第二十一話 囁かれる統一儀式
昼下がりの中庭は、光と影がはっきりと分かれていた。石畳の上には生徒たちの声がこだまし、噴水の縁にはパンと果実を抱えた少年少女が群れている。風は柔らかく、しかしその風に乗る言葉はとげを含んでいた。
「聞いたか? 白が近く統一儀式をやるらしい」
葡萄酒の瓶を抱えた少年が口を滑らせると、すぐに周囲の空気が変わった。
「……黒は、もう要らないってこと?」
「安定のためには、仕方ないさ」
「安定? ただ眠らされるだけじゃないの」
断片的な声が飛び交う。誰も論を立ててはいないのに、立場の色だけがくっきりと浮かび上がっていく。言葉は矢のように飛び交い、ざわめきはあっという間に派閥の応酬に変わる。中庭を歩いていた私は、足を止めざるをえなかった。
――統一儀式。
噂の響きは軽いのに、胸の奥に沈む重さは鈍鉄のようだった。儀式の真偽は誰も知らない。だが、それを信じるか否かで人の顔が変わる。
「……」
ふと視線の先に、ノエラとロゼルがいた。群れの輪に入らず、同じ場にいながら互いを見ようとしない。その沈黙が、かつて三人で笑っていた記憶をいっそう鋭く突き刺した。
――これは虚言じゃない。
噂の形をした現実だ。学園全体が、見えない線で二つに裂けはじめている。夕暮れ、石造りの廊下を歩いていると、背後に音もなく影が寄った。
「イサリア」
振り向くと、黒衣のミレイユ・オルタスが立っていた。冷ややかな視線。呼吸を殺すように放たれた声は、それでも刃のように鋭く、拒否という選択肢を一瞬で削ぎ落とした。
「来なさい。監査局から指令が下った」
その言葉と同時に、私の腕は強くつかまれた。爪が食い込むほどではないのに、逃げるという発想を初めから奪う力加減だった。引き寄せられた瞬間、私は彼女の胸に押しあてられ、息を呑む。香りはなかった。花の匂いも、酒の残り香も。けれど無臭のはずのその胸に触れた瞬間、血が熱を帯び、呼吸が乱れる。
あぁ――この人は、私をシェルツに渡す気がない。白の象徴の所有物としてではなく、自分の部下として囲い込むつもりだ。冷たい手が私を導く。私は抗えず、むしろ安堵に似た甘さを覚えてしまう。廊下のざわめきが遠ざかり、やがて重たい扉が閉じた。
外界を切り離された冷たい空気が肺に満ちる。震えそうな声を抑え、私はただ彼女の言葉を待つ。
「任務は――暗殺」
その言葉が胸を裂く。
「標的は、帝国魔導士団の党首……ヴァレリウス・ヴァルト。皇帝の血を引く、帝国魔導の柱だ」
その響きは、刃を突き立てられたように私を貫いた。だが震えは恐怖ではなく、欲望にも似ていた。命じられること、それが赦しのように感じられてしまう。
「……暗殺」
思わず繰り返した声は自分のものに聞こえなかった。
「選択肢はない。報告は私にだけ届けばいい。――忘れないこと。君が動けば、学園の色がどう変わろうと関係ない。君は監査局の目と刃だ」
視線が絡みつく。呼吸が浅くなる。儀式の噂がざわめく学園の只中で、私はまた別の檻に押し込まれた。
――歪んだ種子は、もう芽吹いているのかもしれない。




