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第74話 :「閉ざした心がもたらした、最悪で最悪な結果」

 俺の頭を狙ったあの鋭い爪が迫る――その瞬間、二つの声が重なった。


「――(アイスウォール)!」

「――(ウィンドシールド)!」


 美月と梓の魔法が同時に炸裂する。突風が奴の突進の勢いを殺し、そのまま氷の壁に叩きつけられた爪は、ギギギッと嫌な音を立てて止まった。


「瑛太、大丈夫? もし恐怖に呑まれてるなら――《ブレイブハート》!」


 梓の手から放たれた光が俺の胸に宿る……精神魔法か。怯えで硬直していた足が、再び地を踏みしめられるようになった。


 だが、《悪魔》は悠長に突っ立っているような相手じゃない。奴は氷壁を力任せに粉砕し、俺が立ち直ったのを見ると、舌打ち混じりに距離を取った。


 《……チッ。相変わらずゴミの集まりだが、連携だけは悪くねぇな。だが、特殊攻撃を防げねぇんなら……遠慮なく使わせてもらうぜ。《読心》!》


 やっぱり、俺へのヘイトが一番高いらしい。攻撃が真っ直ぐこっちに集中してくる……いい。少なくとも美月たちに無差別で襲いかかられるよりはマシだ。だが――くそっ、また食らった。頭の奥に冷たい刃が突き立つような感覚とともに、奴の嘲笑が響く。


「この野郎……!」


 前に出て、一気に斬り伏せようと刀を振る。けど、《悪魔》はまるで俺の動きを予知しているみたいに、軽やかに避け続けた。


 《馬鹿かお前? 心を読んでるって言ったろ。お前がどう動くかなんざ、全部お見通しなんだよ!》


 言い終わると同時に、奴の拳――いや、鉤爪付きの手が俺の腹を抉った。


「ぐっ……!」


 防御も間に合わず、美月の足元まで吹き飛ばされる。


「瑛太さん! 無事なのか?」


「……あまり、良くはない。《ヒール》」呻きながらも神聖魔法で傷を塞ぐ。


 《ハハハ! 小猫ちゃん、ずいぶんとこの男を心配してるじゃねぇか。だがな、知ってるか? コイツ、お前のこと……そんなに大事に思ってねぇぞ?》


「何言ってるの、《悪魔》! そんな安い挑発、信じると思う?」


 《安くなんてねぇよ。オレはこいつの心を読んだんだ。だから断言できる――お前はこいつにとって、ただの赤の他人よりちょっとマシな存在だってな!》


「……う、うそ……そんなはず、ない……。瑛太さん、本当なの?」


「……それは……」


「答えないの? いつもなら即答するくせに……今は黙るんだ。……じゃあ、本当なんだね。私は……ただの外の人間……なんだ」


 その一瞬の沈黙が、美月の心を深く抉ったらしい。猫耳がしおれ、四肢が震え、瞳の端に涙が滲む。


「美月……違う、俺は……!」


 《驚くことか? お前はそもそも、こいつにとって重要な人じゃねぇんだよ。後ろのトカゲと狐もな。むしろお前よりも他人だと思ってるぜ? 信じてもらえるなんて思うな。あいつは、お前らを慰めるための言葉しか吐いてねぇ!》


 今度は凛と梓の動きが乱れた。凛は幻影の爪に掠られ、梓はふらつきながら魔法の詠唱をやめてしまう。


 《お前らは心を預けた。だが、こいつはその心を受け取ってすらいねぇ!!》


 嘲りを残して、《悪魔》が牙を剥き、一直線に突っ込んできた。美月たちは完全に動揺してる……ここは俺が持ちこたえるしかない!


「――お前に、彼女らは指一本触れさせねぇ!」


 刀と鉤爪が火花を散らし、互いの体勢が揺れる。必死で捌くが、奴の連撃は速すぎて、五撃中一撃は必ず被弾する。


 《なぁ、虚勢張るなよ。オレが言ってること、全部本当だって知ってんだろ? 自分の心に相手はいねぇ……それを暴かれて、まだ誤魔化す気か!》


「……俺は……そんなこと、ないッ!!」


 反射的に叫んだ。だが――胸の奥で、自分が嘘を吐いていると理解していた。


「瑛太さん……本当なの? 本当に、一度も私を……見てくれたこと、ないの……?」


 美月の叫びが、心臓を貫く。その痛みは、敵の爪で裂かれるよりも、ずっと深く、ずっと苦しかった。


 《――ハハハハッ! 隙ありだッ!!》


 気づいた時にはもう遅かった。注意が一瞬でも逸れた俺の腹部を、《悪魔》の鋭い爪が容赦なく薙ぎ払う。肉が裂け、内臓まで損傷した感覚がはっきり伝わってくる。(……いや、俺みたいなゾンビに内臓なんて残ってるのか? そんな疑問はどうでもいい。ただ、クソほど痛ぇ!)


 俺は歯を食いしばり、震える手で(ヒール)を発動させた。


「瑛太……まさか、今まであたしと話すのが好きって言ってくれたのも嘘なの……? ただ慰めで言ってただけ……? 本当は、あたしなんてただのウザい学級委員だって……そう思ってたんじゃないの!?」


 梓の声が震えている。怒りと、悲しみと、不安が入り混じった叫びだった。……くそ、また俺は大事な仲間を傷つけた。そんなつもりはなかったのに、俺は……最低だ。


 《ハハハハ! いいぞ、いい……! 苦痛、絶望、裏切り……これこそがオレの求める最高のご馳走だ!!》


 《悪魔》の身体から、ぞっとするほど濃い気配が膨れ上がる。……まずい、こいつ、三人の負の感情を吸って強くなりやがった。美月たちの中の何かが、目に見えない形で奪われていくのを、俺は感じ取った。


「美月、梓……今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。敵に集中しろ」


 冷静を装ってそう言った凛の横顔を盗み見た俺は……すぐに気づく。あの凛でさえ、唇を噛み締め、必死に平静を装っている。……俺は、こいつらをここまで追い詰めてしまったのか……もう誤魔化せねぇ。怖くても、苦しくても、ここで言わなきゃならねぇ。


 《どこ見てやがる、このクソがッ! 喰らえッ!!》


 《悪魔》は容赦なく距離を詰めてくる。その動きは、さっきよりさらに速く、鋭い。


 俺は(聖なる結界)を展開し、薄い膜で身体を覆う。だが、凛の加護と合わせても……生命が削られていく速度が異常だ。このままじゃ、一分ももたねぇ。今、戦えているのは俺と凛だけ。このままじゃ全滅だ――だから、言うしかない!


「美月……凛……梓……。俺の話を、聞いてくれ」


 刃を振り続けながら、俺は口を開く。胸を裂かれても、息が詰まっても、止まらない。


「……あいつの言ったことは、本当だ。俺の中には、どこかで君たちを信じきれてない自分がいる」


 三人の感情が大きく揺れるのを、心の繋がりを通して感じ取る。痛いほど、わかる。同じくらい、俺の胸も痛かった。


「でも、それは君たちのせいじゃねぇ! 全部、俺の問題だ。俺が、自分に自信を持てなくて……過去に縛られて、怖がって……だから信じきれなかった。すまない、全部俺の弱さのせいだ」


 《悪魔》の爪が俺の身体を切り裂く。血が飛び散る。だが、肉体の痛みなんて、今の心の痛みに比べたら何でもねぇ。


「知りたいことがあるなら……全部話す。何も隠さず、俺の全部を話すって誓う! だから――厚かましいのはわかってる。でも、今は立ち上がってくれ! 一緒に、この地獄を生き延びよう!」


 俺は必死に、心の底から、三人へ呼びかけた。怖くても、まだ俺は……こいつらを信じたい。


 《きれいごと言いやがって……だが、死ねッ!!》


 刹那、鈍った俺の動きが致命的な隙となる。悪魔の爪が俺の胸を貫いた。喉の奥から熱い血が溢れ、視界が赤く染まる。


 ……ああ、これは……やべぇな。今度こそ……致命傷だ。


皆さま、こんにちは。ついにここで、瑛太の胸の内にある最も深い恐怖――それは「心から他人を信じることができない」という思いが明らかになりました。


では、瑛太たちはこの難関をどのように突破していくのでしょうか。


ぜひ、明日の21時をお楽しみにお待ちくださいませ!!



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