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第98話 :「《勇者編》自由な信仰、そして唯一神の狭間で揺れる連邦」

 この国のあまりの荒唐無稽さに驚いていると、相手は私に推測を続けさせることもなく、最悪の答えをあっさりと口にいたしました。


「勇者様、いわゆる(宗教局)とは、各宗教を管理するために設立された国家機関のひとつなのです。我が連邦はあらゆる思想を受け入れ、人々が自由に言葉を発し、自分の考えを広めることを認めております。もちろん、自ら信じるものを選ぶ自由――すなわち信仰の自由も、でございますよ。」


 誇らしげに語るその顔。しかし、私の胸の中には不安がじわじわと広がっていきました。私は特別な信仰を持っているわけではございませんのに……それでも直感が告げるのです。「これは間違っている」と。


 (女神様への()())――その言葉が頭をよぎった瞬間、心の底から恐怖が込み上げてまいりました。胃の奥がきりきりと痛み、酸がこみ上げて、吐き気すら覚えてしまいました。


 けれど、相手は私の顔色の変化にもまるで気づかず、なおも得意げに語り続けます。


「過去の世界は一神教が大半を占めておりましたが、我が連邦は実に開放的で文明的なのです。人を罪に導く邪教でない限り、どのような宗教であれ伝道は認めております! 多神信仰でも、自然信仰でも、男性神への信仰でも構いませんし、無宗教であっても平等に扱うのです。我が連邦に正式に登録されている宗教は、なんと千を超えておりますからね!!!」


 熱弁をふるう声が会場に響く中、私の心はすっかり冷え切ってしまいました。


 女神様――あの方から受けた印象は、冷淡ではありませんでしたけれど、決して温かいものでもございません。もともと好印象を抱いていたわけではないのに……それでも、これは致命的な危機のように感じられて仕方がございませんでした。


 けれど、その感覚を言葉にまとめることはできません。


 そんなとき、市長のシャーリーさんが私の表情に気づいてくださったようで、慌てて話題をそらしてくださいました。


「宗教局長、信仰に関するお話はこれくらいにいたしましょう。それより勇者様、甘いものはお好きでいらっしゃいますか? 何も召し上がっていらっしゃらないようでしたので、こちらのチョコレートサンデーをご用意いたしました。」


 私はそっとサンデーを受け取り、一口いただきました。濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がり、思わず頬がゆるんでしまいます。添えられていた果物を口に運ぶと、甘みがチョコレートのほろ苦さを和らげ、絶妙な調和を生み出しておりました。


「とても美味しゅうございます。ご配慮いただき、ありがとうございます、シャーリーさん。」


 ほっと息をつく私。しかし、その横で宗教局長は全く空気を読んでくださらず、またも話を続けてしまいました。


「おや、甘味がお口に合って何よりです、勇者様。それにしても、異世界の方々はどのような神を信仰しているのか、実に興味深い! ぜひお聞かせ願えませんか?」


 ……思わず、目をくるりと上へ転がしてしまいました。もう我慢できません。


「その……私、この世界に来る前にルナリア女神様にお会いしたことがございますの。そんな女神様のおられる世界で、他の神だとか信仰だとかを持ち出すのは……とても失礼なことではございませんか?」


「な、なんと! ルナリア女神様、とおっしゃいましたか? 本当に実在するのですか!? ただ人々を善へ導くために生まれた宗教の概念ではなく?!」


「そもそも、ルナリア様がいらっしゃるのに、なぜこれほど多くの宗教が乱立しているのでしょう。それは……常識的に考えても、おかしなことではございませんか? 誇るべきことなどでは決して……」


 私がそう申し上げた途端、宗教局長の顔は大げさなほどに引きつり、目を見開いたまま、今にも飛び出しそうなほどでした。するとすぐにシャーリーさんが私の隣へ寄り、そっと耳打ちしてこられました。


「勇者様、このようなことを声高におっしゃいますと、誰かに悪意を持って広められる危険がございます。連邦においては、それは個人の自由を蔑ろにする行為と見なされてしまうのです。」


 あまりのことに私は目を瞬かせ、そっと囁き返しました。


「……どうして、そのように誇張された理念を掲げるのですか? シャーリーさんや連邦の皆さまは、この世界に女神様がおひとりしかおられないことをご存知ないのですか?」


「私たちのようにある程度立場のある者は理解しておりますが……一般市民は、女神への信仰を古臭く、小さなものと考えているのです。ですので、連邦では女神様を信仰する人は、ほとんど存在しておりませんの。」


 胸の奥に走った衝撃は、とても「少し」なんて言葉では言い表せませんでした。まるで頭の芯が揺さぶられるように、目の前が少しくらくらしてしまうほどです。だって――あの男性至上主義とまで言われている王国ですら、女神さまを信仰しているのですよ?


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