第7話 異端の名
第7話です。
ここで初めて、主人公の名前が物語の中に出てきます。
名付けは、
この世界で「人として認められるか」「異物として扱われるか」を
分ける行為でもあります。
神殿の鐘は、夜になっても鳴り止まなかった。
低く、重く、王都全体に染み込むような音。
祈りの合図であり、同時に——警告だ。
路地裏に身を潜めた俺たちは、しばらく黙っていた。
「……完全に敵に回したな」
ラギアが、ぼそりと言う。
「最初から、そのつもりだったんだろ?」
「さあな」
俺は壁にもたれ、空を見上げた。
神殿の尖塔が、夜空に突き刺さるように立っている。
(祈りの拠点、か)
あそこに集まる限り、この国は変わらない。
足音が近づいた。
反射的に身体が緊張する。
だが現れたのは、鎧姿ではなく、黒い外套の男だった。
「……追われているな」
低い声。
白銀の髪。片眼の義眼。
宮廷魔導士、オルフェウス・クライド。
「見逃してもらえるなら助かる」
俺が言うと、男は首を横に振った。
「公式には、君はもう保護対象ではない」
「つまり?」
「——排除対象だ」
淡々とした宣告だった。
ラギアが、歯を噛みしめる。
「王国が、正式に?」
「神殿の要請を、国王が承認した」
オルフェウスは、静かに続けた。
「異世界から召喚されたが、
祈りを拒み、祝福を受けず、
神殿騎士を打倒した危険因子」
俺は鼻で笑った。
「随分と盛ってくれる」
「実際、危険だ」
男の視線が、俺を正面から捉える。
「君は、世界の前提を壊す」
ラギアが、一歩前に出た。
「だからって、殺す理由にはならない」
「理由は、ある」
オルフェウスは即答した。
「“前例”を作らせないためだ」
——なるほど。
世界は、例外を嫌う。
特に、神に管理された世界ほど。
「で、俺の首に、値段でも付いたか?」
俺がそう言うと、オルフェウスは一瞬だけ間を置いた。
「名が必要になった」
その言葉に、ラギアが俺を見る。
「……そうだな」
彼女が、少しだけ困ったように言った。
「お前、名前は?」
俺は、少し考えた。
この世界で名を名乗るということは、
記録され、呼ばれ、追われるということだ。
だが——
(隠す理由も、もうない)
「……カイだ」
短く答えた。
「カイ?」
ラギアが、確かめるように繰り返す。
「ああ」
それだけだ。
オルフェウスが、静かに頷く。
「記録する」
彼は懐から紙片を取り出し、筆を走らせた。
「異端・カイ。
祝福未接続。
祈り拒否。
高危険度」
淡々とした文字が、命令書に変わっていく。
「なあ」
俺は、オルフェウスに言った。
「王国は、俺を殺したいのか?」
「正確には、世界が君を拒んでいる」
「……そうか」
俺は、笑った。
「なら、遠慮はいらないな」
ラギアが、金色の目を細める。
「カイ」
その呼び方が、妙にしっくりきた。
「どうする?」
「決まってる」
俺は、路地の奥を見る。
王都の外。
祝福が薄れ、神の手が届かない場所。
「神殿の外で、戦う」
ラギアが、獣のように笑った。
「いいね。
あたしも、神殿は嫌いだ」
オルフェウスは、背を向けかけて、最後に言った。
「生き延びろ、カイ」
「そのつもりだ」
男の姿が闇に溶ける。
神殿の鐘が、また鳴った。
——異端の名を、世界に知らせるために。
俺は、拳を握る。
(名前を付けられた以上、
逃げ切るか、壊すか、どっちかだ)
「行くぞ、ラギア」
「ああ」
異端・カイは、
神に管理された世界から、一歩踏み出した。
第7話、最後まで読んでいただきありがとうございました。
ここで
主人公の名前「カイ」
王国・神殿による正式な排除
逃げるのではなく、選んで外へ出る決断
が揃いました。
名を与えられたことで、
カイは「異端」から
世界に記録される存在へと変わります。
ここから先は、
神の祝福が薄い場所で、
祈りに頼らない者たちの物語が本格的に始まります。
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次話も、よろしくお願いします。




