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第96話 :「《勇者編》アニメで見た勇者召喚と違って、この世界は本当に限界だ」

 そのあと、真白さんがわざわざ私のそばまで歩み寄り、首を横に振りながら困ったように言いました。


「まったく……澪。確かにあなたは彼らを落ち着かせたけれど、毎回抗議されるたびに財産を全部渡していたらどうなるの? それが現実的ではなく、むしろ偽善的だっていうこと、あなたもわかっているでしょう? 本当に助けたいなら、そうではないはずよ」


 真白さんの言葉は胸に響きました。……そうですね、直接「魚」を与えるよりも「釣り方」を教えることの方が、相手が本当に生きていける方法になるはずなのですから。


「その理屈は、もちろん理解しております。ただ……彼らの感情はもうあまりにも高ぶっていて。この場で一番早く、そして確実に安心していただける方法が、あれしかなかったのです。私を信じてもらうには、まずこちらが何かを差し出さなければなりませんから。贈り物は、そのために一番わかりやすい手段なのです」


 これは私がアルバイトをして学んだ経験でした。贈り物とは本当に奥が深い学問です。相手の必要や興味に合わせて、最初に会った時に差し出すことができれば、それだけで多くのことが円滑に進むのです。


 さきほどの状況は、生活に押し潰されそうな人々に、まず食糧やお金を渡すこと……それが彼らを落ち着かせる一番の方法でした。


「はははっ、さすが勇者さまだな。おおらかで見事な度胸だ。あれは戦利品とはいえ、少なくとも数百金貨は下らん価値があったぞ?」


 ジョンさんが半ば呆れたように笑います。


「いえいえ、とんでもありません。ジョンさんが少し大げさに言っているだけです。必要な防具や武器はすでに王女殿下から頂いておりますので、当面はお金に困ることはございません。私にとって一番大切なのは、彼らを助けられることですから。もちろん毎回同じことをするわけには参りませんが……初めての印象はとても大事ですから」


 そう説明した私に、今度はジェームズさんが近づいてきて、軽く拍手をしながら言いました。


「ジョン、そこが君には見えていないんだ。周囲をよく見てみろ。この行動は、ただの慈善なんかじゃない」


「え?」


 最初は何のことかわからなかったのですが、促されるままに人々の顔を見渡すと……ようやく気づきました。特に連邦の使者たちの表情が、それを物語っていたのです。


 みなさんが、どこか興奮したように、あるいは期待に満ちた様子でひそひそと囁き合っていました。


「この勇者さま……本当に心優しい方なのでは?」

「うん、うん。頼もしいな。あれほどの抗議を前にしても、落ち着いて冷静に対応していらっしゃった」

「見ず知らずの、しかもあれほど荒れた人々に対して、あんなに温かく接するなんて……まるで物語の、いや、我が連邦の歴史に名を刻むあの(勇者)そのものだ」


 皆さまが嬉しそうに、そして誇らしげに語り合ってくださっている……。


 私は決して自分の姿を作為的に演出したわけではありません。ただ、今回の出来事がきっかけで、連邦の民が少しでも私たちを歓迎してくださるのなら……本当に、それ以上の幸せはございません。


 みなさんの様子を観察していた時のことでした。私たちに連邦のことを紹介してくださった猫人族の少女――ダイラさんが、わざわざ私のところへ歩み寄って来られて、深く頭を下げてくださいました。


「本当に申し訳ございません、勇者様。今回の件は完全に私たちの落ち度でございます。本来、不満を抱いている方々がいることは理解していたのですが……まさかここまで怨嗟が大きいとは思っておりませんでした」


「大丈夫ですよ、ダイラさん。確かに私は驚いてしまいましたけれど、連邦国の本当の姿を見られたことは、むしろ嬉しかったのです。少なくともここでは、皆さんが自由に発言して、ご自身の想いを表すことが許されているのですね。その点だけでも、王国とは大きな違いがあります。ただ……どうしてあの方々は、あれほどまでに強い圧力を抱えているのでしょうか? お話を聞いた限り、福祉に関することに不満を持たれているようでしたが……」


 私が問いかけた瞬間、ダイラさんは困ったように視線を逸らされました。どう答えてよいのか迷っていらっしゃるのでしょう。


 ――ああ、なるほど。きっと彼女は現政権に関わっている方なのですね。だから、軽々しく真実を口にできないのでしょう。


 そこで私は視線を他の方々へ移しました。すると意外なことに、ジェームズさんがこちらを見つめておられ、まるで意を決したかのように口を開いてくださいました。


「勇者様、これは連邦の恥ずべき無力な現状でございます。どうか、順を追ってお聞きください」


 そして彼は、現在の市民生活が極端に困窮している理由を説明してくださいました。


 1)この十年、魔物の活動が指数関数的に増加し、商業活動のコストが激増した。典型的なのは行商人で、以前は一人で各都市を回ることができたが、今では護衛を雇わなければ死亡率が六割に達する。そのため移動コストが倍増している。


 2)魔物の活動によって多くの村が壊滅し、さらに隣国からの難民も連邦に押し寄せている。そのため故郷を失った人々が都市に集中している。


 3)連邦の補助金はすべて「定額制」であり、獣人族・ヒューマン族・エルフ族など、各種族の人口比率に応じて分配される。


「つまり勇者様、この前提をご存知であれば、抗議者の大半がヒューマン族であった理由もお分かりいただけるでしょう?」


「はい、理解いたしました。教えてくださってありがとうございます。やはり王国だけでなく、連邦も非常に切迫した状況にあるのですね」


 ジェームズさんがすべてを語ったわけではありませんでしたが、私は十分に理解できました。


 要するに、都市人口の爆発的な増加によって家賃が一気に高騰し、もともと平凡に暮らしていた人々が大きな生活圧力に押し潰されそうになっているのです。


 さらに、都市自体が十分な食料を生産できないうえに、農村から運ばれるはずの食料も魔物の被害を受け、物価が急騰している。


 こうした一連の状況の中で、私たちのような外来のヒューマン族が補助金を分け合うのは、彼らにとって「未来を奪われる」と感じられてしまうのでしょう。


 ――やはり、どこへ行ってもこの世界は深刻な危機に陥っているからこそ、勇者召喚などという手段に頼り、私たちのような“希望”をこの世界へ呼び寄せたのですね。


 ただ、王国の貴族たちは率直に「戦力が欲しい」と示してきましたが、連邦は市民の抗議を通じて現実の厳しさを突きつけてくる……。


(……本当に、この世界は苦しんでいるのですね)


 と、私は胸の奥で静かに呟きました。


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