第80話 :「俺にとって最も深い痛み、それは孤独ではなく、一方的な友情と冷たい態度だ。」
「じゃあまずは簡単なところから。あの魔石を飲み込んだ後、あんたに何が起こったの? あの剣の正体は?」これは美月たちの初質問だ
俺は、あの魔石の異常なエネルギーと、聖剣に救われたこと、そして契約を交わしたことを話した。
「つまり、その聖剣と契約を結んだ結果、一体化したってわけね? じゃあ、瑛太さん……あなたは本気で邪神と向き合うつもりなのか?」
「まあ……そんなところだな。あの聖剣に助けられた代償でもあるし」
「……あなたが聖剣を助けた条件は、日本に帰してもらうこと? どうしてそんなに日本に帰りたいの? ……どうして、私が最初に聞いた時ははぐらかしたの?」
……さすが美月、話の切り込み方がうまい。こんなふうに聞かれても、不思議と嫌な気分にはならない。
「……すまない、美月。あれは俺のせいだ。たぶん、無意識に逃げたんだろうな……しかも今回は、自分の願いから逃げた。俺って、本当に最低な人間だと思う。」
自然と視線が足元に落ちる。今の自分を誇れるなんて到底思えない。だからこそ、口を開き続けるしかなかった。
「……俺は、弱い人間なんだ。本当は日本に帰りたいってことを認めるのが怖かった。理由は……妹の陽菜のそばに帰りたいからだ。……こんなこと言ったら、君たちは気持ち悪いって思うだろ? 笑いたきゃ笑えよ、妹に依存して離れられないキモい奴だって。」
「瑛太さん、ここにあなたを笑う人はいないだ。それより……どうしてそんなに陽菜ちゃんのそばに戻りたい? あの悪魔が言っていたよね、私たちはあなたの信頼する人じゃないって。じゃあ……本当に心の底から信じている人は、陽菜ちゃんなんでしょう?」
――やっぱり、美月には隠し事はできねぇな。いつも俺の言葉の裏まで見透かしてくる。きっと、ただ口にしなかっただけなんだ。
「……俺、普段ほとんど人と関わらないだろ? あれはな……昔、“友達”だと思ってた奴らに裏切られたからなんだ。」
胸の奥に沈んでいた、あまりにも情けない過去を口にする。
中学の頃、俺は何人かの仲間とつるんでいた。好きな漫画やアニメを語り合ったり、カラオケに行ったり……あの頃の俺は、14年間やっと初めて友達ができたと本気で思っていた。
だから、勇気を出して打ち明けたんだ。俺は絵を描くのが好きで、ずっとコンクールに応募しているって。そしたら、当然のように褒めてくれて、「応援するよ」なんて言ってくれた。
そしてある日、俺は大会の結果発表があるからと、早退して帰宅した。その日は、長年の夢だった初めての優勝だった。嬉しくてたまらなくて、すぐに学校に戻って仲間たちに報告しようと思ったんだ。
……だけど、そこで俺は自分の愚かさを思い知らされた。耳に飛び込んできたのは、俺のいないところで交わされていた会話だった。
『なあ、藤原の絵ってどう思う?』
『まあまあ? あんな下手なのによくコンクールなんか出せるよな。恥ずかしくて死ぬわ!』
『だよなだよな、ちょっと描けるだけで偉そうにしやがって。あいつ、マジでウザいわ。』
……俺の絵は笑い話だった。その瞬間、胸の奥がスッと冷えていった。数年経った今でも、心を刃物でえぐられた感覚は鮮明に残っている。
中学以来、学校で友達を作るために絵のことは隠した。でも結果は同じだった。「普通」に馴染もうと努力しても、返ってきたのはもっとひどい結果。小学生の俺はただ孤独だっただけだが、中学の俺は“友達”のフリをされながら陰で笑われていた。
一方的に友情を信じて、本気で心を開いて、背中で笑われる――そんな馬鹿げた話があるかよ。
「……あの時から、外の人間に対する信頼は粉々になった。学校に行きたくなくなったのも、あの出来事がきっかけだ。結局、陽菜が支えてくれたから……やっと笑えるようになって、中学を最後までやり切れたんだ。『お願い、私はお兄ちゃんと同じ高校に行きたい』って、陽菜が言ってくれたから、俺も苦労して、うちの高校に入った」
「だから……瑛太さんは、いつもそんなに丁寧なのは。……それは、他の人が怖いから?」
「ああ……わかってる。君たちはあんなことしないって。でもさ、心のどこかで『どうせ他の奴らと同じだ』って思ってしまうんだ。だから誰とも深くは関われない。……あの時から、心の底をさらけ出せる相手は、陽菜だけになったんだ。」
親に苦しみを打ち明けても理解なんてされなかった。母さんには、「絵なんてやめて、普通に勉強すれば友達なんてできる」と諭されたくらいだ。俺の夢を真正面から応援してくれたのは、たぶん陽菜だけだった。
陽菜にだけは、こんな話をしても説教されない。いつも笑って励ましてくれる。時には欠点をはっきり指摘してくれるけど、それも全部応援だった。
……だから、気付いたら心の一番奥に陽菜を置いていた。俺たちは、いつの間にか誰よりも近い兄妹になっていたんだ。
「……陽菜も、俺にいろんなことを話す。悩みも、嬉しいことも。気付けば、お互いが一番大事な存在になってた。……君たちからすれば、気持ち悪いだろ? 兄妹でここまで仲がいいなんて。」
全部話し終えても、心は軽くならなかった。むしろ、もっと重い何かが胸を押し潰して、息もできないほど苦しかった。
「俺にはもう、陽菜しかいないんだ。他に何も残ってない。」
顔なんて上げられない。だって、俺の一番大きな秘密が、今ここで暴かれてしまったんだから。
――これ以上、怖いことなんてあるのか?