第83話 :「進化のその先で、俺たちはもっと分かり合えた。」
俺は凛に向かって、できるだけ真剣に言葉を投げかけた。
「凛、外見をどうにかしたいなら進化しかねぇんだよ。進化すりゃ人型の魔物になる可能性が一番高い。進化するには魔石を食うしかないだろ? 俺がもう身をもって証明したじゃねぇか。人間に戻りたいなら、さっさと魔石を食っちまえ!」
「瑛太君は、そんな簡単に言うけど……。さっきの君は魔石を食って死にそうに苦しんでたじゃない。僕だって怖いよ。食べて魔力が暴走して死んじゃうかもしれないんだもの。」
「いや、正確にはさっき食ったのは普通の魔石じゃねぇ。加工された高位の魔石みたいなもんだ。だから普通の魔石なら大丈夫だろう。もし体内に溜まる魔力が多すぎるのを気にするなら、俺が余分なエネルギーを引き流してやるよ。」
「……引き流す? 瑛太君にそんなことできるの?じゃあ、なんでさっき自分にはやらなかったのよ?」
「たぶん、進化のときに新しく目覚めたスキルの一種なんだろうな。要は俺が魔力の流れを操って、余分な分を俺たち全員に再分配できるってわけだ。つまりエネルギーの調整が可能になったんだ。だから……この鱗の身体とおさらばしたいんだろ?」
凛は黙って頷いたけど、その視線は落ち着かず左右に泳ぎ、指先はぎゅっとこすり合わせている。まだ不安でいっぱいなのが伝わってきた。
「もし最初からでっかい魔石を食うのが怖いなら、小さいやつから試そうぜ? 魔石の魔力量は大きさに比例するんだ。少しずつでいい。」
俺はインベントリからゴブリンや狼の小さな魔石を数個取り出した。本当は別の使い道を探そうと思って残しておいたが……今は凛に渡すことにした。
彼女はそれを両手で受け取ると、わずかに震える指で魔石を口へ運んだ。カリッと噛んだ瞬間、思ったより簡単に砕けたのに驚いたように目を丸くする。
小さな魔石を食べて少し安心したのか、凛はこの決戦の報酬で手に入れた、自分の持ち分の大きな魔石を取り出した。今度は躊躇わずに口にくわえ、サクッと噛み砕く。サッカーボールより少し小さい魔石も、あっけなく粉々になった。
数秒後、彼女の身体が淡く光を帯びはじめる。――進化が始まったのだろう。やがて光が消えると、俺の目に飛び込んできたのは、変化を遂げた凛の姿だった。
「凛、やったな! 進化したおかげで鱗がだいぶ減ってるぞ!」
「ほ、ほんとに!?」
凛は弾けるように声を上げ、ぱっと立ち上がって氷の壁へ駆け寄り、自分の姿を映して確かめる。その仕草は本当に嬉しそうで……やっぱり女の子は見た目を気にするんだな、と苦笑する。
そのとき、ようやく美月と梓の訓練も一段落したらしい。
「瑛太さん! 凛だけはずるいよ! 私たち、みんなで一緒に進化するって言ったじゃん!」
「美月、あたしたちそんな約束はしてねぇだろ。」
美月と梓がこちらへ歩み寄ってくる。さっきの様子を見ていたらしい。
「その……凛は前から自分の身体を気にしてたからな。美月、梓。君たちも進化したいなら、早く魔石を食えよ。」
「そうだね! 瑛太さんなんてもう二回も進化してるんだもん。今回は食事もちゃんとしてるし、こんなに大きな魔石なら絶対進化できる気がする!」
美月の瞳がキラキラと燃え始める。……でも、そういえばなんで美月だけずっと進化してなかったんだ?不思議に思ったそのとき――
《すべての種族が同じ条件で進化できるわけではない。》
頭の奥に響いた声に、俺は「ああ、なるほど」と納得した。美月は自分の魔石を取り出し、勢いよく口へ運ぶ。そして咀嚼すると、その身体からまばゆい光があふれ出した。
だが今度は、数十秒も光が続いたあとでようやく収まった。やっぱり人によって進化のパターンは違うらしい。
「……あれ?」
光が消えたあと、俺が見たのは、幼猫サイズだった美月の身体が、普通の成猫ほどの大きさに成長した姿だった。どうやら美月の進化は、そこで止まったらしい。
「おっ、今回はついに進化できたんだな! 美月、よかったじゃねえか!」
「……残念、また猫のままだった。」
「ま、ま。まだ進化の回数は残ってるし、焦らず少しずつ前に進めばいいだろ。」
ちょっとしょんぼりしていた美月だったが、俺の言葉に耳と尻尾をぴくぴく動かして、すぐに嬉しそうに顔を上げた。その様子はまるで純粋に喜びを表す猫そのもので、見ているこっちまで癒やされてしまう。やっぱり猫美月、反則級に可愛いな……。
そんなふうに美月を眺めていたら、今度は梓が焦ったように俺へ声を掛けてきた。
「え、えっと! 瑛太よ。その……進化って、この魔石を食べればいいのか?」
「ああ、そうだ。梓も食えば進化できるはずだぜ。」
そう答えるや否や、梓はなぜか俺の胸へ飛び込んできて、そのまま俺の腕の中で魔石をぱくりと咥えて食べてしまった。
「お、おい!? なんで俺の……!」
だが光が走り、梓の身体はふわっと輝き出す。そして――進化はすぐに終わり、彼女の姿は二本の尾を持つ狐へと変化していた。
「ふふ……どうだ? 瑛太。」
「おお……梓もめっちゃ可愛いぞ。」
俺の手は自然と梓の尾へ伸びていた。美月の短い猫の尻尾とは違い、梓の狐の尾はふわふわで、毛並みがとんでもなく柔らかい。滑らかで、手が勝手に撫で続けてしまうほど心地よい感触だった。
すると、美月がむっとした顔で俺の右腿へ飛び乗り、ぐいっとお腹を押し当てながら言った。
「瑛太さん、梓ばっかりじゃなくて、私のことも撫でてくださいよ。見てください、私、ちゃんと成長してるんですから! 瑛太さんが《ご飯を作ってくれた》おかげですっ!」
そう言って、美月は俺の腿へすりすりと頬を擦りつける。
「瑛太、あたしの尾ももっと撫でていいんだぞ! だって瑛太は《ふわふわの私》のほうが好きだろう?」
梓も負けじと左腿で尻尾をぶんぶん揺らし、自己主張を強めてくる。二人が言葉を言い終えた瞬間、ばちばちと視線が火花を散らした。
――猫と狐が俺の膝の上で、睨み合いながら争っている。いや、見た目だけなら完全に「可愛い動物たちが飼い主に甘えてる」絵面なんだが、当事者の俺は心臓がバクバクで、手はどっちも撫で続けざるを得ない。
まあ、あんまり深く考えたことはないけど、仮に今の美月と梓が動物の姿だったとしても、男の俺が撫でるのは、ある意味まずいんじゃないか?
これは本気で照れくさい。だが――こうして互いに素直な気持ちをぶつけ合う姿を見ていると、ああ、ようやく俺たちの本当の異世界冒険が始まったんだな、って実感できるんだ。
俺は彼女たちと異世界で暮らしながら、故郷である日本に帰る道を探す。