第76話 :「変わった心、一つになった心、そして共に乗り越える危機」
必死に突破口を探しながら、俺はふと梓の方へ視線を向けた。目が合ったその瞬間――どうすれば自分を動かせるのか、答えが脳裏に閃いた。
一瞬で《俺》の姿は悪魔の目前へと移動し、そのまま再び奴の突進を阻む。振り下ろされた巨大な拳は、俺の手に握られた大盾によって見事に受け止められた。――よし、成功だ!
《こ、こんな馬鹿な! なぜお前がまだ動ける!? ここはオレの領域だぞ!!!》
怒りに顔を歪めた悪魔は、狂ったように拳を振り始める。わずか一秒で四発――その迫力は尋常じゃない。だが、《俺》の影は大盾を巧みに操り、全ての拳撃を防ぎ切っていた。
そう、梓のスキルが真価を発揮していたのだ。梓の(投影)は、実体を持ち、物理的干渉が可能な影を召喚する能力。そして今、悪魔と戦っている《俺》こそが、その(投影)だった。
一方の本物の俺は、梓の幻術によって悪魔から姿を隠し、どうにか奴の領域外へと這い出していた。今、俺は悪魔の背後五メートルほどの位置から戦況を見守っている。
梓の影の耐久力は、彼女自身の魔力量に比例する。《俺》が拳を受ける度に梓の魔力は削られていく。何もしなければ、いずれ尽きるのは時間の問題だ。
打開策は未だ見えない。それでも俺は心の中で全員と短く言葉を交わし、次の手を探る。そして、最終的に決まったのは――梓のSランクスキルに全てを賭けること。
そのためには、時間を稼がなければならない。だからこそ、俺たちは一芝居打つことにした。俺はその傍らで、全ての準備を整える。
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《梓の視点》
あたしたちは、強烈な重力に地面へと押しつけられ続けていた。身動きどころか、息をすることさえ苦しい。
瑛太はあたしに重要な役割を託してくれたけれど……胸の奥がざわつく。不安だ。もし瑛太の期待に応えられなかったら――あの時、彼がかけてくれた言葉は、ただの慰めだったってことになるんじゃないか。
そう考えた瞬間、怖くてたまらなくなった。
……もしかして、この気持ちを悟られたのかもしれない。凛と美月が、あたしを励まし始めた。
「(梓、この重力領域を突破できるのは君しかいない。肩の力を抜いてやればいい、僕が横から援護する。)ああっ!! 瑛太君、一人であの悪魔に立ち向かわせたりなんてしない!!(守護の盾)!」
どうやら瑛太のスキルで、あたしたちは意識が繋がっているらしい。だから心の中で会話ができる。凛があたしを安心させるように言ってくれたあと、瑛太君の分身にバフをかけ始めた。
分身は実体を持っているからバフが通用する。そして今、彼が受けるダメージは減り、そのぶんあたしの魔力消費も抑えられていた。
「(梓、本当はこんなこと言いたくないけど……瑛太さんは肝心な場所をあなたに任せたんだ。だから全力でやればいい。もし、瑛太さんが心からあなたを信じられないせいであなたが悲しむことになるなら――そんな瑛太さんは諦めちゃいなよ! 仮にシェアすることになっても、私は瑛太さんのそばの場所を、彼を信じられない女になんて渡す気はない!)
……くっ、そんなこと言われて黙ってられるわけないじゃない!!(ファイアースピア)(ウォーターエッジ)(ウィンドエッジ)(ロックスマッシュ)」
美月が心の中であたしに激励の言葉を送ったあと、悪魔に向かって様々な魔法を浴びせかけた。弱点を探るために……それにしても、美月、「瑛太さんのそばの場所を譲る」って……まさか独り占めするつもりはないってこと?
……美月、変わったな。昔はあたしが少しでも瑛太と話していると、横からすごい目で睨んできた。彼女以外の女の子が瑛太のそばにいるのも許さなかったくらいだ。望月さんが話しかけても、不機嫌そうに見ていたし。
だから、クラスの女子たちはみんな知っていた。美月が瑛太のことを好きだって。しかも美月みたいな美少女が、普通の男の子である瑛太を好きだなんて――クラスの女子たちは彼女の気持ちを全力で応援していた。だってさ、こうなると恋愛のライバルが少なくになった。
でも、そんな美月が変われるなら……あたしだって変わらなきゃ。覚悟を決めた途端、不思議とスキルの操作が滑らかになった。
自分の弱さを認められなければ、このスキルは使いこなせなかったんだろう。たとえ瑛太がまだあたしを完全には信じてくれなくても――あたしが変われば、いつか信じてもらえる。
そう思えた瞬間、悪魔の領域の解析速度は一気に上がった。
他のみんなも必死に悪魔と戦っている。けれど、あいつは自分の力に酔いしれていて、まだ真実には気づいていない。
《ハハハハ! 無駄だ、無駄だ! この肉体は無敵だ!! 魔法なんて通用しない!! だがその盾はなかなかだな! オリハルコン製か!?》
素材が何だろうと、知ったこっちゃない。分身はあたしの意思を反映する。壊されたくないと思えば、壊されることはない。ただ魔力が削られていくだけ。
あたしは瑛太の分身に悪魔の攻撃を受け止めさせ、みんなを守らせながら、魔法式の解析を続けた。
……よし、やっと解析が完了した!
「瑛太! これがこの領域の魔法式! 弱点はここ!!」
この長い時間、相手の行動を引き延ばしたのは、この解析のため。
(現実こそ唯一の真理、真理のみが人を解き放つ)――このスキルの効果のひとつは、対象の弱点を完全に解析すること。
剣なら素材や鍛造時の欠点。敵ならばその肉体的、あるいは魔力的な弱点。今回の相手は魔法式。それもスキルではなく、独自に組み上げられたものだから、解析には時間がかかった。
「ありがとう、梓。やっぱり君は頼れる仲間だ! 喰らえ!(マジックデコード)!」
瑛太の手からまばゆい光が溢れ、あたしたちを覆っていた闇の領域を粉々に砕いた!
《ば、馬鹿な……! 待て、これは幻影!? また貴様か、この野郎!! 絶対に許さん!! 必ず殺し尽くしてやる!!!》
悪魔の感情はますます暴走し、全身からさらに濃く、さらに恐ろしい闇の気配を放つ。
――どうやら、本当の決戦はここからだ。
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《瑛太の視点》
(具現描写)で悪魔の領域を打ち破った瞬間、奴の表情は見る間に怒りへと染まった。どうやら俺への嫌悪感は限界まで振り切れたらしい。
「ははっ、お前、本当に傲慢の悪魔なのか? どう見ても憤怒の悪魔だろ。ちょっとちょっかい出されただけでキレっぱなしじゃねぇか。傲慢の看板、降ろした方がいいんじゃねぇの?」
《黙れぇぇぇ!!!! オ、オレは傲慢だ!! 脳筋の憤怒の悪魔などでは絶対にない!!!》
……ほらな、完全に頭に血が上ってやがる。拳を振るう勢いはますます増し、狙いは終始俺ただ一人。だが、俺の役目は単純だ。皆の盾となり、守り切ること。
なぜなら、俺には悪魔の鋼のような肉体を打ち破る攻撃力なんてないからだ。ならば、やるべきことは一つ――全員を守ることだけだ。
俺は再び(具現描写)を発動し、脳内である光景を鮮明に思い描く。それは、俺が好んで遊んでいたあるゲームのワンシーン。悪名高い高難度ボスがひしめく、理不尽で容赦のない死にゲーだ。ボスには多彩な攻撃パターンがあり、ほんの一瞬のミスが即死に繋がる。
俺はそのゲームで、よく全裸装備で挑んでいた。鎧など一切身に着けず、軽快な身のこなしと盾だけで、あらゆる理不尽な攻撃を凌ぎ切る――そんな戦い方を。
その時に使っていた盾は、俺の記憶においても最強だった。巨竜の一撃すら、防御ボタンを押せば耐え切ることができたのだから。
左手に、豪奢な円形の盾が具現化する。
……現実世界でゲームの再現といこうじゃねぇか。
「よし、ここからは俺たちのターンだ!来いよ!!悪魔!」
皆さま、こんにちは。決戦の場面はお楽しみいただけましたでしょうか。
ここからはいよいよ形勢が逆転してまいります。今回は梓の心の変化、次回は凛の視点を中心に、凛の心の変化を描く予定です。
そして次回は戦闘のクライマックスともなる場面ですので、ぜひご期待くださいませ!
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