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第71話 :「森本梓:瑛太に認められ、全てに立ち向かう勇気を得た。だが、この虫の地獄は除く」

 ……でもね、今のあたしは、もうそれでもいいって思えるんだ。この家で、あたしだけがただの凡人だったとしても、もう構わないって。


 全部を思い出す前、あたしは――自分がとうとう壊れてしまったんじゃないかって、本気で思ってた。

 だって、唯一自分の価値を証明できるのは学校の成績だけなのに、


 そんな大事な試験の直前に、あたしは《サルでもわかる魔法~初心者編~》なんていう、

 どう見てもおかしくて、現実離れした本を必死に読んでいたんだよ?


 だって、日本……ううん、地球には魔法なんて存在しないはずでしょ?

 なのに、あたしは真剣に「どうやったら魔法を早く使えるか」なんて勉強してた。

 その本にはね、魔法を使うための方法がちゃんと書かれてた。


 主流なのは三つ――魔法陣、詠唱、そして長期使用による熟練度。


 魔法陣は、魔法をすぐ発動できる代わりに、形や言葉を一言一句間違えずに完全に覚えなきゃいけない。

 詠唱は、詩のような言葉に魔力を込めて唱えることで魔法を発動する。

 そして熟練度は、ある魔法を使い込んで慣れれば、補助なしで直接使えるようになるっていう仕組み。


 熟練度こそが一番重要らしい。補助なしで魔法を使えれば、多重魔法なんかも使えるようになるから。

 試験前の切羽詰まった時期に、あたしはそんな空想みたいな本を読み込んで、

 火と風の魔法陣ばかりを必死に暗記していた。


 今考えれば、あの頃のあたしにそんなことは絶対にありえなかった。だって、もし成績でさえ家族に並べなかったら、もう何も比べられるものがなくなるから。


 ……あの日までは、そうだった。《藤原瑛太》――ここに来てから、記憶の奥に沈んでしまっていたけれど、


 あたしの中を確かに変えてくれた人。

 彼はあたしに、「誰にでも価値がある」って教えてくれた。

 平凡なあたしを、そのまま受け入れてくれた。


 彼が言ってくれたのは――「あたしと話すのが一番楽しい」っていう、ただそれだけのこと。

 別に特別な話じゃない。同じ作品が好きな人なんて、いくらでもいるはずなのに。

 美月だって一生懸命、彼に近づこうとしていたのに――

 それでも、彼はなぜかいつもあたしのところに来て、話しかけてくれた。


「一緒に話すだけでいい」――その言葉が、あたしの心を安定させてくれた。


 だからあたしは、異世界での記憶がなくても、あんな反常識な行動が取れたんだ。

 だからあたしは、成績に一切関係のない本を、社会で何の役にも立たない本を必死に読み続けられた。


 魔法陣を完璧に暗記できたとしても、あたしは魔法を使えるわけじゃない。

 昔のあたしなら、そんな無駄なことをすれば、きっと耐えられないほどのストレスを感じていた。

 またお兄ちゃんや麻衣と差が開くって、泣きそうになっていたはず。


 でも今のあたしは、もう知っている。

 平凡なあたしを受け入れてくれる人がいるって。

 だから、あたしはその人のために努力できる。


 この偽りの環境で、他人の承認を求めるためじゃなくて。

 ――そして今日が、試験結果の発表日だった。


 結果は……予想通り、全部40点未満の赤点。

 昔なら、この失敗はあたしを完全に壊して、二度と立ち上がれなくしていたはず。

 でも今のあたしは、自信を持って――平常心で、この成績を本物の両親に見せられる。


 ここがどこなのかはわからない。

 でも、ここが日本じゃないことははっきりしている。

 最初から、何かおかしいと感じていた。

 そして異世界での記憶を取り戻したことで、その確信はさらに強くなった。


 ――これは、あたしが瑛太の隣で初めて安心して眠ったあと、理不尽に連れてこられた場所。もう事情はわかった。なら、やることは一つだけ。


 ……待つこと。


 あたしはずっとここで本を読み続けていた。迷宮で集めた魔導書を開きながら、ただ待っていた。


 だって、あたしは信じてる。

 藤原瑛太は、絶対にあたしを一人にしないって。

 だから、ここにあたしの一番苦手なものがあっても、もう苦しくはない。


 あたしには、大切に思ってくれる人がいる――迎えに来てくれるって、知ってるから。


 ……そして、どうやらこの場所も、もうあたしをのんびり待たせてくれる気はないみたい。


 あたしが家に帰った、その瞬間——そこはまるで魔窟みたいになっていた。玄関を一歩踏み込んだ瞬間、あたしの身体は人間の姿から強制的に——いや、本来の姿に戻されてしまった。


 そう、あたしは女神(ルナリア)様に転生させられた狐だから。正直、なんで狐にされたのかなんて本当の理由は分からない。


 ……ううん、たぶん分かってる。

 あたしの“偽り”のせいだ。


 いつも瑛太の好意を素直に受け取れなくて、

 本当の姿や趣味も、誰にも隠し続けて、アニメが好きだなんて絶対言えなかった。

 要するに——演じるのが上手くて、自分を偽るずる賢い狐。


 ……って、こんなこと考えてる場合じゃない!家の中から、とんでもなく強い圧迫感を感じる。やばい……これは本当にやばい!


 あたしは異世界に来たとき、すぐに人間の姿に変わって行動してたけど、美月みたいに獣の身体を器用に動かすのは苦手なんだ。


 逃げなきゃ——そう思った瞬間、家のドアがガチンと閉まった!も、もう仕方ない……この子猫みたいな小さな狐の体で行くしかない……これも、自分から逃げ続けたあたしへの報いなのかもしれない。


 四つ足でおそるおそる進む。慣れない動きに何度も転びそうになりながら、ようやくリビングに辿り着いた——その時。


「……っ!」


 あたしは絶望した。


 そこには、あらゆる種類の“虫”がいた。気持ち悪い蜘蛛、全身モフモフの毛虫、そして……最悪なゴキブリまで!!リビングいっぱいにうごめく黒い群れ。


「ひっ……いやあああああ!!!」


 あたし、もともと虫が大嫌いなのに……自分の家がこんな生物に占領されるなんて……吐きそう!!目が合った瞬間、やつらは一斉にこっちへ——!!


「きゃあああっ! 助けてぇ!!」


 蜘蛛も毛虫も嫌だけど……ゴキブリはダメ!しかもあの子たち、羽を広げて飛んでくる!!考える暇なんてない。


 あたしは全力で二階へ逃げた。だけど……二階の部屋からも、大量の虫が溢れ出してきた!


「うそ……前も後ろも……!」


 完全に包囲された。どうしよう、どうしよう……!


 ほんの数秒迷っただけで、虫の海に飲まれそうになる——その時。

 二階の廊下にある窓の向こう、黒い影が見えた。

 その影は豆粒のように小さかったのに、一瞬で大きくなって……


 ——バリンッ!


 窓ガラスが砕け散った。そして現れたのは——


「梓! 無事か、助けに来た!」


「瑛太!! あたし、ずっと待ってたんだから!」


皆さま、こんにちは。本日の梓の章がやや短めなのは、少し前の時点で、すでに彼女の心の中にあった恐怖を解き放っていたためでございます。


ですので、他のお二人のように大きな精神的負担を抱えているわけではなく、別の形で悪夢に囚われることになります。


そして次回、瑛太が彼女を救い出し、その後はいよいよ《悪魔》との最終決戦に臨む予定です。第二章もついに終幕を迎えますので、どうぞ最後までお楽しみくださいませ。

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