第82話 :「恥ずかしさに染まる意識、変わってしまった俺の姿に戸惑う皆の目」
俺の気持ちがようやく落ち着いて、全員が冷静さを取り戻したとき、ようやく互いの腕を解いた。美月と梓も人間の投影を解いて、それぞれ猫と狐の姿に戻る。
けれども、そこからの空気が妙に気まずい。場の雰囲気は決して悪くない。むしろ、みんな機嫌がいいのは伝わってくる。なのに誰一人として口を開かないのだ。
普段はあれだけ賑やかな連中なのに、美月と凛の仲良しコンビですら俺の隣で静かに座っているだけ。凛は無言のまま美月の猫毛を整えてやり、梓は俺の膝の上で寝転がっている。
それでも時折、ちらちらと俺を盗み見るから落ち着かないったらない。
「な、なんだよみんな。急に黙りこくって……こういうの逆に落ち着かねぇんだけど。」
「……べ、別に、何でもないだよ、瑛太さん。」美月がわずかに尖った声で返す。
「ただ、少し……照れてるだけだよ。」凛ははっきりと答えてくれた。
「雰囲気に流されて、ちょっとやりすぎちゃったからね……後で思い返すと、恥ずかしいだけよ。」梓が真面目に補足する。
……なるほど。確かに、さっきは互いに抱き合って慰め合った。あのときは温かくて心地よかったが、冷静になって思い返すと俺まで気恥ずかしくなってくる。
「でもさぁ、そこまで恥ずかしがることか? 俺はともかく……君たちだって、わざわざ女子高生の姿で俺を慰めてくれたんだろ? でも相手はゾンビだぞ? 気持ち悪いってなら分かるけど、恥ずかしいってのは違くね?」
「それが違うんだよ、瑛太さん。」美月が首を振る。
「君が気を失っている間に、進化したんだよ。」凛が静かに告げる。
「瑛太、もう完全に……元の姿に戻ってるんです。」梓も続ける。
「それにね……気のせいかもしれないけど、前よりカッコよくなった気がするんだ。だから余計に照れるの。」美月が少し視線を逸らしながら言った。
……は? 元の姿に戻った?ちょっと待て、何で俺は勝手に進化したのか? しかも俺の意見、完全スルーかよ。ちょっと鑑定しよか。
《種族:食屍鬼、Dランク魔物。アンデッドの中でも知性を持つ存在。外見は生前の姿に近いが、すでに死んでいる。スケルトンから進化したなので、食事を必要とせず、死体を喰らわなくても生存可能。》
な、なんだと……? 本当に生前の姿に戻ったのか?慌てて自分の顔を触ってみる。腐敗もなければ、穴も開いてない。腹の中にも何か詰まっている感覚があって、まるで生身みたいだ。
……これ、本当に人間に戻ったってことか? そんな簡単に?
「えっと、これで分かりやすくするね。(アイスウォール)」美月が氷の壁を作り、鏡のように反射させてくれる。
そこに映った俺の顔は──確かに人間だった。いや、人間「っぽい」外見を取り戻した、というべきか。目が少し大きくなった気がする。五官の配置も微妙に変わって整った感じで……いや、これ、ちょっと感動するぞ。俺、本当に人間に戻ったんだ……!(外見だけは、だけどな)
だが、その瞬間に致命的な違和感に気づいた。袖を引っ張って腕を見れば──皮膚の色がまだ死人のままだ。かつてのゾンビ色からは薄れたが、今度は灰白色。血色も温もりもなく、まるで死人の肌。あ~これは失望ちゃった。
……予定の進化したい魔物、ヴァンパイアってこんなガッカリ感なのか?
《ヴァンパイア。外見は人族に近いが、鋭い爪と獰猛な牙を持つのが最大の違い。》
なるほど……まだその段階までは行ってないってことか。よし、次こそヴァンパイアに進化してやる。このままじゃ陽菜に会ったときに絶対びびらせちまう。
観察を終え、俺は三人に視線を戻した。彼女たちは確かに照れくさそうにしていたが、美月だけは他の二人と少し違う雰囲気を漂わせていた。
「なぁ、美月。なんか君はただ恥ずかしいってだけじゃなさそうだな。なんでそんなに俺のこと見つめてる?」
「うん……ただ、羨ましいなって思ってるの。」美月はしっぽを揺らしながら、小さな声で答えた。「猫としての生活も悪くないけど……あの夢の世界で人間の姿に戻って暮らしたとき、やっぱり私、人間の姿で生きたいって思っちゃったの。」
俺の目の前で、美月が困ったように眉を寄せながら、自分も人間の身体に戻りたいと打ち明けてきた。
「梓みたいに、(投影)スキルで思い出を振り返ってみるのはダメなの?」
そう尋ねてみたが、美月はすぐに首を振る。
「それじゃ全然違うのよ。動かし方自体は似てるけど……触れたときの感覚とか、五感の鋭さとか、どうしても人間のときとは差があるの。」
梓も耳を伏せ、少し寂しそうに頷いた。
「やっぱり美月もそう感じてたんだ。あたしもまだ狐の身体には慣れてないけど……人間の姿のときはまるでVRゲームみたいでさ。全部が虚構って感じで、現実味がなかったよ。」
二人がそう言い合っているのを見ると、胸が少しざわついた。
「そうなんだよね。だから瑛太があっさり戻れたのを見たら、羨ましくて仕方なくなるの。」美月はしっぽをふわりと揺らしながら、伏せ目がちに俺を見上げる。
「それにね〜、四つ足で歩くの、どうやったら安定するの? あたしいつも今にも転びそうな気がしてさ。」梓は逆にくるくると動いて、ぎこちなく床を歩きながら言った。
「その点に関してはね……」
美月は少し笑みを浮かべ、前足で床を軽くたたきながら梓に説明しはじめた。尻尾をうまく使ってバランスを取るのがコツらしい。二人は尻尾を振って、まるで子供みたいにじゃれ合いながら話をしている。そのやり取りを見て、ようやく場の空気が和らいできたのを感じた。
だが、その横で凛だけは黙ったまま、じっと俺を見ていた。気になってだから、声をかけるよ。
「もしかして……凛も、俺のこと羨ましかったりする?」
問いかけに、凛はすぐに返事をした。
「そうだよ。正直、ずるいって思ってる。なんで瑛太君だけ元の姿に戻れて、僕は全身まだ鱗だらけなんだろう。顔だけ人間で、手はこんな爪ばっかり……ほんと、嫌になるんだ。」
そう言って、彼女は肩を落としながら自分の手をじっと見つめた。爪の生えたその指先を、悲しそうに握りしめている。
……そうだな。凛は最初から、自分の身体を受け入れきれずにいた。俺は胸の奥で強く思った。やっぱり、なんとしてもこいつらを進化させてやらなきゃな。次の進化で人型に戻れる可能性だってあるはずだ。