第97話 :「《勇者編》熱狂の宴に隠された、連邦の未来を揺るがす闇」
華やかなパレードが終わったあと、私たちはそのまま連邦の高級レストランへと向かいました。そこで開かれるのは、副大統領、ハーグ閣下が主催してくださる歓迎晩餐会――この晩餐会では、連邦の議員の方々や大商人の方々と顔を合わせ、ご挨拶を交わす機会が用意されているそうです。
私たちはあらためてドレスに着替えました。私が身につけたのは純白の薄絹を幾重にも重ねたドレスで、まるで月光がそのまま形を成したように身にまとわりつきます。
上半身は繊細な透かし模様のレースで仕立てられ、袖口や裾には、無数の蝶の羽のように透き通った薄布が折り重なっていました。こんなに布地を使っているはずなのに、不思議なくらい軽やかで、歩くたびにふわりと揺れるのです。
真白さんたちもそれぞれ異なる色合いのドレスを身につけ、私と調和するように並んでくれました。その姿は、並んで歩くだけで舞台に立つような華やかさを放っていました。
そして会場の扉を踏み入れた瞬間――盛大な拍手が私たちを包み込みました。王国とは違い、ここでは女性だけでなく男性も等しく、勇者として、仲間として丁重に迎え入れられるのです。
天井からは赤い花弁が降り注ぎ、足元には赤絨毯が美しく敷かれていました。さらに、左右にはずらりと百人以上の執事やメイドが並び、エルフ族の方や獣人族の方、そして私たちと同じヒューマン族まで、さまざまな種族の人々が揃って一斉に頭を垂れてくださったのです。
私はその光景を目にしながら、胸がどきどきと高鳴るのを抑えられませんでした。豪奢な衣装に身を包み、赤い絨毯を歩くたび、周囲から「勇者様!」「ようこそ!」「連邦は皆さまを歓迎いたします!」と歓声が飛び交います。
王国の民の必死さとは違って、ここには純粋に大切なお客様を迎えるという温かさが満ちていました。その空気に包まれるうち、私の心も不思議と解きほぐされ、胸の奥がふわりと軽くなるのを感じてしまいます。
――もう分かりました、男の子たちがあれほど王国を気に入ってしまう理由も、ようやく理解できてしまいました。
「澪、何をぼんやりしてるの? ほら、みんなが手を振ってるわよ。一緒に振らなきゃ!」
真白さんが嬉しそうに私の腕に自分の腕を絡め、ぱっと大きく手を振ります。私も慌てて彼女の真似をして、控えめに手を振り返しました。
「わぁ、ここは本当に素敵な場所ですね。澪さんもそう思いませんか? 最初は抗議する人たちに驚きましたけれど、大半の方々は心から私たちを歓迎してくださっているようです。王国とは大違いですね」
後ろから梨花さんが、エミリアさんと腕を組みながら微笑んでいました。
「ええ、確かに。会場全体もとても華やかですけれど、各種族の文化をさりげなく取り入れた装飾が残っていて、とても包容力を感じますわ」
エミリアさんは数多の宴席に出席してきた経験から、落ち着いた眼差しでそう評価します。梨花さんと並んで歩く姿は本当に美しくて、思わず見とれてしまうほどでした。
ちなみに、私たちが互いに腕を組んでいるのは、連邦では晩餐会に二人一組で出席するのが礼儀だからだそうです。女性は必ずしも男性を伴う必要はなく、同性同士で入場すれば「異性からの誘いを受けたくない」という意思表示になるのだとか。
逆に、もし交際に前向きなら異性と一緒に入場する――それがこの国ならではの暗黙のルールなのです。ですから、女の子たちの中には男性と一緒に入場した子もいて、すぐに周囲の若者たちが声をかけに集まっていました。
私たちの方へは、より地位の高そうな方々が続々と挨拶に訪れてくださいます。勲章を胸に輝かせた軍人の方、華やかなドレスをまとった女商人の方、和服に似た民族衣装を着こなした女性――どうやらこの首都の市長さんだそうです。
きらびやかな会場で、次々と差し出される言葉と笑顔に囲まれながら、私は自分の胸の内が静かに熱を帯びていくのを感じていました。
「勇者様、初めまして。私はロニー・アコマと申します。連邦国防騎士団の上将でございます。もし皆様が連邦に留まることをお選びになるのであれば、教育面の総責任者を務めさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、アコマさん。私たちの仲間の多くは戦闘向きの職業ではございませんので、その際はぜひ皆さまを温かくご指導いただければ幸いです。」
「もちろんでございます、勇者様。ご安心ください。私に与えられた権限は戦闘指導の範囲に留まりません。魔法や錬金術、自然科学、ゴーレム製作、魔導具製作など、学びたい知識があれば、連邦として全力で支援させていただきます。」
「ふふ、全力でなくとも大丈夫ですよ。優しく接してくださるだけで十分です。何しろ、つい先日も“勇者たちを優遇しすぎるのは税金の無駄だ”と抗議があったばかりなのですから。」
上将との会話の合間にも、次々と人々が私に声を掛けてこられました。どうやら皆さん、勇者である私と良い関係を築きたいと思われているようです。
「勇者様、私はエラ・メリアと申します。いかがでしょう、この(月光のヴェール・ドレス)はお気に召していただけましたでしょうか? これは連邦の有名デザイナー、(アデラ・テイラー)が直々にデザイン・監修したドレスなのです。Bランク蜘蛛の糸を用いた最高級の布地で仕立てられております。本商会が勇者様のためにご用意いたしました。」
「まあ……メリアさん、ご配慮ありがとうございます。このドレス、とても素敵ですわ。こんなに上等なお洋服を身につけるのは初めてですから、少し緊張してしまって……。うっかり汚してしまったらどうしよう、壊してしまったら弁償できるのかしら、なんて心配になってしまいます。」
「とんでもございません! 勇者様にお気に召していただけることこそ、私にとって最大の喜びなのです。この礼服は特別に誂えたもので、裁断もすべて勇者様専用に仕立てられております。ですので、これはそのまま勇者様に差し上げます。もし連邦に留まられるのであれば、ぜひ当商会もご贔屓くださいませ。服飾に限らず、多岐にわたる事業を営んでおりますので。」
その後も、旅館を用意してくださった方、援助金百枚金貨を勝ち取ってくださったせいで逆に抗議の矢面に立つことになった議員さん、あるいは各界の有力者の方々まで、次から次へと私のもとにやって来られました。
……皆さまがこうして私に声を掛けてくださるのは、きっと私がこの一行のリーダーだと認めてくださっているからなのでしょう。ちらりと仲間たちを見れば、彼らもそれぞれにこの晩餐を楽しんでいる様子。
男子は連邦の女性たちと談笑し、女子はハンサムな紳士たちに囲まれて微笑んでいました。私はといえば……本当は少しでも肩の力を抜いて楽しみたい気持ちもありますけれど、もう「勇者」なのです。皆よりも高い期待を背負っている私が、同じように無邪気に遊んでいられるはずがありません。
そのことが、むしろ私の努力が確かに認められている証拠なのだと思うと、嬉しくもあり、同時に背筋の伸びる思いでした。地位が高くなればなるほど、娯楽よりも責任のために働き続けるのが当然なのですから。
……ずっと笑顔を作り続けていたせいで、もう頬が固まってしまいそう。そんなとき、最後の一人が私に近づいて来ました。
「勇者様、こんばんは。私は連邦国宗教局の責任者でございます。ひとつお伺いしたいのですが……勇者様には信仰がございますか? もし勇者様の信仰の対象が明らかになれば、連邦の多くの人々が必ず勇者様を支持するでしょう。もしご希望でしたら、宗教局にて正式に登録し、安心して布教活動をなさることも可能です。」
「……えっ? あの、それはどういう意味でしょうか? 宗教局……とは?」
――どうして、私に布教のお話をなさるのでしょう。信仰はただ一柱、ルナリア女神様だけではないのですか? たった一柱、真に存在する神がいらっしゃるのに、どうして他の宗教を推す必要が……?
まさか……この国、ルナリア女神様を信仰していないのですか?
う、うそ……そんな……!?馬鹿馬鹿しいことがあるのか!