第3話 迷い猫(前編)
朝──身支度を整えて、まだまどろんでいるルシオンに、あまり遠くまで出歩かぬよう釘を刺して、階下に下りる。ついでに、宿屋の主人に、それとなくルシオンを気にかけてくれるよう頼んで、小銭を握らせる。
「過保護なこったねえ」
からかうような声に振り向けば、がらんとした酒場の奥──昨晩と同じ席で、バルドが朝っぱらから酒を飲んでいる。
「俺には妹を守る義務がある」
ルシオンの父──ハンスの死に際を思い起こしながら、俺は真顔で返す。
バルドは、酒杯の残りを、ぐいと飲みほして──おもむろに立ちあがり、酒場の隅の柱に向かう。見れば、その柱には、ちらほらと木札やらぼろ布やらが留められている。
「何だ、これは?」
「これは──冒険者への依頼だよ」
俺の問いに答えながら、バルドは一枚のぼろ布を破り取る。
「クラウス、この依頼、もらうぜ」
バルドに言われて、宿屋の主人──クラウスが頷く。
俺はバルドの持つぼろ布──依頼書をのぞき込んで。
「猫探し!?」
そこに記されている依頼の内容に驚く。
「冒険者とは、そのようなこともするのか?」
「言っただろ、何でも屋だって」
バルドは、驚く俺が面白いようで、そう返しながら、依頼書を懐にしまい込む。
「まあ、猫探しは、ついでに受けただけだ。心当たりがあるんでね」
言って、いたずらっぽく笑って、わざとらしく片目をつぶってみせる。
「街を案内がてら、冒険者について、じっくり教えてやるさ」
バルドは、折れた剣亭を出て、裏通りを歩き出す。特に何を言うでもないが、ついてこいということであろう、とその背中を追う。
バルドによると、この裏通りは、金槌小路と呼ばれているとのことで、その名のとおり、あちらこちらから、槌を振るう音が響いている。
「まずは──装備だな」
言って、バルドは一軒のみすぼらしい鍛冶屋の扉を開く。
「おい、旦那──鴨を連れてきたぜ」
「おい」
「冗談だよ、冗談」
バルドは笑いながら、勝手知ったる様子で、鍛冶屋の奥に歩み入る。
「ゴドーの旦那」
「何じゃい、誰かと思えば、バルドかい」
ゴドーと呼ばれたドワーフの鍛冶師は、バルドに気づいて、槌を打つ手を止めて。
「半端者の冒険者が、何しにきおった」
食ってかかるように言って──ふう、と息をついて、金床から離れる。
「半端者とはご挨拶だなあ。せっかく常連候補を連れてきてやったってのに」
「もっと頻繁に顔を見せんかい」
ゴドーは、その言葉とは裏腹に、バルドとの再会がうれしいようで、獰猛な獣のような笑顔を見せる。
「ラガン──ブロンダル一の鍛冶屋を紹介しよう。みすぼらしい鍛冶屋だが、鍛冶師の腕はいい──いいんだけど、腕がよすぎるんで、客の選り好みをするんだなあ」
「褒めるか貶すか、どちらかにしろ」
ゴドーはバルドを小突いて黙らせて──俺に向き直る。
ゴドーは、おもむろに俺の身体に触れる。おそらく、骨格や肉づきを確かめているのであろう、その手は無遠慮に全身を這うのであるが──その様は、まるで鎧の出来を確かめる職人のようにも思えて、不思議と不快感はない。
「──わざわざバルドが連れてくるだけのことはある」
ゴドーは、俺の身体に出来に納得したようで、ふん、と鼻を鳴らす。どうやら客として認められたらしい、と推薦してくれたバルドの手前、一安心する。
「しかし──お前さん、剣は上等だが、軽装が過ぎる。早めに防具をそろえんと、すぐに死んじまうぞ」
ゴドーは、自らの鎧を買えと言わんばかりに、俺に迫る。さすがに、線が見えるので、斬られる前に斬るから問題ない、とも言えぬ。
「今の手持ちでは心もとない。稼ぎで買いそろえるとしよう」
俺は、胸に手を当てて、懐の財布の軽さを思い起こす。
「うちの防具は、注文を受けてからつくるから、それなりにするぞ」
「まあ、何とかなるだろう」
ゴドーの不安そうな顔に、楽観的に答える。
剣の腕には自信がある。傭兵の口はなく、冒険者も水が合わぬとなったとて──バルド曰く、少なくとも商隊の護衛の仕事はあるはずである。まずは稼いで、生き延びて──復讐は、それから。
「大丈夫だって。俺の目に狂いはねえよ」
バルドはそう言って、胸を叩いて──当のゴドーの返事も待たずに踵を返して、鍛冶屋を後にする。




