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異世界転移したらイケメン王子だったのは有難いのだが、ヒロインが俺の婚約者にいじめられていると訴えてきた。

 俺の名前は斎藤太一、33歳。ITコンサルタント会社でプログラマーとして働いている。中肉中背、眼鏡のフツメン中のフツメン。彼女いない歴は年齢に同じだ。30過ぎたのでそろそろ魔法使いになる予定だった。


 が、その願いがかなったのか何なのか、気が付いたら俺は乙女ゲームっぽい世界のイケメン王子フランシスに転生? 転移? していた。身長は10㎝以上伸び……なんだこの長く美しい手脚は!


 鏡を見るとさらに驚く。金髪に青い目で、鼻梁も高い、まさに絵にかいた王子様そのものではないか。転生前、この半分でも俺――斎藤太一にこの王子の魅力があったならば。俺も魔法使いになりたいなんて思わなかっただろう。


 俺が初めて女子に告白したのは中二のときだ。まさに中二病をこじらせていた俺に、優しく声をかけてくれた女子がいたのだ。すごい美人というわけではなかったが、かわいい女子だった。俺は意を決して彼女にラブレターを書いた。


「いつも優しいひなちゃんが好きです。できれば付き合ってほしいです。もしダメならばこのことは誰にも言わずに、この手紙も捨ててください 斎藤太一」


 彼女から返事をもらう前に、俺の手紙はクラスのSNSにアップされていた。それから俺は卒業するまで「ラブレたいち」のあだ名で呼ばれ続けた。このことが黒歴史過ぎて、中学の同窓会には顔を出せていない。


 苦い思い出その二は高校の時だ。席が隣になった女子が数学が苦手というので、答えを教えたことがある。彼女は、「たいちくんってすごいね、あんなむずい問題とけんだー、そんけーしちゃう。またおしえてね」というので、俺は調子にのって何度も彼女に答えを教えた。


 俺は今度こそと思い、思い切って彼女をデートに誘った。


「あの、今度一緒に図書館で数学の勉強しない? その方が教えてあげやすいし」

「はっ、まじでキモっ。陰キャのくせにもう話しかけてくんな」


 彼女は俺の答えを書き写していたノートをそのままサッカー部の陽キャに流していた。後日、その男から、「あんたが陰キャのたいちくん? 今後も数学の答えよろしくたのむわ」と言われた。


 大学のときもサークルの女子にフラれ、就職したものの女子の少ない職場ということもあって、気が付いたら33歳になってしまっていた。


 その俺がこんなイケメンになるとは。しかも、このイケメン王子には婚約者がいるのだ。もちろん彼女――クリスティーヌは、銀髪に紫色の瞳をしたスラっと背の高い超美人だ。公爵令嬢だからか、お妃教育の結果なのか、彼女はあまり表情を崩さないので、「凍れる美女」と呼ばれるまさにクールビューティだった。


 しかし、問題が一つあった。このイケメン王子には婚約者の公爵令嬢以外に随分と親しくしている令嬢がいるのだ。彼女は子爵家の令嬢で、コゼットと言った。彼女は一言で言うと、”量産型女子”といった感じだ。


 実は俺を今まで振ってきた女子たちも全員量産型女子だった。特別美人というわけではないが、アヒル口がかわいい、茶色のゆるふわヘアだった。彼女たち、陽キャの男子の前ではマジでかわいいが、陰キャの前だとキャラが180度変わる。俺も何度彼女たちに「キモっ」「しねっ」と言われたことか……。


 俺は彼女たちにダマされ続け、フラれ続けた。だからすっかりこの手の女子が苦手になってしまった。量産型女子っぽい女子に親切にされるとまた惹かれてしまい、そしてフラれるのではないかと。


 とはいえ、今はこのイケメン王子が俺なのだ。今ならばどんな女子だったとしても怖いものなしなんじゃないか。


 婚約者のクリスティーヌとはたまに王宮でティータイムを共にする。彼女は口数は少ないが、容姿も所作も本当に美しいとしか言いようがなかった。確かに人形のようではあるが、ここまでの美人となるとみていて飽きない。


 一方のコゼットとは王宮内で偶然のようによく顔を合わせた。


「今日はとってもいい気分だから、フランシス殿下にお会いできるかもって思ってたんです。そしたら、本当に会えちゃいましたね、てへっ」


 そういって照れてみるコゼット嬢は素直にかわいいと思う。まあ、演技かもしれないが。


 ある時、訓練所の近く、俺がよく一人で休憩する場所の近くでコゼットは泣いていた。どうしたのかと聞くと、


「あの、殿下にはすっごく言いにくいんですけど、実はあたし……ううん、やっぱり殿下にはいわないほうがいいので、なんでもないです。心配かけてごめんなさい。自分でがんばってみるので大丈夫です」


 と言って小走りに去っていった。何があったのだろうか? やけに気になる言い方だ。


 さらにその日、コゼットから手紙が届いた。中には「今日は泣いちゃってごめんなさい。本当に大丈夫だから気にしないでください。明日も殿下に会えるといいな。それだけでコゼットは幸せだから」とあった。


 か、かわいい。だけど、なんか妙に引っかかるんだよな……。やっぱり明日もう一度聞いてみるか。


 翌日、コゼット嬢と偶然会えることを期待していたが適わなかった。その数日後、ようやくコゼットに会うことができたのだが、またしても彼女は涙を流していた。


「コゼット嬢、何があったのか、今度こそ話してくれるね」


 イケメン王子の俺が優しく言うと、コゼットは涙をぬぐいながらゆっくりと話し出した。


「あ、あの……あたし……実はクリスティーヌ様とそのお友達のご令嬢たちにいじめられているんです……。でも、クリスティーヌ様はフランシス殿下の婚約者だから……こんなこと、きっと殿下も聞きたくないなって思って。でも、将来皇后になる人が、意地悪な人ってやっぱりダメだと思うんです。だから、いっぱい考えたんだけど、やっぱりお話したほうがいいかなって思って……」


「い、いじめ? 一体クリスティーヌが何をやったんだ?」


「あの……わたしが男好きで、いろんなご令嬢の婚約者を奪おうとしているって陰口を言われたり、この前はわざとぶつかってきて、わたし転んじゃったら、すっごい顔で睨んできて、『邪魔よ、消えなさい下賤の女が!』って言われて。お茶に砂を入れられたこともあるんです。あとは、知らない男の人に……」


 そこまで言うとコゼットは激しく嗚咽する。


「思い出すのもつらい話をさせてしまってすまない。話だったらいつでも聞くから、まずは落ち着いて」


「……い、いえ、大丈夫れす。ひっく。この前、知らない男の人にしつこく声をかけられて。わたしは『嫌だからやめてください!』って言ったら、その人が、クリスティーヌ様がわたしがその人のことを好きだって言ってたって。だから俺と付き合えって脅されて……もお、わたしどーしたらいいかわかんなくって……フランシス殿下、わたし、こわいですぅ」


 ちょっと待て、それが本当だとしたら大変だ。


「わかった、コゼット、それならば君には護衛をつけよう。クリスティーヌが君をいじめることがないように彼女も監視させる」

「フランシスでんかぁ、わたしは殿下のおそばにいたいです。ダメですかぁ? それがわたしにとって一番こわくないことだから……」

「わかったよ、私もできるだけ君と一緒にいられるようにしよう」


 そうは言ったものの、婚約者でもない令嬢の護衛を、王子である俺自らするわけにもいかない。


 俺は裏技を使うことにした。それがこの斎藤太一が愛用していた黒縁の”眼鏡”である。なぜか、俺はこの黒縁眼鏡とともにこの世界に転移? してきたのだ。なんとこの眼鏡をフランシス王子がかけると、斎藤太一に変身ができてしまうのだ!


 あまりにも地味で目立たない斎藤太一は、兵士やその辺の下っ端文官の服を着て王宮内を歩いていても誰も気に留めない。この姿であれば城下にお忍びで行くことも簡単なのだ。


 俺は斎藤太一の姿で、自らコゼットの護衛をすることにした。もし、彼女の言うようにクリスティーヌやその取り巻きがコゼットをいじめるようなことがあれば、現行犯で取り押さえることができる。


 さすがに現行犯で捕まれば、クリスティーヌも無駄な言い逃れはせず、己の行動を悔いてくれるだろう。


 本物のフランシス王子であればわからないが、女子慣れしていない斎藤太一にとって、コゼットの証言以外に証拠のない現状で、あの凍れる美女を落とせる気がしないからな。


 俺は部下の騎士たちにクリスティーヌの監視を命じた。そして、コゼットの護衛は俺、つまりタイチが務める。イケメン王子じゃなくてコゼットには申し訳ないが、”中の人”は同じなのだからいいだろう。


 俺はさっそくコゼットの元を訪ねた。


「フランシス殿下の配下のタイチと申します。殿下の命により、しばらくの間、コゼット嬢の護衛をさせていただくことになりましたので、よろしくお願いいたします」


 俺が挨拶をするとコゼットは露骨にがっかりとした表情を浮かべた。


「あなたが護衛? 本当にあたしを守れるの? なんか弱そうなんだけど……」


 これでも俺は異世界転移にありがちなチート能力を有していて、見た目は太一だが能力はフランシス王子なのだ。だから魔法も剣も両方いけて、王子じゃなければ冒険にでたいぐらいめちゃくちゃ強い。


「ご安心を。私の実力は殿下のお墨付きですから」

「まぁ、わかったわ……。一つだけ言っておくけど、あなたあたしに変な気を起こさないでよね。あたしは殿下のお気に入り令嬢なんだから、妙なことをしたらすぐに殿下に言いつけるわよ」


 なんか既視感ある塩対応っぷりだ……。


 コゼットが買い物に行くというので護衛としてついて行こうとしたら、


「ねえ、あんまり近づかないでくれる? あなたみたいな人が側にいたらあたしの評判が下がるんですけどお?」


 うう……ひでえ……。


「はあ、ですがコゼット嬢、あまり離れていては護衛の意味がないですから」


 コゼット嬢はこちらを睨みつけると盛大なため息をついた。


 今日のところはコゼット嬢の周辺に妙な動きはなかった。そういえば、明後日、コゼット嬢はレノー侯爵家のお茶会に参加するはずだ。そこにはクリスティーヌやその取り巻きが来ている可能性が高い。


「コゼット嬢、明後日はレノー侯爵家でお茶会の予定ですよね? その際にも護衛として同行いたしますので、ご安心を」

「はあ? 何が安心なわけ? あなたみたいな男を連れていたらあたしの評価が下がるの! 明後日は来なくていいから」

「そう言われましても……」

「もし、無理やりに付いてきたらあんたに襲われたって殿下に言うから」

「は、はあ?」


 俺の見た目、ただ普通ってだけなのに、なんでこんなにも女子に嫌われるんだろうか……。フランシスが羨ましいぜ、って今は俺がフランシスだけど。


 仕方がない。こうなったら、別の方法で密かに茶会に参加するか。


 二日後、俺、斎藤太一はレノー侯爵家の侍従として茶会に参加することになった。あまりにも目立たず、注目されない容姿のため、俺が紛れ込んでいてもレノー侯爵家の者は誰も気が付いていない。


 ご令嬢たちが到着し、和やかな雰囲気で茶会は進んでいた。


 それにしてもコゼット嬢、俺が侍従にばけてここにいることに全く気が付いていない。俺の存在感って……。


 ご令嬢たちの会話の中で、レノー侯爵夫人が、クリスティーヌを「今日も美しい」とか「クリスティーヌ公女様のマナーは完璧だ」などと褒め称える。周りにいたご令嬢たちもそれに同意して口々にクリスティーヌを賞賛した。


「だけど、それだけじゃ男の人の心はつかめないでしょ? 妻が完璧すぎると夫は息苦しくかんじちゃって浮気するって言うしぃ」


 な、なんてことを言うんだ、コゼット嬢。


「クリスティーヌ様も、もおすこしがんばったほうがいいですよ。このままだと殿下をとられちゃいますよぉ? うふふっ」


 クリスティーヌはピクリと眉を動かしたものの、大きく表情を変えることなく、


「そうかもしれませんわね。気を付けますわ」


 とだけ答える。大人の対応すぎるだろう、クリスティーヌ!


 というか、本当にクリスティーヌたちがコゼットをいじめているのだろうか? これを見ている限りでは、むしろコゼットのほうがクリスティーヌたちを煽っているじゃないか。しかも、クリスティーヌたちは今のところそれを冷静に受け流している。


 しばらくするとご令嬢たちは侯爵家の庭園の散策を始めた。


「いったーい、ああ、あたしのドレスが汚れてしまったわ! ちょっとあなた、あたしのこと押したでしょ!」

「え、わ、わたしは何もしていません……」

「あなたの婚約者のジェレミー様に好きだってめっちゃ迫られてるんだけど、それであたしに嫉妬しているんでしょ!」


 何の騒ぎかと思ったら、コゼットと別の子爵令嬢がトラブルになっていた。地べたに座り込んでいたコゼットは立ち上がりながら子爵令嬢に文句を言っている。


 ジェレミーは伯爵令息だが、以前コゼットが「付き合えと脅してきた」と話していた男は彼のことか?


「コゼット嬢、いい加減になさったら、どうかしら? 皆さん、あなたの行動には迷惑しているのよ」


 クリスティーヌと親しくしている令嬢がコゼットを嗜める。


「クラリス様、あたしは何もしていません。ただあなたの婚約者があたしに夢中なだけです。それをあたしのせいにしないでください」


 クラリスの婚約者のアントニは騎士であり、宮廷の訓練所でよく見かける。あいつら、いつの間にそんなに親しくなったんだ? というか、アントニ、クラリス嬢がいながらコゼットにもアプローチしているってことか? 後で本人に確認する必要があるな。


「ああ、その件でしたら、アントニ様があなたのこと、『子犬みたいで面白い』とは話してましたわね」

「なっ! 犬ですって! こんな侮辱許されないわよ! 今日のことは全部殿下に言いつけるんだから! 覚悟してなさい!」


 コゼットは怒りのあまり顔を真っ赤にしてクラリス嬢に抗議をしていた。すると、クリスティーヌが近づいてきてコゼットを一瞥する。


「なに、なによ! クリスティーヌ様も、殿下をあたしに盗られ」


 パンッッ!


 大きな破裂音が響き渡る。なんとクリスティーヌがコゼットの頬をビンタしたのだ!


「たいがいになさい、コゼット嬢。殿下はこの国の宝、あなたの些末な私事に振り回してよいお方ではない。立場をわきまえなさい」


 コゼット嬢は涙を浮かべ、ぶたれた頬を片手で押さえながら歯ぎしりしている。


「とにかく、全部殿下に言いつけてやるんだから! あなたたち、もうおしまいよ! あっはははははっ」


 ついにブチ切れたのか、コゼット嬢は大口を開けて笑いながら会場を後にした。


 俺も急いで侯爵家を抜け出し、王宮に戻った。黒縁眼鏡をはずし、フランシス王子として執務室に戻る途中、偶然にも騎士のアントニとすれ違ったので、少し話があると伝える。コゼット嬢との仲がどうなのか尋ねると、


「ああ、彼女訓練所によく来ていたので、何度か話したことはありますね。他の騎士たちとも親しくしているようで、いつも高い声でキャンキャン騒いでいるから子犬みたいだなって思っていました。それだけの仲ですが、何か?」


 今度は近侍にジェレミー伯爵令息を呼んでほしいと命じた。彼は法務部で働く文官だ。すぐに「お呼びでしょうか」と執務室にやってきた。コゼット嬢との関係を尋ねる。


 彼は険しい表情をすると、コゼットとの関係を語りだした。


「彼女が、その、何と言いますが、私の婚約者にちょっかいを出しているようで、それはおそらく私の言動が原因だと思うのですが……」


 ジェレミーによると、コゼットと王宮で会った際に「フランシス殿下はどこにいるか知ってますかぁ?」と聞かれ、「存じません。それよりも、むやみやたらと王宮内を歩いて回らないように。ここはあなたの遊び場ではないので」と注意をしたそうだ。それ以来、会うたびに睨まれるようになったと。


 確かにジェレミーは職務に忠実なお堅い男だ。将来の大臣候補とも目されている優秀な文官で、その将来を棒に振ってまでコゼットのようなゆるふわ女子に強引に迫るとは思えない。


 これは、コゼットの被害妄想か、自作自演かのどちらかだろう。彼女は一体俺に何て泣きついてくるつもりだろうか。


 すぐにでも泣きついてくると思っていたコゼットが俺の元を訪ねてきたのは三日後だった。彼女の様子を見るとずっと泣いていたのか、目もはれぼったく、顔もどことなくやつれた様子だった。


「殿下、殿下ぁぁ……」


 コゼットは泣きだした。


「何があったの? 落ち着いて話してみて」


 何があったのかは実は知っているが、彼女は何というのだろうか。


「あたし、クリスティーヌ様たちに本当に嫌われているみたいなんです。この前のレノー侯爵家のお茶会で、クリスティーヌ様たちに『わたしたちの婚約者に手出しをしないで! この売女』って言われて突き飛ばされて、殴られました……」


 そんな言葉言われてなかったではないですか、コゼット嬢? 俺は苦笑いを浮かべながら彼女の話を聞く。


「それにその人たち、あたしがあの人たちの悪口を言っているって言いふらしていて……。もしかすると殿下にもあたしの悪口言っているんじゃないかって思ったら、あたし悲しくて……。殿下に嫌われちゃったらもぉ生きていけないっ」


 彼女たちからお茶会でのコゼット嬢の振舞について何かを訴える要求はなんら届いていない。むしろ、どちらかというと悪口を言っていたのはあなたでは?


「殿下、クリスティーヌ様は、暴力的でこわくて、殿下にふさわしくありません。あんな人と結婚しちゃだめですっ。婚約破棄してください!!」


「コゼット嬢、王族の婚約は国益を一番に考えて決めることだ。私の一存で簡単に破棄できるものではないのだよ」


「でもぉ、ダメなんです。このままだと。殿下とあたしがハッピーエンドにならないとダメなんです!」


 ん? ハッピーエンド? もしかして、このコゼット嬢も転移者!?


「どうして君と私が結ばれないとダメなのか分かりやすく説明してもらえるかな?」


「驚かないでくださいね、殿下。実はこの世界は、『愛の花園の乙女』っていう乙女ゲームの世界なんです。そのお話のヒロインがあたしなんです。だから、あたしが好きな人と結ばれないとダメなんです!」


 やっぱり、乙女ゲームの世界だったのか。そして、コゼット嬢も転移者ってわけか。


「ちょっとよくわからないんだが、君と私が結ばれないとこの世界にはなにかデメリットがあるのだろうか?」


 俺は事情が呑み込めていないふりをしてさらに尋ねた。


「それはわかりません。だって、あたしがゲームをプレイしたときはいつもハッピーエンドになっていたから。必ずヒロインが殿下かほかの攻略対象者と結ばれて幸せになって、国も栄えるんです。だから、国のためにもあたしを選んでください! クリスティーヌ様を悪役令嬢としてパーティで断罪して婚約破棄して追放してください! それがゲームのシナリオなんです!」


 なるほど、よく聞く乙女ゲームの展開に沿った行動を取れってことか。


 確かにヒロイン目線からみたゲームのハッピーエンドを目指すのであれば、攻略対象者である俺はヒロインの言うとおりに行動すべきなのだろう。だけど、俺はコゼット嬢の裏の顔を見てしまっている。それを知ったうえで、このゲームのヒロインであることだけであんたを選べるほど俺はお人よしじゃない。


「一つ聞いていいだろうか、コゼット嬢。あなたは目の前にいる男のことが好きなのか、それともゲームの攻略対象者であるフランシス王子が好きなのか、どっちだ?」


「そんなの決まってます! ゲームをしているときからずっとフランシス王子が一番の”推し”でしたが、今あたしは目の前にいるあなたのことを愛しているんです!」


「そうか、それは嬉しいな。今まで俺は一度たりとも女子に選んでもらえなかったから、ようやく願いがかなったってことかな」


 そう言うと、俺は彼女の前で例の黒縁眼鏡をかけた。たちまち俺の姿は麗しいフランシス王子からフツメンの斎藤太一になった。


「え、えっ、えええ!!」


 コゼット嬢は驚きのあまり大声で叫んだ。


「あんた、ちょっとあんた、これはどういうこと!? あたしをダマしたのね!」


「ダマしてなんてないさ。俺は親切心であんたの護衛を引き受けた。あんたを守ろうと思ってね。だけど、結局あんたが愛していたのは俺じゃない、おそらくフランシス王子でもない。あんたが一番好きなのはかわいい自分だろ? それとも本当に俺と結婚してくれるのか?」


「いやああああああ!!! あたしのフランシス王子を返して! この陰キャのチビストーカー男!!」


 コゼットは絶叫してその場にヘナヘナっと座り込んでしまった。


 コゼットの声を聞いて、外に待機していた騎士たちが「殿下どうしましたか?」と扉の向こうから尋ねてきた。俺は眼鏡を外すと、


「コゼット嬢が乱心して、王族に対する不敬を働いた。摘まみだせ」


 と命じた。騎士たちは部屋に入ってくると床に座り込んで茫然自失となっていたコゼットの腕をつかんで外に連れ出した。コゼットはハッと我に返ると、俺に向かって、


「クソ眼鏡、フランシス王子を返せ! チビデブキモ男!」


 と悪口を言い続けた。黙っていればよかったものの、騎士の前であれだけ暴言を吐いたらタダではすむまい。


 本当はクリスティーヌ嬢たちのためにも公衆の面前で「ざまあ」したほうがよかったのかもしれないが、俺の秘密を知られるわけにもいかないからこれで許してほしい。


 後日、俺はクリスティーヌ嬢とお茶をしていた。コゼットの件がどう片付いたのか、彼女に報告を兼ねて。


「彼女が異世界からの転移者で、この世界が作られたゲームの世界だなんて信じられないでしょう?」


 俺の言葉を聞いたクリスティーヌ嬢が何やらソワソワしだす。こんな突拍子もない話をして、驚かせてしまったのだろうか。


「あの、殿下。異世界からの転移者はそれを理由にこちらの世界で処罰されるのでしょうか……?」


 そうなると俺も処罰の対象になってしまう。


「無用な混乱を招かないのであれば罰することはないよ。コゼットはこの世界の秩序を無視して、自らが望むように自由気ままに振舞いすぎたってだけだから」


 クリスティーヌはほっとしたように大きく息を吐いた。そして意を決したような表情でこちらを見つめてきた。


「殿下。わたくし、殿下にお伝えしたいことが、いえ謝らないといけないことがございます。聞いていただけますでしょうか」

「一体何だろうか?」

「実はわたくしも…………いえ、わたしも異世界から参りました。そして、このゲームもやったことがあります。だから、本当はもっとわたしがヒロイン、コゼット嬢をいじめないといけなかったんだと思います。ゲームはそういう展開だったから……。でも、怖くてできませんでした。本当はわたし、その……元いた世界では真面目なだけが取柄の地味な女だったんです。だから、この姿はわたしの本当に姿じゃないんです。それからクリスティーヌも本当はもっと気が強くて自信家で、こんな性格ではないんです。だからむしろこの世界をゆがめてしまったのはわたしかもしれないんです。ごめんなさい」


 ちょっと待ってくれ! まさかクリスティーヌも転移者だと!?


「謝らないでください。その何て呼べばいいのかな、クリスティーヌというのもなんだし。えっと、実は俺も同じなんです」

「えっ!?」

「俺も、実は転移者で、地味で眼鏡かけた30代のモテない男なんです。だから、俺もちゃんとイケメン王子を演じられていたのかわかりません。俺なんてこのゲームをそもそもよく知りませんでしたし」


 それを聞いたクリスティーヌ、いや転移者の彼女は、にっこりとほほ笑んだ。


「大丈夫でしたよ。ちゃんと、というか、ゲームのフランシス王子よりもずっと誠実で優しい素敵な王子様でしたよ。あの、もしよかったら転移する前の名前教えてもらってもいいですか。わたしは坂井珠希(たまき)って言います。28歳で中学校で数学の教師をしていました」


「珠希さん! ステキな名前ですね。俺は斎藤太一です。IT企業でプログラマーをしていました。俺も数学は得意でしたよ」


「わたしたち、ゲームのフランシス王子とクリスティーヌ嬢よりもずっと気が合いそうですね」


 そういって笑うクリスティーヌ嬢、いや珠希さんの顔は今まで見たことがないぐらい穏やかだった。


 俺たちの共通の趣味は数学と、あとは眼鏡をかけて変身して、二人で城下をぶらつくことだった。何と彼女も眼鏡女子だったのだ。本人は地味だと言っていたけれども、俺から見ると十分かわいかった。


 そして、俺たちはほどなくして結婚した。二人がここに来る前の世界で培った知識をフル活用して、この国は随分と豊かになったと思う。


 真面目で地味なもの同士というわけではないが、俺は異世界にきてようやく本当の伴侶を見つけた気がする。この先も、最高の妻である珠希さんと二人でお互いを、そしてこの世界を愛していこうと誓った。

 最後まで読んでいただきありがとうございました! &評価ありがとうございます!!


 これとは違う話ですが、連載も書いていますので、お時間、ご興味がありましたら読んでいただけると幸いです。よろしくお願いします!


https://ncode.syosetu.com/n2424ll/

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