」と頷いた。






「みんなー!近藤さんが来てくれたわよー!」



 院長の言葉に、思い思いの行動をしていた子供達が「わー」と声をあげ院長に群がる。

 幼少の子供達の目当ては、夫妻よりも夫妻が持ってきた袋一杯の玩具や衣服だ。

 これは僕のだー、とあがった声に周りからずるーいと重なる非難。

 それを見た他の先生が「喧嘩しないの!」と叱る様子を、夫妻はほほえましそうに見つめていた。

 と、その時。



(――っ!?)



 輝は突然、寒気を感じた。


 寒気を感じた方に顔を向けると、そこにいたのは一人の少年。


 線が細く背も低いその少年は、一見普通の子供に見える。


 しかし――



(なんて目だ……)



 輝はその少年の目を見て、息をのんだ。


 見ているだけで寒気を覚えるような冷たく、鋭い目。少年が輝を睨むその目は、彼のような年代の少年がしていいものでは、決してなかった。



「輝さん……」



 輝と同じように少年の視線に気づいた雫が、少年に視線を向けたまま輝の腕に触れる。

 雫が戸惑っているのを、輝は感じた。



 二人の視線を受け、少年は彼らに向かい歩き出す。


 冷たい瞳の少年。しかし、同時にとても美しい少年であることを、彼が近づいてくるにつれ、輝達は知った。


 その美しい少年は、輝達の前で歩みを止め、彼らを見上げながら口を開く。



「満足か?」



 少年の口から発せられる子供らしい幼い声。しかしその内容は全く子供らしくなかった。



「弱いものに施しをして強者ぶって。そうやって自分は特別だと悦に浸って、さぞかし満足だろうな」

「き、君……」

「偽善者が」



 輝の呟きを無視し、少年はそう吐き捨て彼らを睨む。


 そんな少年の行動に気づいた院長が、慌てて声をあげる。



「こ、こら!海君!なにしてるの!?」



 院長の声に少年は彼女の方をちらりと見やり、ふん、と鼻を鳴らし去って行った。



「ごめんなさい近藤さん……。あの子が失礼を……」



 頭を下げる院長。そんな彼女に雫は問う。



「あの、先生。あの子は……?」



 輝と雫は、この児童養護施設に定期的に寄付をしている。前回ここに来たのは二ヶ月前。その時、あの少年はまだいなかった。

 院長は言う。



「はい。二週間前にこの施設で引き取った子で、名前はかい君。七歳の小学二年生です」

「七歳……」



 二人は驚きを隠せなかった。七歳といえばまだまだ幼子。物事の善し悪しはもちろん、あのような辛辣な言葉を理解出来る年齢ではない。


 それに……。



「院長先生。彼は、その……なにか心に傷を負っているのですか?そうでなければ、あんな目が出来るわけがない」



 輝の言葉に院長は俯く。言うべきか、言わざるべきか、それを悩んでいるのだ。



「……実は」



 数秒の逡巡ののち、彼女は語り出した。彼らになら話してもいいと思ったからだ。



「彼の両親は、彼が二歳の時に他界しているんです。彼の祖父母方も皆さんすでに亡くなられていて……。それで親戚に引き取られたらしいんですが……」

「……虐待、ですか?」



 雫の言葉に院長は頷く。



「言葉と力による両方の暴力を受け続けたあげくに、他の親戚に預けられて。でもそこでも虐待を受けて。そうやって親戚中をたらい回しにされたそうです。小学校の彼の担任の先生が虐待の可能性に気づき児童相談所に連絡して、その結果ここで引き取ることになったんですけど……」

「……その時にはもう、あんな目をしていた、と」

「……はい」



 輝は納得した。少年、海があんな目をしている理由も、彼があんな言葉を知っている理由も。


 彼は受け続けてきたのだ。理不尽な暴力を。

 彼は言われ続けてきたのだ。心ない言葉を。


 そうやって覚えてしまったのだ。辛辣な言葉を。

 そうやって信じられなくなってしまったのだ。大人を。他人を。


 輝も雫も、共にそれなりに裕福な家庭で愛されて育った。

 だから海の胸中など、想像することも出来ない。人は体験したことしか理解出来ないのだから。


 しかし、彼らは二人共思う。幼い子供に、あんな目をさせていてはいけない、と。



(この世界には悲しみと絶望しかないなどと、子供に思わせていいわけがない!)



 輝はそう、強く思った。


 輝と雫はどちらからともなく見つめ合い、そして同時に頷く。そのまま院長に顔を向け、輝は口を開いた。



「院長先生。ご迷惑でなければ、彼を、海君を、私達で引き取りたいのですが」

「え!?海君を、ですか?」



驚きの声をあげる院長。彼女に雫は優しい微笑みを向ける。



「私達は彼に優しさと幸せを教えてあげたいんです。今の世界には、確かに、悲しさや絶望が多く渦巻いています。けど、それだけじゃない。優しさと幸せが存在することを、彼に教えてあげたいんです」

「……」



 院長は躊躇った。輝達の人となりは充分理解しているつもりだし、海も、ここにいるよりも有意義な生活を過ごせることは間違いない。


 しかし、それでもあっさりと頷くことは出来ない。彼らの幸せを、児童養護施設の院長として考えれば。



「……近藤さんの提案は素晴らしいものだと思います。でも、本当にそれでよろしいのですか?例えば……あなた方の間にお子様が生まれたとしても、海君のことを息子として見られますか?」



 養子として引き取られ可愛がられた子供が、夫婦の間に実の子供が生まれた瞬間から邪魔物扱いされることは、実はよくあることだ。

 それゆえに、こういった事態に関して、院長としては慎重にならざるを得ないのは当然といえた。


 院長の言葉に輝と雫は顔を静かに見合わせる。

 院長の言葉にはっとしたからではない。

 これは確認だ。彼ら夫婦の間にある『秘密』に関する確認。


 大丈夫か、という輝の視線に、雫は静かに頷いた。

 そうして雫は院長に顔を向け、口を開く。



「……先生。私達の間に、子供が出来ることはないんです。私、子供が出来る体じゃなくなっちゃったんです」

「――っ!」



 院長は鋭く息を飲む。


 それはそうだ。誰が想像出来るだろう。若く幸せそうな夫婦の間に子供が出来ないなどと。


 驚き口を開いている院長に、雫は言う。



「だから、先生のご心配は杞憂です。海君が私達の息子になってくれたら、私達は心から彼を愛します。家族の一人として接します。彼に、辛い思いも悲しい思いもさせません。どうか、私達を信じてください」

「……」



 雫の言葉に院長は逡巡し、そしてゆっくりと頷いたのだ。

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