第87話 :「《勇者編》静かな私たちと、外の世界の賑わい。決別後の、冷え切った旅」
長い沈黙の後、静かに手を挙げた男子がいました。七沢さんだった――普段から女子とも穏やかに接していた、優しい人です。
「……俺は、連邦国に行くのに賛成だ。だって、王国は人権をあまりにも軽んじている……俺は、そんな場所で生きていたくない」
普段から彼は温順な人だから、彼の声は小さく、消え入りそうでした。でも、その言葉はまるで氷張りの湖に小石を投げ込んだように、皆の心に波紋を広げていきました。
「僕も……一面だけで未来を決めるのは違うと思う。それに、自分が本当にやりたいことを確かめたい。女性に対してここまで厳しい国なんて……僕は嫌だ」
そう続けたのは山口さんでした。彼はクラスの女子とお付き合いしていることもあり、私たちの立場を理解してくださっていたのだと思います。
その目には、王国の貴族に対する怒りが、かすかに宿っていました。その後、さらに五人の男子が頷き、連邦国へ共に行くと表明しました。
こうして、最終的な結論が形になりました。――王国に残る男子十二人。そして、私を含む十六名の女子、七名の男子、計二十四人は、連邦国を目指すことに。
私たちはその結果を第一王女、エレノア殿下にご報告しました。殿下はすぐに連邦国への連絡と手配を済ませ、私たちは連邦国の用意した馬車と、二つの冒険者パーティに護衛されて旅立つことになったのです。
出発の日。特別な別れの式はありませんでした。残る彼らはただ、王都の東門から私たちの馬車を見送ってくださっただけ。私もまた、十二人の元クラスメイトを静かに見つめ返しました。
その表情には、名残惜しさも確かにありました。けれど……それ以上に、強い決意が刻まれていました。日本にいた頃には見たこともない、揺るがぬ覚悟。
それは「王国を選んだ」というだけでなく――彼ら自身が初めて、自分の存在を認められ、大切にされたことへの応答だったのでしょう。
私たちは互いに小さく頷き合い、微笑み合い、それ以上の言葉を交わすことなく、別々の道を歩き出しました。
道中、護衛の冒険者の隊長がお声をかけてくださいました。大きな盾と剣を背負い、端正な顔立ちの男性が馬を進め、馬車の前まで来て自己紹介をされました。
「勇者様、このたびはご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はジェームズ。Aランク冒険者パーティ《世界の風》の隊長を務めております」
「いえ、こちらこそ……これからの道中、どうかよろしくお願いいたします」
私がそうお答えすると、もう一人、屈強な男性が笑みを浮かべて近づいてきました。
「よう、勇者様! 俺は《ウェアウルフの誇り》の隊長、ジョンだ! 安心しな! この旅路、必ず安全に連邦まで送り届けてやる! ウェアウルフ族の誓いにかけて!」
筋骨隆々のその姿は、少し無邪気な雰囲気を漂わせていましたが……纏う気配はウィリアム以上に鋭く、確かな実力を感じました。
「ふふ、それは心強いです。どうか、よろしくお願いいたしますね」
「おう! 任せとけ!」
「……ジョン、勇者様に対してはもう少し丁寧にしろ」
「いやいや、ジェームズ! 俺はもう十分丁寧だぞ? それに、ウェアウルフ族の誓いは絶対に破らねぇ! だから安心しろ!お前こそ!相変わらず硬い人だな、もうちょっと楽してもいいよ!」
「いやいや、今回我々の任務は、ひょっとしたら我が国に滞在されるかもしれない勇者様とその方々の護衛です。良い印象を与える必要があります。」
「ははは、だから大丈夫だって言っただろ!うちの国の魅力は、俺達みたいな少人数で示せるもんじゃないって信じてるからな。今は堂々と自分らしくしていればいいんだよ!ってか、お前は世界を旅するのが夢だから『世界の風』なんてチーム名を付けたんだろ。今さらそんなこと言うなんて、ちょっとカッコつけすぎじゃないか?」
「そ、そ、そんな事は無いですよ!お前さ……」
二人は軽口を叩き合い、馬車の外は賑やかでした。けれど、馬車の中は……まるで凍り付いたように静まり返っていました。
この大きな馬車には、女子十六人が乗り、男子七人は別の馬車に。中は私の想像以上に重苦しく、誰一人口を開こうとはしませんでした。
私は入口に座り、馬に跨る冒険者たちの背中を見つめながらも……心に浮かんでしまうのは、佐々木さんのあの言葉でした。
――「俺たちがどれだけ“透明”に扱われてきたか、わかるかよ!」
胸の奥を、強く叩かれたような気がしました。
……彼らの言葉は、確かに正しかったのです。私たち女子は、彼らの存在を、どこかで軽んじてしまっていたのかもしれません。
「……私たち、本当に……ひどいことをしていたのではないでしょうか」
その時。蚊の鳴くような小さな声が、沈黙を破りました。声の主は佐倉さん。彼女は唇を噛み、うつむきながら指先を見つめ、瞳に涙を浮かべていました。
「わ、私は……今まで、あの人たちとまともに話したことなんて一度もなかった。何が好きかさえ、知らなかった……。でも、さっき怒鳴られて、気づいたの。私は、彼らのことを何も知らない。だから……何も言い返せなかった」
言い終えると同時に、彼女は顔を伏せ、手の甲で涙を拭いました。
皆さま、こんにちは。
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