第9話 :「迷宮の罠を越え、立ちはだかる脅威すら喜びと変える力」
――ずっと石畳と石壁だけの道が続いてる。
……まあ、当然といえば当然だけど、特にワクワクする展開もなく、ただひたすら歩くだけ。できることなら、早く次の階層へ続く階段を見つけたいけど……現実はそんなに甘くないらしい。
かなりの時間を歩いてきたが、さっきの囲み戦を除けば魔物の姿は一度も見ていない。だが、その代わりに罠のオンパレードだ。
定番の落とし穴に、突然現れる火炎の壁、足元が崩れて溶岩へ落ちそうになる熔池トラップ。極めつけは、目の前をかすめ飛んでくる巨大な飛斧――。
……おいおい、これってもはや罠迷宮版の「死にゲー」じゃないか?延々と一本道の廊下が続いてて、分岐も何もない。まるで選択肢ゼロのリニア型RPGをプレイしてる気分だ。
慎重に、床の高さが微妙に違う石板を避け、壁の隙間に目を光らせながら進んでいたが――
その時、不意打ちは来た。
「ちょ、休憩でも――って、えっ!? うわっ!!?」
俺が何気なくもたれかかった壁……それが、まさかの回転式の偽装壁だった。軽く触れただけで壁が九十度回転し、そのまま俺の身体ごと、暗闇の小部屋に引き込んでいった。
「わ、うわああ!? おい、ここどこだよ!?」
閉ざされた部屋が急に明るくなり、足元に魔法陣が浮かび上がる。……まさか!
「魔法トラップかっ!?――っと!」
即座に跳び上がった俺の足元を、ビリビリと音を立てる電撃がかすめていった。
「ふざけんな! これ、地獄モードの罠迷宮だろ!!」
壁を手探りで調べ、回転機構の軌道跡を発見。特定の石を押すと壁が再び回転し、元の通路へと戻ることができた。
……今度はさらに警戒しながら進む。
歩幅は狭く、視線は鋭く。完全に罠のプロにでもなった気分だ。
第一層、見た目は完全に「初心者用ステージ」なのに、実際は誰も簡単には生かして出す気がない設計。真っ暗な部屋の中で、初見殺しの罠だらけの“デスゲーム”――
しかも命は一つきり。
……普通の人間なら、とっくに死んでるだろうな、マジで。
さらに進んでいくと、次のトラップが現れた。今度は、目に見えないタイプ――神経毒の霧。
《空気中に異常粒子を検知。化学性毒素が拡散中。30秒以内に神経系へ作用開始》
「やっと警告してくれたか、(森羅万象)!……まあ、俺は骸骨だから呼吸しないし、無傷だけどな!」
存在しない息を止めて(意味はない)、早足で毒霧のエリアを抜ける。
そして出口に到達した瞬間、無意識に「ふぅっ」と息をつき――いや、だから呼吸しないってば!
……はあ、まだこの骸骨ボディには慣れねぇな。
やっぱり人間の体が恋しいよ……。
しばらく進むと、また同じような一本道。
正直、見飽きた通路の連続に精神が削られていく。
だからだろうか。
その先にぽつんと現れた小部屋が、やけに魅力的に見えたのは――。
「……お? なんだこの部屋?」
衝動的に足を踏み入れる。
単調すぎる道に飽きたせいで、判断が雑になっていたのかもしれない。ドアを開けると、そこには――ひとつの宝箱があった。
「おおっ……やっと“迷宮っぽい”の出てきたぞ!」
今思えば、あれはあまりに“都合がよすぎた”。そう、まるで「バカを誘うための罠」そのものだった。
部屋に入って数歩――
その瞬間、扉が音もなく閉じ、内側からロックされた。
「……はぁ、やっぱりな。そう来ると思ったよ……」
罠だってのは分かってた。けど、まさかこんな直球とは……。
だが、数分待っても何も起きない。
……え、閉じ込めるだけ? 何の意味が……?
《環境確認中……空気中の酸素濃度が基準値を下回りました。呼吸不可能領域に突入》
「……は?」
こ、これは……密室型の罠!?
なるほど、そういうことか……!
空気を抜いて窒息させるタイプのトラップか――。
これはヤバい。普通の人間なら、ここで終わりだ。呼吸できなきゃ、数分で確実に死ぬ。
この部屋に入ってから、すでに数分は経ってる。ドアもロックされたまま、逃げ道はない。
……いや、まあ俺は骸骨だから呼吸いらないけど。
マジで、この体だけは助かったと初めて思ったかもしれない……。
どうせ待ってても何も起きないし――
なら、あの宝箱でも調べてみるか。
……そう思って俺は、部屋の隅にぽつんと置かれた宝箱へと足を向けた。この密室の中、どう考えても罠の可能性が高いってことは分かってる。
一応、慎重にスキャンしてみたが、スキルには反応なし。
……逆に怪しい気もするけど、まあ、仕方ない。
で、俺が宝箱の蓋に手をかけたその瞬間――
「っぐぅ!?!?」
バシィンッという衝撃音とともに、腐食性の液体をまとった鎖が飛び出し、俺の胸を直撃。肋骨の一本が派手に吹き飛んだ。
「おい、これってミミックか!? くそ、二重トラップだとぉ……!?」
《罠型魔法宝箱:本体は擬態生命体。対応データを記録し、警告プロトコルを構築しました。》
……まあ、少なくとも成長はしてくれてるみたいだな、(森羅万象)。
この迷宮、単なる物理的な仕掛けじゃない。
そこにある罠ひとつひとつが、まるで試してくるかのように緻密で、容赦がない。
探索者の警戒心、判断力、そして――耐性までもが問われている。想像してみろ。
狭い通路の床に並んだ“3回までしか踏めない”プレート。
1回目は火炎放射、2回目は強烈な騒音で聴覚を破壊、そして3回目には巨大な岩がゴロゴロと転がってくる。音に気を取られてる隙に……潰されるって寸法だ。
他にも、滑って壁の隅に仕掛けられた毒針へ突っ込む罠とか、
もはや陰湿なまでに巧妙すぎる。
俺は――それら全部を、ひとつずつ試しながら、(森羅万象)で情報を記録して、少しずつ罠のデータベースを構築していった。
最初は……ほとんど全部引っかかった。
でも次第に、三つに一つしか当たらなくなって――そして今では、罠を避ける術を学び始めた。
小石を使って床の反応を試し、石板の摩擦感や形状で罠の種類を推測し、さらには《具現描写》を用いて、足元に現れる魔法陣を瞬時に視認・回避。このスキル、ただの無詠唱魔法にとどまらなかったらしい。
視界への投影によって、情報処理の補助までしてくれるとは。気づけば、俺は罠に追い詰められる側から、罠の“解読者”になっていた。
「……なるほどな。この層の迷宮、難易度は魔物じゃない。『知らない』ってことの代償を突きつけてくるタイプか。けど、一度知ってしまえば――同じ罠には、もう二度とやられない」
振り返る、そこには、無数の仕掛け――毒霧、滑る床、偽の壁、罠宝箱、炎孔……
それらが迷路のように入り組んだ通路が広がっていた。
だが今や、そのすべてが俺の頭の中で明確な地図となり、危険箇所には赤いマーキングが自動で浮かび上がるようになっていた。
「ありがとな、(森羅万象)……」
そう小さく呟いた俺は、しばし静かに立ち尽くし、やがて短剣を握り直す。
「……さあ、行こうか」
この知識と直感の交差する地獄のようなゲームの中で、俺の一歩一歩が、“本物の生者”へと近づくための道になる。
全力で、命を削りながら。罠だらけのこの狂った迷宮を――
最後まで、生き抜いてやる。