第78話 :「油断が招いた危機、取り戻すための誓い」
ようやく――本当にようやくだ。俺たちはあの悪魔を打ち倒した。
途端、さっきまで闇に包まれていた部屋は、魔石の淡い光で満たされる。
中央には、地下へと続く階段が現れた。おそらく、次の階層への入り口だろう。そして、その階段の手前には宝箱がぽつんと鎮座している。……なるほど、これで二層目はクリアってわけか。たぶん、あの悪魔がこの階のボスだったんだな。
「ねえ、瑛太君。これ……さっきの悪魔が落とした石なんだけど、何か分かる?」
皆が俺の方へ寄ってくる。その先頭で、凛が二つの石を俺に手渡してきた。
「まあ、魔石だろうな。ただ……なんで二つもあるんだ? ちょっと鑑定してみるか」
俺のスキルが返してきた答えは、青くてサッカーボールほどの石――これは間違いなく魔石だ。だが、もう一つの黒い石を手にした瞬間、背筋を冷たい汗がつたうような、嫌な感覚が走った。鑑定結果は(???の石)。は……やっぱり暗号化されてやがる。
「ふむ、こっちは魔石だ。皆で分けられるな。だが、この黒い方は何なのか分からん……とりあえず俺が預かっていいか? 正体が分かったら改めて話す」
「いいけど……瑛太君、なんで鑑定できないの? さっきの悪魔が言ってた通り、僕たちってスキルに頼りすぎて、結局何も分かってないんじゃない?」
凛が眉をひそめる。どうやらあの悪魔の皮肉が少し引っかかっているらしい。
だが、俺にとってはそんなの当然のことだった。俺たちは、突然異国に放り出され、自力で生きろと言われたようなもんだ。現地のルールをすぐに理解できるはずがない。だから、俺は凛を軽くなだめる。
「まあ、そうかもしれん。だが、仕方ねえだろ。この世界のことなんて何一つ知らねえんだから。今はこの迷宮で生き残るだけで精一杯だ。それに、この(???)って結果は、つまり情報が誰かによって意図的に隠されてるってことだ」
「情報を隠す……? つまり、この石の正体を誰かがわざと見えないようにしてるってこと?」
梓が首を傾げ、石を覗き込む。だが、どうやら彼女の鑑定でも結果は同じらしい。
「その通りだ、梓。だから、今のところ来歴はまったく分からん……だが、推測はできる」
「瑛太さん、何か掴んでるの?」
美月が興味深そうに問いかけてくる。
「ああ、さっきの悪魔が口走った(終刻の禍神)――あれと関係してるだろうな。ただ、この話は長くなる。今は勝利の余韻を楽しもうぜ」
「そうだそうだ! ねえ、この宝箱、あたしが開けてもいい? 今までのは木箱ばっかりだったけど、これは宝石で飾られてて、すっごく豪華だよ!」
梓が妙にテンション高めだ。……まあ、その気持ちは分かる。アニメ好きなら誰でも憧れるだろう、戦いの後にご褒美の宝箱を開ける瞬間ってやつに。
俺は軽く頷き、他の皆も同意する。梓は嬉しそうに宝箱へと駆け寄った。外見は間違いなく美少女だが……なぜか俺の心は「娘が初めて大仕事をやり遂げる瞬間」を見守る父親のような気分になっていた。
梓がゆっくり蓋を開けると、中には二つの魔石が収まっていた。サイズは先ほどのものより少し小さいが、それでも十分立派だ。
「えー……また魔石? あんなに苦労して強敵を倒したのに、これじゃなんか……」梓が肩を落とす。……ん? もしかして、こいつら魔石の価値を知らないのか?
「なんでそんなにがっかりしてんだ? これでほぼ一人一個魔石が行き渡るぞ」
「瑛太、魔石なんて何に使うの? 魔道具にもできないし、売るにしても……今持ってても微妙じゃない?」
「梓、魔石ってのは俺たちにとって重要なんだぞ。……凛も分かってなさそうだし、まとめて説明する」
俺は、魔物が魔石を食べることで進化できることを詳しく話した――が、返ってきたのは、何とも言えない沈黙と、冷ややかな視線だった。
「瑛太君……美月に人型魔物を食わせた時点で結構ドン引きだったのに、今度は石まで食えって……」
「いくらあたしたちが寛大でも、限度があるわよ……?」
完全に拒否されちまった。……まあ、いい。今回は言い訳なんかしない。行動で示すだけだ。
「美月、皆は信じてないみたいだが……この一番デカい魔石は君にやる。俺は、この《夢幻の呪石》を食う。これを取り込めば、俺は間違いなく進化できる」
「それでいいの? 私は別に構わないけど……凛と梓は?」
二人は美月の言葉を聞いても、やはり首を傾げるだけだった。……まあ、予想通りだ。だからこそ、俺はもう待てなかった。手にした呪石は、ただの魔石じゃない。濃縮された力が詰まっている――そう確信できた。
俺は、そのまま迷わず口へと放り込む。俺がそれを噛み砕いた瞬間、途轍もない力が奔流のように全身へと流れ込んできた。
それはただの魔力ではなかった。膨大なエネルギーと共に、無数の思念、心情、願いが一気に俺の中へと押し寄せてくる。
――くそっ、甘く見すぎた!
こんな膨大な力、俺の身体じゃ到底受け止めきれねぇ!
まるで小さな水風船に、際限なく水を注ぎ込むみたいに、容赦なく力が満ちていく。
このままじゃ……破裂する……!
「瑛太さん、大丈夫か!!」
美月の声が聞こえる。俺はあまりの苦痛に膝をつき、息もできないほどだった。だが、返事をする余裕なんてない。必死に体内から溢れ出るエネルギーを抑え込むしかなかった。
――そして、記憶が流れ込んでくる。
郷愁、家族への想い、裏切りの痛み……誰かのものなのか、それとも俺自身のものなのか、判別もつかない感情が胸の奥を渦巻く。
いや、これは……俺の心だ。
ずっと目を逸らしてきた、過去の自分。孤独だった日々、数えきれない失敗、小学生の頃に出会ったあの少女、そして……妹の笑顔。
――まだ死ぬわけにはいかない!
俺は……まだ家に帰ってねぇんだ!彼女は、妹は、きっと俺を待ってる。
修学旅行の前、旅立つ俺に「気をつけてね」って笑ってくれた。
だから兄として、絶対に言わなきゃいけねぇんだ――「ただいま」って。
その想いが、爆発するほどに膨れ上がった瞬間――何かが俺に応えた。
亜空間のインベントリが自動で開き、二つの物が飛び出す。ひとつは、迷宮に来てすぐ、罠だらけの第一層で宝箱から初めて手に入れた(破損した錆びた聖剣)。もうひとつは(???の石)。そして、今握っている悪魔の(???の石)と共に、三つの光が俺の周囲に浮かび上がった。
そのとき――聖剣が、俺に問いかけてきた。
《問う――君の最大の願いは何だ》
「……家に帰りたい。妹に、もう一度会いたい。俺が唯一信じて、愛してる人の元に戻りたい」
《問う――その願いのために、何を捧げる》
「俺の全てだ。力も、精も、時間も……全部くれてやる。帰れるなら、何だってやる」
《問う――私と『誓約』を結ぶか?私は君を助けよう。その代わり……私と一緒に邪神《終刻の禍神》と向き合ってほしい》
「……帰れるのなら、俺は迷わず全てを受け入れよう。」
そう答えた瞬間、俺を引き裂こうとしていた異常なエネルギーが一気に爆発した。烈しい光が全身から噴き出す――だが、力は散逸せず、俺の肉体を破壊することもなかった。
その全てを、聖剣が吸い上げたのだ。空だった鍔に二つの石が融合し、錆びつき、欠けていた剣は――ゆっくりと姿を変えていく。圧倒的な気配を放つ、荘厳で華麗な剣へと。
そして、それが静かに俺の手へと戻った瞬間――俺の意識は闇へと沈んでいった。
《累積魔力量・精神力が最大値に到達、進化を開始》
《???が主の代わりに確認――食屍鬼への進化を開始》
《進化成功。全スキルを統合、最適化を開始》
《(超運UP – A)が進化、新スキル(天命の継承者・超運UP)を習得》
《(誓約の聖剣)より過去のマスター――聖女の天命を継承、聖剣と主の同化が完了》