第81話 :「居場所をくれた仲間、そして生まれた感情」
俺はずっと俯いたまま、誰からの反応も耳に入らなかった。きっと――失望されたんだろう。あるいは、気持ち悪いとしか思われてないかもしれない。そんな最悪の想像ばかりが胸を締めつける。
だが、その時。足音が一歩ずつ、俺の方へ近づいてくるのが聞こえた。心臓が嫌なほど強く縮こまる。
「……瑛太さん」
美月の声が届いた瞬間、俺は反射的に目を強く閉じてしまった。怖かった。これから何を言われるか、まるで予想できなかったからだ。今までだって、打ち明ければ打ち明けるほど、いい結末なんて一度もなかった。
けれど、今回は違った。俺の頭に、ふわりとした柔らかい感触が降ってきたのだ。
「話してくれてありがとう。ずっと……辛かったんだよね。孤立すること、背中を刺されること、その苦しさは私にも分かるの」
ゆっくりと顔を上げると、美月が俺を抱きしめていた。視線を上げたせいで、彼女の胸元が顔に押し当てられる形になったが、美月は全く気にする様子もなく、その瞳の端には薄く涙が光っていた。……俺のことを思って泣いてくれたのか。
「信じてもらえないかもしれないけど、私も小学生の頃、同じようなことを経験したの。だからあの時の息苦しさ、胸を締め付ける感じ、よく分かるの。凛と出会えてなかったら……私もきっと壊れてたと思う」
彼女は言葉に合わせてさらに強く抱きしめ、俺の後頭部を優しく撫でてくれる。(投影)だというのに、その触れ方は人間そのものだった。けれど、体温は驚くほど低く、心音も聞こえない。
今の彼女は人間じゃない、と頭では理解できても、美月の行動や心は、間違いなく俺の胸を温めていた。
「だからもう大丈夫だよ、瑛太さん。全部はもう終わったの。私は絶対に、あんなことしない。あの苦しみを知ってるから……絶対にあなたを裏切らない」
胸が熱くなり、気付けば俺の目からも静かに涙が零れ落ちていた。美月は何も言わず、ただ撫でながら受け止めてくれる。
「無理に信じてほしいなんて言わない。ただ……私をちゃんと見て、そしてもう一度、信じてほしい。私は必ず行動で示すから。あなたに信じてもらう価値があるって」
「……美月。ありがとう。本当に……ありがとう」
声が震え、堪えきれず俺も美月を抱き返した。陽菜以外の人間に、初めて受け入れられた気がした。氷のように冷えていた心が、少しずつ溶けていく。
その時、凛と梓も歩み寄ってきた。いつの間にか二人とも制服姿の、ただの女子高生の姿に戻っていた。彼女たちも俺を抱きしめてきて、思わず体が硬直する。
俺は地面に座り込んでいたから、美月は半ばしゃがむように抱いていて、凛と梓は左右から同じように寄り添ってくる。まるで包囲されるみたいで、戸惑いは隠せなかった。
「もう、美月。瑛太君を独り占めしちゃだめだよ。……瑛太君、過去を話してくれてありがとう。知ってしまえば、君も僕と同じ、現実に傷つけられた人間なんだって分かった。だから……男の子でも怖くない。君は、ただの人なんだね。」
凛が俺の右腕を抱きしめながら微笑む。その表情が何よりも真実を物語っていた。凛は男性に強い恐怖心を持っている。それなのに、こんな自然に触れてくれること自体が、彼女の気持ちの証明だった。
二年近く顔を合わせてきて、初めて互いに素顔をさらけ出せた気がする。
「そうそう!美月、一人で独占するなんてずるいよ。……瑛太、あたしの過去も知ってるでしょ?少し違うけど、似たような経験があるの。だからね、陽菜ちゃんのことを大切に思うのは全然変じゃない!兄妹仲がいいのは普通のことだよ。あたしだってお兄ちゃんに劣等感ばかり抱いてたけど……それでもお兄ちゃんは、すごくあたしを大切にしてくれた。だから瑛太、あなたは何も間違ってない!」
梓の言葉に、心が揺れた。彼女は完璧な兄に劣等感を抱き続け、真面目な仮面を被って生きてきた。だからこそ本当の自分を見せられる友達もいなかったのだろう。
三人の中で兄がいるのは梓だけ。……なるほど、兄妹が仲良いのは変でもなんでもないのか。今まで「気持ち悪い」とか「おかしい」としか言われなかった俺には、その一言がただただ救いだった。
胸の奥が、初めて本当に解きほぐされていく気がした。これまで誰かと一緒にいても、どこかで自分を隠し、押し殺していた俺が、今はもうそうしていない。
「なぁ……君たち、こんな俺を見て、情けないとは思わないのか?子どもみたいに美月の胸で泣いて……正直、自分でも恥ずかしいって思ってるんだ。」弱々しい声が震える。そんな俺に、美月はただ静かに首を振った。
「そんなこといないだ。私は今の瑛太さんのほうが、ずっといいと思いる。前の瑛太さんは、いつも同じ遠慮がちな笑顔を見せてくれていましたけど……今は色んな表情を私に見せてくれる。それって、私たちの距離が縮まった証拠じゃないか?」
美月の言葉と共に、彼女の指先がそっと俺の背中を撫でる。彼女は心の底から嬉しそうに笑った。その瞳は俺との距離が近づくことを、何より大切にしているかのようだった。
その笑顔は眩しくて、思わず俺の心を揺さぶる。その優しい仕草に心臓が跳ね上がった。こんなにも人の温もりが心地いいものだったなんて、忘れていた。
「瑛太君、僕はね……格好いい男っていうのは、泣かない男じゃないと思うんだ。大事なのは、苦しいとき、どう向き合うかで決まるんだよ。瑛太君は逃げなかっただろ?嫌でも最後まで学校に通ったんだろ?それだけで僕には十分、格好いい男に見えるよ。」
凛はまっすぐに、惜しみなく俺を褒めてくれた。その言葉が、胸に強く響いた。驚いた……陽菜以外で、俺を「格好いい」と言ってくれた人なんて、今までいなかったから。
「瑛太……泣くことって、弱さの証明じゃないんだよ。あたしだってよく、自分の無力さに泣いてる。大事なのは、泣いたあとに立ち上がれるかどうかでしょ?そのまま倒れてたら格好悪いけど、瑛太は違う。現実に負けなかった。陽菜ちゃんに慰められたって言っても、最後にまた歩き出すと決めたのは瑛太自身なんだから。だから……あたしは、瑛太のこと、すごく勇気ある人だと思うよ。全然、格好悪くなんかない!」
梓は言い切ると、さらに強く俺を抱きしめてきた。彼女の腕の温もりが伝わり、心の奥にまで沁み込んでいく。
……なんだこれ。みんな、どうしてこんなに優しいんだ?普通なら、男が涙を見せればバカにされるものだろう。理由なんてどうでもいい。ただ泣いたってだけで、笑われるもんだと思ってた。
でも、目の前の三人は違う。どう応えればいいか分からなくなるくらい、優しくて、あたたかい。頭が真っ白になるほどに。
「みんな……ありがとな。ほんとに、ありがとう。」
言葉と同時に、俺は三人を抱きしめ返していた。今まで張り巡らせていた壁が、少しずつ崩れていくのを感じる。――この三人なら、信じてもいいんじゃないか。そんな思いが胸に芽生えた。
三人もまた、力強く俺を抱き返してくれる。この穏やかで静かな時間は、どこか懐かしくて。長いあいだ忘れていた感情、仲間と心を重ねる温かさが、確かに胸の中に芽吹いていく。
――――
《仲間との隔たりは、すでに打ち破られた。》
《スキル熟練度上昇、新たなる派生スキルを習得:(皆は我のために、我は皆のために・森羅万象・以心伝心)》
《リンク対象確認:星野美月、鷹山凛、森本梓。三人の心の共鳴度は最高値に到達、新たな能力が解放されました。》
皆さま、こんにちは。
ここまでで、瑛太たち四人が初めて共に冒険する物語が一区切りとなります。第二章を通じて、皆さまに美月、凛、そして梓のことをより深く知っていただけましたら幸いです。
もし何かご感想がございましたら、ぜひ評価をお残しくださいませ。そしてこの作品をお気に召していただけましたら、評価やブックマークをしていただけると、私にとって何よりの喜びとなります。
この後は数話(内容は美月たちの進化の事)更新を重ねたのち、再び勇者編――澪の章へと戻る予定です。澪の第二章は、連邦で起こる出来事を中心に描かれる予定でございます。気になる方は、ぜひ引き続きお読みいただければと思います。
本日もご覧いただき、本当にありがとうございました!