第94話 :「《勇者編》歓迎と拒絶、二つの顔を持つ街」
オークキングを討ち取ったあと、残っていたオークたちも一気に片付けられました。
「みなさん、お疲れさまでした。やはりあのオークキングはただの王ではありませんでしたね……周囲のオークたちも、きっと王の持つパッシブスキルに強化されていたからこそ、あそこまで厄介だったのではないでしょうか」
「そうだな。じゃなければ俺たちが、オークごときに長々と足止めされるなんてありえねぇ。俺たちは一応、Aランク冒険者なんだからな」
みなさんが戦闘を振り返りつつ話し合っている中、私はどうしても気になってしまったことがあり、思わず口を開きました。
「この世界というのは……そんなにも危険なのでしょうか? 私たちが王国に連れて来られたとき、数日間も馬車で移動していましたけれど、その間、一度も魔物と遭遇しませんでしたよね?」
ジェームズさんたちは互いに顔を見合わせ、それから彼が代表して答えてくれました。
「確認させていただきますが――勇者さまたちは、王国騎士団の団長、ベノワ・マルタンを護衛隊長として同行されていましたよね?」
「ええ、そうですけれど……何か問題でも?」
「いえ、そうであれば納得です。あの方が護衛についていたのであれば、道中で魔物に出会うことはまずありません。彼は自らの配下の騎士たちを前もって配置し、行軍の進路近辺の魔物を掃討させるのです。だからこそ、勇者さまたちの旅は何事もなく進んだのですよ」
「……なるほど。私はあの方と直接お話ししたことはありませんが、それほどまでに強大な騎士だったのですね」
「ええ。彼は《不動の大盾》と呼ばれる王国最強の騎士です。ここ数十年、街を出れば必ず魔物に遭遇すると言われるこの状況下で、彼だけは旅を安全に整えられるのです」
「……やはり、最近は外に出るだけでも危険なのですね。ということは、連邦がAランク冒険者を派遣してくださったのも、私たちを守るための最善の手段だったのでしょうか?」
私がそう尋ねると、ジェームズさんたちは急に言葉を飲み込み、目線を左右に泳がせました。――あら、これは何か裏があるのでしょうか。その沈黙に痺れを切らしたのか、ジョンさんが面倒くさそうに口を開きました。
「勇者さま、連邦は多様な意見を尊重する国なんです。ですが、中には王国への支援に反対する者もいて……大量の騎士を派遣するのは財政的にも大きな負担ですし、何より今は国内の情勢も不安定で、都市が魔物に襲撃されることも珍しくありません。ですから、護衛は限られた人数にせざるを得ない。俺たちみたいな少数精鋭を派遣する方が、費用も抑えられますし確実なんですよ」
「ああ……なるほど。つまり、そういう事情があったのですね」
その言葉だけで、私はだいたいの事情を察してしまいました。きっと政治的な対立があるのでしょう。与党に反対する人たちのせいで予算が削られて、私たちの護衛も縮小されてしまった……。
ジョンさんは筋肉自慢の戦士に見えますけれど、こういうことをそれとなく説明できるあたり、意外と賢い方なのかもしれません。
日本でアルバイトをしていたとき、職場の先輩方がよく政府のあれこれに文句を言っていたので、私は政治というものがどう動くのか、ほんの少しだけ理解しているつもりです。
――ですが、皆の前でこれ以上突っ込むのはよくありませんね。私たちが連邦にそこまで大事に思われていないのでは、と余計な不安を抱かせてしまいますから。ここは話題を変えるべきです。
「あ、あの……それでは、この件はもうここまでにいたしましょう。ここが本当に危険な場所であるなら、早く移動するべきです。今日は王国の都市で休息を取る予定だったはずですし……出発いたしませんか?」
「そうですね、勇者さま。ただ、その前に魔物の死骸を処理させてください。魔石や素材を回収しておけば売却できますし、私たちも補給が必要ですので」
「わかりました。それでは、なるべく早くお願いしますね」
そうして私たちは素早く解体作業を済ませ、再び馬車での旅路を再開しました。
その後数日間の道のりで、遭遇したのはごく普通の魔物ばかりで、ジェームズさんたちが難なく退治してくださったのでした。……やはり、最初のあの大群が異常だったのですね。
馬車の揺れに身を任せ、少し休んでいたところ、ジェームズさんが声をかけてきました。
「勇者さま。もうすぐ連邦首都の国境です。あと三十分ほどで、目的地に到着できますよ」
窓の外に差し込む陽光は、いつの間にかとても柔らかくなっておりました。まるで長い霧を抜けた後にようやく射し込んできた光のようで、とても暖かく、うっかり昼寝をしてしまいそうになるほどでした。
顔を上げて外を見れば、荒れた黄土の道はいつの間にか整然とした青い石畳に変わり、左右に並ぶ木々はまるで絵本の挿絵のように鮮やかで、整い過ぎているほどの配置でした。視線の先には白亜の高い城壁がそびえ、複雑な紋様が刻まれ、その頂には巨大な魔像が二体、静かに見下ろしておりました。
私たちを乗せた馬車がゆっくりと城門をくぐると、ふわりと魔力の波が全身を撫で、まるで結界による検査のように感じられました。窓から身を乗り出した私は、彼らがすでに私たちを待ち受けていることに気付きます。
広い城門前には、華やかな衣を纏った人々が列を成しておりました。王国の貴族のように威圧的ではなく、まるで遠方からの賓客を心から迎えるような空気で。列は厳格な軍の整列とは違って、しかし不思議と整然としており、甲冑に身を包む者はおらず、各々の民族を象徴する衣装を纏っておりました。
前列に立つのは、銀糸で織られた軽やかな衣を纏い、端正な顔立ちをした猫耳の女性。高位の巫女のように見えます。その隣には、逞しい体躯の牛角の男性が獣皮を肩に掛け、胸には金属の装飾を揺らしていました。さらに、紅い肌と銀白の瞳を持つ魔人の青年が二人。片方は冷ややかな表情で、もう片方は明るい笑みを浮かべています。
――東京でも、これほど多種多様な種族の方々が一堂に会する姿など、決して見られなかったでしょう。
猫耳の女性が一歩進み出て、独特の抑揚を持ちながらも聞き取りやすい共通語で声を掛けてくださいました。
「ようこそ、異界よりの来訪者の皆さま。【連合邦国アルディア】の首都――アヴィスタへ」
その声は澄み渡るように優しく、私たちの到来を歓迎してくださっているのが伝わってきました。
馬車を降りるとすぐ、彼らの案内で彩り鮮やかな水晶の門廊をくぐり、真の「連邦の都」へと歩を進めます。街には歓迎の布や花々が飾られ、人々が道の両側に列をなし、笑顔で私たちを迎えてくださいました。
「勇者様!」「ようこそ!」と声が飛び交い、頭上からは絶え間なく花びらが舞い降ります。まるで祝祭のような賑わいで、商人たちは店を広げ、子どもたちは嬉しそうにはしゃいでいて……ここ数日の緊張が、胸の奥からすっと溶けていくように思えました。
(……やはり、私の思い過ごしだったのかもしれません。連邦は、私たちをきちんと受け入れてくださる……)
そんな風に胸を撫で下ろしかけた矢先でした。賑やかな行進の中央で、唐突にざわめきが広がったのです。人々の波をかき分けて、十数人、いえ数十人はいるでしょうか……抗議の隊列がこちらへと押し寄せてまいりました。
彼らの掲げる布には、くっきりと大きく《ここに怠け者はいらない!》と書かれていて――。
「出て行け!」
人垣の先頭に立った一人の人間の男性が、私に向かって怒鳴りました。
「もうこれ以上、国に貢献できない余所者を歓迎するつもりはない! 俺たちの税金を、外から来た連中を養うために使うなんて御免だ! 金が余っているなら、俺たちに渡せ!!!」
あまりにも真っ直ぐな敵意の言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられるようで――私は、ただ立ち尽くすしかありませんでした。