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第99話 :「《勇者編》終わらない議論から逃げ出し、仲間と対策を練る」

 私は、それがどこにどう繋がるのかを言葉にできません。ただ心の奥底で「これは大変な問題だ」と直感していました。ですから、どうしてもシャーリーさんに確かめなければなりません。


「……あ、あの。どうして皆さまは女神さまの信仰を捨ててしまわれたのですか? 連邦で、一体何が起きたのでしょうか?」


「よくお聞きください、勇者さま。これはあくまで連邦の中で囁かれている噂に過ぎません。女神さまはとてもえこひいきな神だ、と。聖国の民だけを優遇し、彼らに(聖典)を授け、特別な力と肥沃な土地を与えた――そうした一方的な神なのだと。公平を重んじる連邦にとって、それは受け入れがたいことでした。だからこそ、我が連邦の(聖典)は女神に取り上げられてしまったのです」


 ……こんな話、私はまったく聞いたことがありません。ですから評価のしようがありません。だって私、この世界に来てまだ二週間も経っていないのです。女神さまが本当に偏っているのかどうか、知るはずもありません。


 ただ、あの短い五分ほどの謁見の印象を思い返すなら……彼女は特別に誰かを好んでいるようには見えませんでした。むしろ、私たちを召喚したことすら、事務的な義務のように思えたほどです。


「勇者さま。あなたが本物の女神を見たのかどうか、俺には分かりません。ですが一つだけ知っていただきたいのです。連邦では皆が自由であり、一つの神を信じる必要はありません。少なくとも、俺はこの世界に(聖典)など存在しないと信じています。一冊の本で世界の歴史すべてを記すなんて、あるいは特別な力を秘めているなんて、あり得ないと思いますから!」


 こっそり話していたつもりなのですが、局長さんは私たちの口の動きを読んでいたようで、途中から会話に割り込んできました。ですが……お話がどんどん混乱していっているような気がします。


「それなら局長。どうして連邦の公開資料に、五百年前の連邦にも(聖典)が存在したと明記されているのです? それも偽造だとでも言いたいのですか?」


 シャーリーさんは女神の存在を信じている派閥の方で、局長さんはそうではない。互いの視線は火花を散らし、議論はさらに熱を帯びていきます。


「ふん。そんな情報はとっくに時代遅れだ。最近発掘された遺物の研究で分かったのだ。連邦の(聖典)と呼ばれていたものは、実のところ高位の魔導具に仕込まれた暗号だったのだ。五百年前の(()())の最中に失われた、迷宮由来の最高級魔導具……それが真実だ!」


 二人の言葉はどんどん過激になっていきました。私は、聞けば聞くほど混乱してしまいました。真実はどこにあるのか、まったく分かりません。けれど彼らの言葉の端々から、一つだけ確かな共通点を見つけたのです。


 ――それは、(聖典)が「極めて強力な存在」であるということ。


 この世界のすべての歴史を記録し、都市を守る結界を生み出し、女神さまの神託を授け、人々の進むべき道を示す……。そして(大戦)の最中には、それを持つ国を守護したとも。


 もし本当にそんなものが存在するのなら、聖国に行ったとき必ず確かめなければなりません。……そして、彼らが何気なく口にした(大戦)。その詳細は誰も語ろうとしませんでしたが――きっと、私たちがこの世界に召喚された理由と深く関わっているはずです。


 ひとつだけはっきりしているのは……私たちが、この世界で穏やかに暮らしていける可能性は、限りなく低いということ。


 胸の奥に、どうしようもなく重たい現実が突き刺さるのでした。


 彼らの口論が続いている間に、私はそっとその場を離れました。皆さんの視線は完全にあちらに向いておりましたので、私は気配を殺して宴会の中央──ご馳走が並ぶテーブルへと向かったのです。


 少し沈んだ気持ちのまま真白さんたちのところへ戻ると、ちょうど彼女たちも連邦の女性たちとの談笑を終えたところで、私を笑顔で迎えてくださいました。


「澪、おかえり。あ、これね、五つ星級の特選牛肉なの。あなたのために取っておいたのよ。和牛にとても似ている味で、柔らかさはむしろ和牛以上かもしれないわ……。澪、どうしたの? 何かあったの?」


 真白さんは、見た目にも美味しそうなステーキの皿を私に差し出してくれました。私は小さく溜め息を吐いた後、一口食べました。……本当に、柔らかくて口の中でとろけるようなお肉でした。豊かな旨味があるのに脂っこくなく、少しだけ沈んでいた気分がふわりと軽くなった気がいたしました。


「いえ、真白さん。ただ……いえ、きっと私の思い過ごしですわ。何も起きてはおりません。」


 本当は、皆さんにどう伝えればよいのか分からなかったのです。ですが、彼女たちは私の曖昧な返答で済ませてはくれませんでした。


「澪さん。もし悩みがあるなら、私たちに話してください。私たちは友達でしょう? 一人で抱え込む必要なんてありませんよ。」


「そうよ、澪。あなたって自分のことをあまり話してくれないけど、私、本当にそんなに信頼できない存在? 今は私も一緒に異世界に来たのよ? もう立場は完全に同じじゃない。だから教えてほしいの。」


 梨花さんとエミリアさんも、私が心に何かを抱えていると気づかれてしまったようでした。特にエミリアさんは、少し寂しそうにしておられました。たぶん彼女は、本来の世界で自分の家が古い名門であるからこそ、周囲に誤解されがちなのだと思います。……私も、もしかしたら心のどこかで、彼女を自分とは違う特別な存在と感じてしまっていたのかもしれません。


 けれど私は……本当に経済的に苦しい家庭で育った身でしたから、昔から人に笑われることも多く、自分のことを語るのを無意識に避けていたのだと思います。


「皆さん、本当に……私のお話を聞いてくださるのですか? もしかしたら全部、私の考えすぎかもしれないのですけれど……。」


 不安げにそう告げると、真白さんと梨花さん、そしてエミリアさんが私に近づき、両手をそっと握ってくださったのです。


「澪、気にしないで。私たちはあなたの話を全部聞くわ。」

「そうよ。だって、私たちは一緒に異世界へ来た仲間なんだから。」

「ええ、私たちは心をひとつにして、この世界で支え合っていく存在なのですもの。だから、ね? 聞かせてください。あなたの悩みを。」


 胸の奥がじんわりと温かくなって、目頭が少し熱くなりました。……だから私は、先ほどあったことを正直に、そしてその時に感じた自分の心情も交えて語ったのです。


「澪……つまり、彼らの(自由な信仰)が、あなたを不安にさせているのね?」


「そうなのです、真白さん。だからこそ、きっと私の錯覚にすぎないのだと思います。どこに問題があるのか、私自身にも分からないのです……。」


「でもね、私は(錯覚)なんて言葉で片づけられる話じゃないと思います。」


「それは……どういう意味でしょうか、梨花さん?」


「澪さん。私たちがこの世界に来た時、“(スキル)”という力を授かりましたよね? もしかすると、そのスキルが危険を警告しているのかもしれません。以前に同じような感覚を覚えたことは?」


「いえ、梨花さん……。こんな得体の知れない不安は初めてです。」


 皆さんと一緒に悩んでいた時、エミリアさんが私を見つめ、静かに口を開きました。


「澪、私の家は古い家系で、当然のようにキリスト教を信仰してきたの。宗教の教えでは──あくまで(もし)の話だけど──神様が本当に存在するなら、神を信じない者は地獄に落ちると言われているわ。だから、あなたが自由信仰の考え方に恐怖を覚えるのは、とても自然なことなのよ。ただ……ルナリア女神様は本当に寛大なお方。信じぬ者に罰を下すような方ではないの。」


「……はーありがとうございます、エミリア。そう聞くと、少し気持ちが楽になりました。」


「でもね、澪。あなたの不安の答えを探すには、多分聖国を訪ねるしかないと思うの。聖国は唯一、ルナリア女神を国教とする国だもの。そこにこそ真実があるはずよ。……ちょうど、カトリック教の疑問を解くにはバチカンへ行くのが一番早いようにね。」


 エミリアさんの言葉に、私たちは顔を見合わせました。誰もが「聖国へ行くべきだ」と考えていたのです。……私の小さな不安を真剣に受け止め、一緒に考えてくださる皆さんの存在が、とても心強く思えました。きっと、私たちの絆はさらに深まったのだと、心から感じられた瞬間でした。


 では、次の目的はもう決めました、聖国に行って答えを探します。

皆さま、こんにちは。


こちらの話は聖国編への伏線となっておりまして、すなわち連邦編もいよいよ終盤に差しかかっております。あと数話ほどで、再び瑛太の視点へと物語が戻る予定でございます。


大まかな紹介がひと段落いたしましたので、今後は瑛太編と勇者編を二つに分けるのではなく、物語の進行と共に双方の物語を同時に描写してまいります。この変更は、第三章に入る頃には世界の真実の姿が徐々に明らかになっていく時期であり、聖国の物語が世界全体に大きな影響を及ぼすためでもございます。


なぜ聖国が重要なのかと申しますと、それは僕自身が抱いている「理念」や「価値観」に対する考えを描きたいからでございます。人は何らかの理念を持たなければ生きていけないと僕は考えております。混沌とした自由や、明確で正しい価値観としての信仰が、社会にどのような影響を及ぼすのか――それをこの物語の世界において表現していければと存じます。


ご期待いただける皆さまは、ぜひブックマークに登録していただければ、更新をいち早くお届けできますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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