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第70話 :「森本梓:皆が天才の家族で、あたしだけが凡人な件」

 あたしが日本(?)に戻ってから、もうすぐで一ヶ月くらいになるかな。毎日、学校と家を行き来するだけの生活を送ってて――つい最近になって、ようやく全てを思い出したんだ。


 最初のうちは、別に気にも留めなかった。ただ過去の日々に戻っただけだって、そう思ってたから。


 もともとあたしは、ずっと比べられて、笑われて、見下されるような環境にいた。それは、色んなストレスが積もり積もっていくには十分な場所だったし、正直、最近やっと一度崩れ落ちたばかりだった気がする。


 学校の授業中には、毎日必ず先生に指されて、答えさせられるの。でも、いくら正解を言っても「違います」って言われて……その後は、クラス全体で笑われるの。


 本当に、全然面白くないのに。だけど、なんだかすごく見覚えのある光景で……まるで前にも同じことを経験したような気がして、結局あたしはただ小さくため息をついて、席に座るしかなかった。


 授業が終われば、当番の掃除があるでしょ?でもね、他の子たちはいつもこんな風に言ってくるの。


「森本、あとはよろしくね」

「そうそう、真面目なんだから大丈夫でしょ?」

「この後デートあるの~、代わってよ。友達でしょ?」


 ――全部、あたしに押し付けてくるの。それが、すごく胸に刺さる。あたしにも、自分のやりたいことがあるのに。けど、「真面目だから」「クラス委員長だから」って理由で、当然のように全部を背負わされる。まるでそれが義務みたいに扱われて。


 ……それでも、数日前までは、心のどこかで思ってたんだ。「誰かが、きっと助けに来てくれる」って。

 その「誰か」が誰なのか、はっきりとは思い出せなかったけど――それでも、絶対にあの人は来てくれるって、妙な確信があった。


 あたしが困ってるとき、いつだって笑いながら助けてくれて、それからアニメの話をしてくれた……そんな気がするんだ。


 だから、その不思議な安心感があったからこそ、一人で掃除してても、そんなに辛くなかった。いつか、こんな日々も終わるって、信じられたから。


 昔のあたしは、ただ「勉強を頑張って」「ちゃんと真面目に」「普通の生活を丁寧に過ごせば」――いつか、きっと素敵な未来がやってくると、信じてた。


 こんなに平凡なあたしだって、お兄ちゃんみたいに注目を集められるかもしれない。妹みたいに、みんなから好かれるかもしれないって……。


 ――でもね、現実は、そんなに甘くないんだ。家に帰っても、待っているのはいつも通りの日常。


 お父さんは、毎日仕事で疲れて帰ってきても、私たちとの会話をすごく大切にしてる人で……子どもが本当に大好きだから、少子化が進む日本で三人も育ててるの。


 知ってた? うちのお父さんって、自分の会社の社長なんだよ。


 あたしが小さい頃、家はけっこう普通どころか、ちょっと貧しいくらいだったと思う。お父さんの会社がちょうど厳しい時期で、そんなときにお母さんが秘書として会社を手伝いながら、あたしとお兄ちゃんを育ててくれてた。


 ……その中で、お兄ちゃんは両親に心配をかけまいと、ずっと自分の得意なことを探して、挑戦し続けてた。


 ――そして、見つけたの。お兄ちゃんの得意分野は「パソコン」だった。


 確か、お兄ちゃんは7歳でコンピュータの仕組みを理解して、8歳のときにはすでにプログラムを作れるようになってた。


 それから、お父さんのためにいくつもソフトを作って、やっと会社の経営が黒字に転じて……あたしが7歳、お兄ちゃんが11歳の頃には、ようやく生活が安定したの。


 本当に……あの人は最初から異常だった。


 生活に余裕が出てからは、まるで才能が爆発したみたいで。学校でも、サッカー、バスケ、野球、テニス、陸上……どんなスポーツにも積極的に参加してたの。


「体は資本だ」って、そう言って。


 家に帰ってからもプログラムを書き続けて、何本かゲームも作って、それが結構売れたらしいんだよね。

 お兄ちゃん、あたしに3万~4万円のお小遣いを何気なくくれることもあって……もう、その時点で彼の金銭感覚が普通じゃないって、わかるでしょ。


 スポーツでもずっと輝き続けて、バスケ部のレギュラーにもなって、よく大会で優勝してた。


 ――まるで、人生にバグが起きてるみたいだった。


 お兄ちゃんは、18歳の誕生日に幼馴染と結婚したの。


 あたしが異世界に来る前、その義理のお姉さんはすでに妊娠してて……もし、あの交通事故がなければ、あと数ヶ月であたしは叔母さんになるところだったのに……。


 ……そんなに優秀で、そんなに異常なくらい完璧なお兄ちゃんの背中を、毎日間近で見て育ったあたしの気持ち、みんなに分かる……?


 あたしなんて、ちょっと顔が可愛いくらいで……それ以外、本当に、お兄ちゃんの前では何も勝てるものなんてなかった。


 家に帰れば、優秀すぎるお兄ちゃんはいつもお父さんと楽しそうに話してる。

 仕事の話、政治の話、奥さんのこと……

 二人の会話には、あたしの入る隙間なんてどこにもない。


 あたしが、「テストで全校のトップ10に入ったよ!」って勇気出して言っても、お父さんはただ微笑んで、「すごいな、毎日頑張ってて偉いね」って優しく褒めてくれるだけ。


 ……だけどその褒め言葉は、どこか空っぽで、虚しくて。


 お兄ちゃんと比べたら、あたしが「頑張ってる」なんて……冗談にしか聞こえないんだよね。


 褒められるたびに、泣きたくなるのをぐっと堪えて、「よくやった、あたし」って自分に言い聞かせる。

 ――泣かなかった自分を、褒めるしかできないんだ。


 お母さんも、あたしよりも妹の麻衣とよく話す。あたしの妹、森本麻衣――彼女は、あたしの「上位互換」って言っても過言じゃない。


 あたしより5歳年下で、末っ子ってだけでも可愛がられるのに、


 彼女はその上、小さい頃から自分の才能をどんどん開花させていった。

 麻衣の歌声は本当に綺麗で、子どもながら歌唱コンテストでは常に優勝してた。

 音楽教室に通い出してからは、才能が一気に花開いたの。


 たった数ヶ月でギターを習得して、有名な曲を次々と弾けるようになって、最近では自分で作曲まで始めたらしい。彼女がユーOューブに投稿した曲は、あっという間に何十万回再生を超えて、あたしなんかが触れたこともない世界にいるんだ。


 お母さんも、そんな麻衣の才能が認められてからは、すっかり彼女のマネージャーになって、彼女が創作に集中できるように、代わりにユーOューブチャンネルの管理を全部やってる。


 麻衣のチャンネル登録者数はもうすぐ100万人に届きそうで、新しく出したカバー動画なんかは、投稿されればすぐに数百万再生を突破する。しかも、それはユーOューブだけじゃない。他のSNSでも、彼女の人気はすごいことになってる。


 もう、正直言ってあたしには彼女の何もかもが眩しすぎて、現実味すら感じられない。

 だからお父さんは家に帰るとお兄ちゃんとビジネスの話をして、

 お母さんは麻衣と音楽やチャンネルの話をして……


 あたしは、ただ静かにご飯を食べて、

 そのまま静かに部屋に戻って、眠るだけ。

 ……あたしね、そんな家族の中で、本当に自信が持てなかったんだ。


 お父さんは成功した実業家で、

 お母さんは家族の支柱でありながら、父と妹の成功を全力で支える存在。

 お兄ちゃんは天才プログラマーでありながら、プロ顔負けのスポーツマン。

 麻衣は若くして才能を認められた天才音楽家。


 ――じゃあ、あたしは?


 ただの、普通の学校で、普通に頑張ってるだけのクラス委員長。それだけ。


 これが、あたしと家族の差。


 今思えば、よくあの家で壊れずにいたなって……自分でも思う。

 もし、あのとき小説やアニメがなかったら、

 少しでも心を軽くしてくれる逃げ道がなかったら――


 あたし、多分、本気で……死にたいだ。


 だって、こんなに普通で、何もできなくて、無能な自分が――

 いない方が、あの家のためなんじゃないかって、本気で思ってたから。


 だって、あたしがいなければ――あの家は、

 完璧な天才だけが揃った、

 理想的な家族になるんじゃない?


 平均値を引き下げる、汚点のようなあたしがいなければ……

 誰も恥ずかしい思いをしなくて済む。

 誰も、傷つかなくて済む。


 ――あたしの心が、少しでも軽くなることなんて……

 一度たりとも、なかったんだよ。


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