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第86話 :「《勇者編》思想の対立は、深く深く積み重ねられた抑圧の結論」

 《望月澪の視点》


 怪我が癒えた私は、他の女子たちと共に、王宮に併設された貴賓用の高級ホテルで、あまり愉快とは言えない夜を過ごしました。


 豪華な宴会料理も、ふかふかのベッドも、すべてが完璧で非の打ち所がないはずなのに……どうしても忘れられなかったのです。あの夜、宴会場で貴族の方々が私たちを見つめる視線を。まるで市場で家畜を値踏みするような、冷たい眼差しを。


 そして、エミリアさんに降りかかった出来事を思い出すたび、胸の奥から込み上げてくる嫌悪感に息苦しくなりました。


 王国の現実は理解しています。強者が支配する世界。限られた資源を奪い合う社会。そして、男性中心の貴族制度――。


 けれど、心の底から湧き上がるこの言葉にできない反発は、どうしても抑えられませんでした。


「……本当に、日本の社会とはあまりにも違いすぎます。」


 私たちは夜通し話し合い、結論を出しました。ここには残らないと。だって……エミリアさんの身に起きたことが、次は他の女子に降りかからないとは言い切れませんから。


 翌朝。


 私たちは高級ホテルの中庭に集まりました。今度は王族の方々も、取り巻く貴族令嬢たちもいません。ただ、私たちクラス三十六人が、不揃いの輪を作って立っていました。


「俺たちはもう決めた」


 最初に口を開いたのは新田さんでした。珍しく強い調子の声。


「俺たちは王国に残る。王国は本気で俺たちを受け入れようとしてくれているし、明確な支援策も用意してくれてる。勇者として、俺たちはここでこそ力を発揮して、人々を助けられるんだ」


 そう言いながら、彼はちらりと私の方を盗み見ました。けれど私は、何も返さず、ただ静かに立っていました。


「俺も……」


 今度は渡辺さんが一歩前に出て、気まずそうに笑いました。


「元の世界じゃ、俺なんてゲームばっかりで、先生に叱られてばかりの落ちこぼれだった……でもここでは、誰かが俺を英雄だって言ってくれる。だから、その期待に応えたいんだ」


 渡辺さんは《大地の培養者》の職業を持っていて、王国から特別に重要視されている方です。今まさに旱魃や砂漠化に直面している王国にとって、彼の力は何より必要とされている……だから、彼が残ると言うのも不思議ではありません。


 けれど、その言葉が火種になったように、彼の背後にいた男子たちが次々と声を上げました。


「そうだ! 俺は王都図書館の館長に直接スカウトされたんだ! 古代魔法の理論を理解できるって! 魔導師になれるかもしれないんだぞ!魔導師は、貴族にまでなれる高貴な職業なんだぜ」

「侯爵に呼ばれて、娘さんの婚約者にって言われたんだ……今まで誰にも期待されたことなんてなかったから……だから応えたいんだ」

「もう、何者でもない自分に戻りたくない! 俺には雷魔法の適性がある! 魔導師になって、貴族としての未来が俺を待ってるんだ!」


 ……気づけば、声を上げているのは、かつて教室で目立たなかった男子たちばかりでした。運動も得意ではなく、趣味も人と合わず、交流も少なく……いつも「陰キャたち」と呼ばれるような存在だった人たち。


 でもこの王国では初めて、上の立場の人々に真っ直ぐ認められ、大勢に称賛され、貴人として遇され……未来を用意されているのです。そんな待遇、きっと日本では決して得られなかったでしょう。


 だから――残りたいと思う気持ちを責めることは、私にはできません。けれど、それでも。私はみんなのために、言わなければなりませんでした。


「……お気持ちは理解いたします。ですが、少し冷静になりませんか」私は一歩前に進み、彼らの顔を順に見渡しました。


「私たちは……まずは連邦国の様子を確かめたいのです。これは旅ではありません。軽々しく決めることではありません。私たちは――これから生きていく居場所を選ばなくてはならないのですから」


 すぐ横で、佐倉綺香さんが私の言葉を継ぎました。


「そうそう! 少なくとも、連邦国を見てから判断するべきだよ! 人生かかってんだからさ!」


 彼女はクラスのギャルグループの中で一番可愛らしい女の子で、発言も積極的な子。そんな彼女の真剣な声に、私はほっと胸をなで下ろしました。


「……俺たちが、物事の分別もつかないと思っているのか?!」


 渡辺さんが、怒りを込めた声で佐倉さんに言い返しました。


「大事にされてきたお前ら女子だから、そんなことが言えるんだ! 俺たちがこれまでクラスでどういう扱いを受けてきたか、わかってんのか?! 自分の趣味を馬鹿にされ、存在すら無視されたことがあるか?! 佐倉!」


 渡辺さんがこんなに感情を露わにする姿は……私、本当に初めて見ました。


「何を言ってるの、渡辺くん! 私はただ、連邦国を見たい人もいるって言っただけでしょ! あなたが残りたい気持ちを否定なんてしてないよ!」


 佐倉さんも、思わず声を荒げてしまいます。


「だから、俺たち男子は誰も連邦に行きたくねぇんだよ! “みんな”なんて言いながら、結局はお前一人が行きたいだけだろ!」


「私はただ、みんなのために提案しただけよ! そこまで言う必要ないじゃない!」


 空気が一気にざわめき始めました。私はただ、その場の反応を見守るしかできませんでした。


「……俺たちは、ずっとお前らに見下されてきたんだ」渡辺さんの顔は赤く染まり、声が震えていました。


「やっとここで、自分たちの価値を認められたんだ! お前らにはわからなくてもいい。でも、否定だけはするな! 行きたきゃお前一人で行けよ、佐倉!」


 その時――今までほとんど口を開いたことのない佐々木さんが、低い声で叫びました。


「そうだ……! お前らは普段から俺たちの意見を無視してきただろ! 今さら“みんな”だなんて……結局はお前自身が王国に相手にされないから、逃げるように連邦へ行きたいだけじゃないのか!」


 その言葉に、他の男子たちも次々と加わり、怒声が飛び交いました。


「そうだ、そうだ!」

「どうせ俺たちの言葉なんて、聞いたふりをして流してきただろ!」


 ……佐倉さんは一気に追い詰められてしまいました。怯えたように口を閉ざし、ただ男子たちの言葉を受け入れるしかありません。言っている内容は――今までクラスの活動で意見を出しても、女子にまともに取り合ってもらえなかったこと。


 結局、話題は女子たちの興味ある方向に進められ、男子たちはいつしか黙って従うしかなくなったこと。

 そして今やっと、自分たちの声に耳を傾けられる場を得たのだから、絶対に譲るつもりはない、というものでした。


 ……もう、これ以上は耐えられませんでした。私はそっと一歩前に出て、できるだけ静かな声で口を開きました。


「……私は、みなさんの決断を否定するつもりはありません。ただ……せめて、すべての可能性を知ってから選んでほしいのです」


 できるだけ刺激しないよう、控えめに伝えました。


「望月……お前はいいこと言うけどさ、女子は日本でも特別扱いされてきただろ? だから、この機会がどれほど貴重かなんて、わかるわけがない」

「そうだ! 連邦国なんて、王国ほど歓迎してくれるはずないんだ! 冷たくされるだけだ!」

「残るのが賢い選択だ。出て行きたいなら勝手に行けよ! お前らを引き止めるなんて、時間の無駄だ!」


 場の空気は、ますます火花を散らしました。真白さんとエミリアさんまで、男子たちと睨み合うようになってしまいます。


「……私たちは挑発しているわけではありません。ただ、みんなで全てを見てから選んだ方が良いと思ったから提案しただけです」


 私は小さく息を吐き、胸に広がる不安を押さえ込むように手を握りしめました。そして、しっかりと声を届けるように言いました。


「……争うべきではありません。私たちは同じクラスの仲間であり、女神(ルナリア)様に選ばれて共にここに来た者同士です。敵ではないのですから……」


 私は少し冷たい声音で続けました。


「それに……エミリアさんの件を忘れてはいませんか? 彼女は、もう少しで貴族に連れて行かれるところだったのです。私たち女子がここに残るのを怖がるのは……当然のことではありませんか?」


 その瞬間。空気が、ぴたりと止まりました。

 男子たちは顔をそらし、気まずそうに視線を落としました。

 ……きっと、彼らも本当はわかっているのです。あれが間違った行為だったということを。


 この件に関しましては、お互いに譲れない点が多く、男女間の平行線になっております。

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