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第77話 :「俺たちの絆が、強大な悪魔に打ち勝つ」

 《凛の視点》


 瑛太君は盾を召喚すると、そのまま悪魔の拳をひたすら受け流し、受け止め続けていた。


 あの悪魔はほとんど理性を失っているせいか、拳の軌道が分かりやすくなっている。だから瑛太君は、避けられる攻撃は素早くかわし、避けられないものは盾で受け、あるいは逸らしていた。


 ――夢の中でも思っていたけど、やっぱり瑛太君の反応速度は異常だ。敵の動きを見切るのがやたらと早くて、そのまま即座に行動に移している。


 今、彼がずっと防御に徹しているのは、攻撃役を僕らに任せているからだ。僕らのスキルだけが多彩な攻撃手段を持っているから、そう判断したのだろう。


 悪魔は「お前たちはスキルに頼るだけの無能だ」なんて言っていたけど、僕らがこの世界に来てからまだ二週間も経っていない。スキルだって完全に使いこなせているとは言い難い。


 それでも瑛太君は、そんな僕らに命と戦いの要を託してきた……やっぱり、彼は変わってる。僕らを信じられないはずなのに、僕らに命を懸けてくれた。


 その時、美月と梓が僕のところへ寄ってきて、素早く作戦会議を始めた。


「どうしよう……あの悪魔の肉体は自分で言っていた通り、全ての属性魔法に耐性を持っているみたい。だから、私の魔法はあまり効かないと思うの」


 美月は少し不安そうに僕を見て、意見を求めてきた。そこへ梓も顔を寄せる。


「凛、やっぱりここは君に任せるべきだと思う」


「やっぱりそうなるか」


「うん〜、スキル的に見ても、たぶんあたしたちの中で一番攻撃力が高いのは凛でしょ? 今の凛なら(聖剣術)が使えるはずだし」


 僕は、瑛太君が巧みに横転して悪魔の渾身の一撃をかわすのを横目に見ながら、頷いた。父さんと本気で向き合って以来、僕は(聖剣術)を使えるようになった。それまでは、昔学んだ剣術だけで戦っていたんだ。


「私も賛成だよ。凛とは仲がとても良いし、私たちの絆のランクはAだ。だから、私の能力強化系の性能を一時的にあなたに移せるの。今ならあなたの身体能力を六割まで底上げできるわ」


「……そんなにか?」


「実は瑛太さんと、さっきの悪夢のおかげなの。今の私は、たとえ瑛太さんの周りに他の女の子がいても、自信を失わずにいられる。だからスキルをちゃんと強化できるの」


 ……みんな、あの悪夢を経て何かしら変わったんだな。あれは完全に苦痛ってわけじゃなかったのかもしれない。みんなが僕に託すつもりなら、僕も覚悟を決めるしかない。


 心の中で瑛太君に作戦を伝えると、彼も了承してくれた。そして、瑛太君は笑いながら悪魔と打ち合い、その位置取りを微妙に調整して、悪魔の背を僕らに向ける。


 ――それにしても、どうしてだろう。一発でも当たれば致命傷になりかねない攻撃を受け続けながら、瑛太君はやけに楽しそうだ。横転する時なんて、わざわざ笑っているくらいだ。……何がそんなに楽しいんだ?僕にとっては分からないだ。


 僕は刀の柄に手を添え、腰を落として抜刀の機を窺う。だが――(聖剣術)を発動する感覚がない。何か、心の奥で引っかかっているものがあって、スキルの発動を阻んでいるような気がした。


 そんな時、美月と二人きりで話せる瞬間ができたので、僕は少し気になっていたことを聞いてみる。


「美月、さっき『瑛太さんを信じない女はそばに置かない』って言ってたよな。あれは……梓を受け入れるってことか?」


「聞こえてたのね、凛。……夢の内容、覚えてるでしょ? あなたと梓が瑛太さんの家で一緒に暮らしてたやつ。正直、あれは本当に悲しかったわ。でも気づいたの。私が悲しかった理由は、瑛太さんの隣に私がいなかったから……それだけ。それに、今の瑛太さんは、たぶん梓のほうが好きなんじゃないかな。なんとなく、私には距離を置いている気がするもの」


「……そうか」


 大体は分かった。美月は本当に、心の底から自信を取り戻したんだろう。彼女は、自分が瑛太君に受け入れられる存在だと信じている。


 じゃあ、僕は……?剣しか振れない僕は、戦いの中でしか価値を示せないのか――そんな考えが顔に出たのか、美月は僕の表情を見て、さらに言葉を続けた。


「凛、あなたも今は瑛太さんのことが好きなんでしょう? だったら昔のことを思い出して。瑛太さんって、私たちの疑問をけっこう流すことが多かっただよね。それってきっと、自分の本当の気持ちを話すのが怖かったからじゃないかと思うんだ。私が《どうして迷宮の奥に行くの?》って聞いたときも、『女神(ルナリア)様に自分を証明するためだ』って答えてくれた。でも、あの人ってそもそも他人の目なんて気にしないタイプだよね。そう考えると、あの時も私を誤魔化していただけなんだと思うんだ」


 ……確かに、過去の瑛太の行動を振り返れば、自分のことや気持ちを共有することは滅多になかった。考えだって、こっちが必死に問い詰めないと聞き出せないことばかりだ。


「だから、許してあげましょう。心の底から強くはない瑛太さんを。そして凛、あなたも昔は男の子を避けていたでしょう? だからこそ、瑛太さんの気持ちもわかるんじゃないか? 今、瑛太さんはずっと逃げてきた自分と向き合う覚悟を持ってくれたんだ。だったら私たちにできることは、この戦いを乗り切ることだけだ。瑛太さんのことは、その後でゆっくり話し合いましょう、ね?」


 ……僕も確かに、男が近づいてくると無意識に距離を取ってしまう癖がある。だから、美月の言葉は胸にすっと入ってきた。気持ちが整理され、心が穏やかになる。それによって(聖剣術)がやっと発動可能な状態になる。


 このスキルは、心が負の感情で満たされていると発動しにくい。必要なのは、純粋で、誰かのために自分を捧げる善意の心だ。


 もしそれが聖属性のスキル発動条件なら……瑛太君はずっと僕たちのことを思って戦ってきたってことか? そうじゃなきゃ、あんなに自然に発動できるはずがない。


 刀身に聖なる光がゆっくりと集まり、膨大なエネルギーが渦を巻く。やはり聖属性は不思議だ。この感覚は魔力とは違う。瑛太は精神力で動かすと言っていたけど……それだけじゃない《何か》がある気がする。さらに、美月が譲ってくれた能力値も合わさり、僕の力は今、基礎の二・五倍近くまで高まっていた。


 それでも悪魔は僕を完全に無視し、瑛太君だけを執拗に狙い続ける。瑛太君は軽口を叩きながら、巧みに攻撃をいなしていた。


 《くそ野郎! お前、猿みたいにあちこち飛び回るんじゃねぇ!! 曲芸師のつもりか!!》


「ふざけるなよ。曲芸師はお前だろ? 俺はただの弱っちいEランク魔物なんだろ? だったら楽勝で倒せるはずだよな。でも今のお前、俺に一撃も与えられてないじゃないか。それってつまり……お前はEランク以下の雑魚ってことだ」


 《黙れえええ!! オレを侮辱するな!! オレは偉大なる()()の悪魔だ!! いずれ世界を支配する存在だぞ!!》


 完全に冷静さを失った悪魔は、ますます無駄に暴れ回る。瑛太君はその攻撃を軽くかわし続け――僕にだけわかるように、心の中で「準備できたか?」と確認を送ってきた。


 僕が頷くと、瑛太君の雰囲気が一変する。数秒間、悪魔の連撃を盾で受け止めたあと――盾に叩きつけられる瞬間、瑛太君は一歩だけ後ろへ退いた。悪魔の巨体が、一気に間合いへと入り込む。


 その瞬間まで温存していた右手が、輝きを帯びていた。悪魔はその光を無視して攻め続けていたが……まさかこの状況で反撃を繰り出すとは思っていなかったのだろう。


「隙あり!(神聖大打撃)!」


 巨大な聖光が悪魔の心臓を貫く。――やはり瑛太君の一撃は、悪魔の急所を直撃したらしい。


「まだ終わりじゃない!(神聖十字の封印)!」


 空間に浮かぶ十字架が悪魔を縫い止める。強大な力を持つこの悪魔でも、封印できるのは十秒ほどだろう。だが、それで十分だ。僕は背後から、全力で悪魔へと駆ける。


「地獄へ堕ちろ、悪魔! 僕と仲間を傷つけ続けた、その代償……今ここで払わせてやる!(神聖の斬心・一字斬)!」


 抜刀と同時に、腹部へと一閃。鋭い衝撃音が響く――だが、刀は肉体を貫かず、そこに止まった。聖光を帯びた刃はまだ煌めき続け、僕は全力で押し込む。だが刀身は腹部でわずかに揺れるだけで、奥へと届かない。


「いや、凛、よくやった! 美月と梓、俺たち三人で一気に行くぞ!(トリプル・セイクレッドエンチャント)」


 瑛太君の刀、美月の鋭い爪、そして人間の姿に戻った梓が握る薙刀──その全てに、眩しいほどの神聖な光が宿る。


「くたばれ、悪魔!」瑛太君がそう吐き捨て、僕が斬りつけた同じ箇所へと容赦なく刀を振り下ろす。


「私に色んな悪夢を見せてくれてありがとう。おかげで自分と向き合う覚悟ができたわ……だから、死んで!」美月は普段の可憐な姿からは想像できないほど、毒気のある言葉を放ちながら、その鋭い猫爪で悪魔の腹部を抉る。


「瑛太を傷つけた分、ここで返してもらうわ!」梓も負けじと、薙刀で同じ箇所を横一文字に薙ぎ払った。


「「ハハハハハハハッ!!!」」


 僕ら四人の攻撃が、一点に集まる。


 鋼鉄のように硬かった腹部が、ついに神聖の光に貫かれ、防御を崩されていく。小さな亀裂が走り──それは瞬く間に全身へと広がった。


 《くっ……貴様ら……貴様らごときの攻撃が、我が肉体の護りを破るなど……ありえぬ……!》


「それはな、俺たちの心がひとつになったからだ。お前を倒すためだけにな!」


 瑛太君の言葉と共に、僕らの連撃は決定的な一撃となり──悪魔を粉砕した。


 《……申し訳……ありま……せん、(終刻の禍神)様……私は……》


 その身体は崩れ落ちるように光の粒となり、最後の言葉を残して完全に消滅する。戦場に残されたのは、奇妙に輝く二つの石と──僕たちの勝利だけだった。


「やったな! みんな、よくやった! 生き残ったぞ!」


 長く続いた悪夢と苦い戦いの果てに、瑛太君からのその言葉を聞けた瞬間、僕は心の底から思った。


 ──ああ、本当に……全部、報われた。


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