第2話 折れた剣(後編)
ブロンダルの都は、どこかベラトールを思わせるような、城塞都市である。南方と違って、戦はしておらぬと聞くが──それならば、いったい何に備えているのであろう、と首を傾げる。
俺たちは、ブロンダルの門の前──入国を待つ行列に並ぶ。行列のほとんどは行商のようで、旅人然としたものの姿は少ない。
俺は、ルシオンを背から降ろして、手をつないで列に並んでいる。はたから見れば完全に親子であろうが──断じて妹である。
俺たちの前に並んでいた行商が、門番の前に歩み出る。行商は、どうやら門番と顔見知りのようで、何やら軽口を叩き合いながら、門をくぐっていく。その様は、ずいぶんと気楽なもので──これなら、さほど心配する必要もあるまい、といくらか気を抜いて、行商の後に続く。
「見ない顔だな」
しかし──門番は、先までとは打って変わって真顔になって、俺の顔をじろりとにらみつける。
「リメルスからの旅人だ」
「確かに──リメルス訛りではあるな」
リメルス出身であることに嘘はない。これからブロンダルに身を隠すにあたって、嘘は最小限にする方がよい、とルシオンと話して決めている。
「その傷はどうした?」
門番はさらに問い詰めるのであるが、その言い訳も練ってある。
「山越えで山賊に襲われてな。命からがら逃げだしたというわけだ」
「そいつは運がよかったなあ。昨日の行商は、護衛を殺されて、さらに荷馬車を奪われたって嘆いてたからな。その程度の傷で済んだなら、儲けものだよ」
俺の答えは、門番からしても妥当なものだったのであろう。彼は、俺をはげますように、笑いかける。
「旅人には通行税が課される」
門番は、どうやら俺に対する警戒を緩めたようで、通行税の額を告げる。俺はその額に安堵しながら、財布から銀貨を取り出す。もしも手持ちが足りなければ、通行税分を稼ぐまで、野宿でもしなければならないところであった。それは、俺はともかくも、ルシオンには辛かろう。
「そっちは──娘か?」
「──妹だ」
門番は、値踏みするようにルシオンを眺めて──俺は、その視線に脅える彼女を、背にかばうようにして答える。妹というには、年齢が離れすぎていたであろうか、と気後れするのであるが、もはや歳の離れた妹である、と言い張るしかあるまい。
「そうか」
しかし、俺の不安とは裏腹に、門番は特に気にした様子もなく──俺はルシオンの肩を抱いて、安堵の胸をなでおろす。
「──何にせよ、そのくらいの娘連れなら、宿は選んだ方がいいぞ」
門番は、俺なら「折れた剣亭」にするがなあ、とわざとらしく続けて──おそらく、その宿から仲介料なり何なりを得ているのであろう、と思う。とはいえ、門番と懇意にしている宿なら、間違いもあるまい。
「そうするよ」
門番に素直に返して──俺たちはブロンダルの門をくぐる。
ブロンダルの都は、その城塞都市めいたつくりがベラトールと似ているものの、規模としては段違いに大きい。門から続く大通りなど、もう宵の口であるというのに、人通りの絶える気配がないのである。
俺は、ルシオンとはぐれぬように手をつないで、門番に勧められた宿屋を目指す。人通りの多い大通りを避けて、裏通りに折れて──ようやく目当てと思しき宿屋の前までたどりつく。扉からは、粗野に過ぎる喧噪が漏れていて、いくらか不安を煽られるのであるが──まあ、繁盛していることだけは間違いあるまい、と覚悟を決めて、おもむろに扉を開く。
「宿屋──兼、酒場、か」
宿屋は、一階が酒場、二階が宿泊用の部屋になっているようで──どこかハンスの宿屋を思わせる。俺はルシオンの手前そのことに触れずに、宿屋の主人に声をかけて、部屋をとる。
二階の部屋にあがり、俺はルシオンに先に休むよううながす。
「ラガン──お酒、飲むの?」
ルシオンは、部屋のベッドに腰かけて、一人だけずるいとでも言うように、唇を尖らせる。
「勘違いするでない。遊ぶわけではないぞ。情報収集をするのだ」
俺は本心からそう返すのであるが、むくれるルシオンを前にすると、どこか言い訳めいて聞こえてしまうから、不思議なものである。
俺はルシオンを部屋に残して、階下の酒場に下りる。酒場は、荒くれた輩であふれている。皆それぞれに武具を携えているところを見るに、どうやら戦士のようである。左目を閉じると、彼らの身体に線が浮かびあがる。腕の方はそれほどでもない。俺がその気になれば、たやすく斬り殺せるであろうほどに、線の多い連中ばかりである。
しかし──酒場の奥まった席に一人で座る無精髭の男──彼だけは、驚くほどに線が少ない。それは、十剣の一人であったトーラスと比べても遜色ないほどで、これほどの使い手が在野に埋もれていようとは、と思わずうなり声をあげる。
俺は男に近づいて、テーブルを、こつこつ、と叩く。
「相席を頼もう」
俺の提案に、酒場がざわりと鳴る。理由はわからぬ。
「俺は一人で飲むのが好きなんだが──ま、あんた、面白そうだからな、構わんぜ」
男は酒杯を掲げながら、楽しそうに答える。
「かたじけない──俺はラガンという」
「俺はバルド──おい、酒のおかわりを頼まあ。こいつの奢りで」
俺の名乗りにそう返して、バルドは給仕に酒の追加を注文する。給仕は、俺に問うような視線を向けて──俺は、自らの懐具合を思い起こしながら、頷いて返す。
「バルド──酒は奢る。奢るから、俺にブロンダルのことを教えてはくれんか?」
「構わんよ。何が知りたい?」
バルドは、給仕された酒を飲みながら、逆に俺に問う。
「どこか働き口はないだろうか。戦働きならば、自信はある」
俺の言に、バルドは盛大に酒を吹き出す。
「何がおかしい」
さすがに失礼であろう、と俺は声を荒げるのであるが──バルドは、思わず発した俺の武威をさらりと受け流して、すまん、と詫びる。
「お前さん、南方の出身だろう。リメルスあたりの」
嘘は最小限にするつもりであるから、リメルス出身と言い当てられても困るわけではないのであるが、自ら明かすつもりもなかったというのに、あまりにもあっさりと看破されて、俺は返答に窮する。
「お盛んな南方と違って、ブロンダルは中原との交易で財を成してるんだ。傭兵の口なんて、ありゃしねえよ。あるとしたら、商隊の護衛か──ま、冒険者くらいのもんだな」
「──冒険者?」
聞き覚えのない響きに、思わず聞き返す。
「冒険者ってのは──まあ、ちょいとましなごろつきみたいなもんさ。依頼を受けて荒事をこなす、言わば何でも屋だな」
「ごろつきとは、言ってくれるじゃねえか。お前も冒険者のくせによう」
バルドのその説明に、隣の酔客が食ってかかる。
「違えねえ」
バルドはそれを苦笑いであしらうのであるが──その様からするに、彼も酔客も、同様に冒険者なのであろう、と思う。
「冒険者という生業について、俺に教えてはくれまいか?」
俺はバルドに教えを乞う。
バルドは残りの酒をぐいと飲みほして、空の酒杯をテーブルに置く。
「そこまで教えるには──酒の奢りだけじゃ、足りねえなあ」
「対価は払う」
言って、俺は財布から、今やなけなしの銀貨を取り出して、テーブルに置く。目の前の男──バルドに、それだけの価値がある、と判断したのである。
「ま、いいだろう。恩に着ろよ」
バルドは楽しそうに笑って──銀貨を弾いて、宙に放る。
「折れた剣」完/次話「迷い猫」




