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第67話 :「鷹山凛:僕はもう二度と《大切な人》を失いたくない、だから!」

「お前は誰だ。ここにお前なんて必要ない。さっさと消えろ」


「必要ないのはそっちだよ。……もしお前が凛の父親じゃなかったら、とっくに警察に突き出してる。自分のしてることが、どれだけ異常か分かってるのか?」


「これは我が家の問題だ。赤の他人が口を挟むな」


 ……初めてだった、こんなにも心の底から「安心した」って思えたのは。誰かに守られるって、こんなにも――こんなにも、心強いことだったんだ。


 これまで僕は、ただ黙って受け入れるしかなかった。一人きりで、この地獄みたいな現実と向き合うしかなかった。


 でも、今は違う。瑛太君が……僕の隣に立ってくれてる。


「そっか……やっぱりね。凛、この男、他人からの非難に対しても、いつもこんなふうに開き直ってたんだろ?」


「う、うん。そうだよ、瑛太君」


「あいつはずっとこうやって厳しく鍛えてたのか?」


「いや……そこまでは。たぶん、最近になってから、どんどんエスカレートしていったんだと思う。前は、僕が限界を迎えて倒れたら、それ以上は無理に続けさせなかったし、泣いてたら黙って立ち去るだけだった」


 《あの男》は筋肉の動きを見れば、本当に限界なのか、それとも演技なのか見抜ける。だから誤魔化してると判断された時は、無理やり立たされて、更に酷い訓練が待っていた。


 ……思い返せば、彼の態度が明らかにおかしくなったのは、あの男子校に通い始めた頃からだった。


「そうか、なるほどね。いや、よかったよ。本当に最低な親父だったら、日本に戻ってから二度と君をあの家に返す気なかったからな」


「そ、そうか……。でも、ねえ瑛太君。ここって……どこなの?僕、いくら探しても、君も美月たちも見つからなかったんだけど……」


「えっと、それはな……。ここは――」


 瑛太君が説明しかけた、その瞬間だった。僕は見た。……《あの男》が抜刀の構えを取ったことを!


「瑛太君、後ろだ! 気をつけて!」


 僕の警告を聞いた彼は、すぐさま戦闘態勢に入り、振り下ろされる一撃をギリギリで受け止めた。


「ふん、素人にしてはよくやるが……。俺の道場で、娘とイチャつけると思うなよ!」


 そして――


 《あの男》と瑛太君の、激しい剣戟が始まった。


 剣光が瞬き、閃光のような斬撃が交差する。速い! 速すぎる! 数秒のうちに、すでに六度も剣が振られている!


 ちょ、ちょっと待って!? 瑛太君はともかく、《あの男》までこの速度に――!?


「父さん!! やめてよ! 瑛太君に何してるの!? 鍛えるのは僕だけにしてよ! 彼に手を出すなんて、絶対に許さない!!」


 気づけば僕は、叫んでいた。だって、《あの男》は本気だった。木刀とはいえ、あの圧倒的な剣気、あのまま当たれば――瑛太君は、死んでしまう……!


 お願いだ、やめてくれよ!!

 僕から、心の平穏を奪って。普通の幸せを壊して。男性に抱いていた信頼すら打ち砕いた――

 なのにまだ、唯一僕が心を許せる、唯一の《大切な人》を奪おうというの!?


 ……もう限界だった。

 身体は限界を迎えていた。筋肉は悲鳴を上げ、勝手に震えて、何もできない。

 心だって、もう崩れそうだったのに――


 それでも。


 それでも僕の中に、何かが燃え上がった。


 瑛太君を――《あの男》に奪われる未来だけは、絶対に受け入れられないって、全身が叫んでいた!どこから湧いてくるのか分からない力が、僕の内から溢れ出す。


 まったく動かなかった手が、今はしっかりと木刀を握っていた。起き上がることすら出来なかった身体を――僕は、立ち上がらせた。


 全身から汗が噴き出す。限界を超えた証拠だ。……でも、どうしても譲れない!

 無力でもいい。何もできなくてもいい。

 それでも――僕は、お姫様みたいに助けを待つだけの存在にはなりたくない!!


 僕の《大切な人》が、僕のために命を懸けて戦っているのに――

 僕は、ただ見てるだけなんて……そんなの、絶対に嫌だ!!

 この信念が、僕の体を――僕の心を、もう一度、立ち上がらせてくれたんだ――!!


 僕は、やっとの思いで自分の足で立ち上がり、得意の構えをとって目の前の男に向き直った。けれど、その瞬間だった。激しい戦いの中、瑛太君が僕に声をかけてきた。


「凛、無理するな!そいつと何を話しても無駄だ。だってそいつは……君の父親じゃないんだ!」


「そんなこと、分かってるよ!あんな鬼畜な奴、僕が父親だなんて認めるわけないだろ!」


「いや、違う、そういう意味じゃないんだ!本当に、君の父親じゃない!」


「おいおい、戦いながら余裕だな……他人とおしゃべりする暇があるのか?」


 そいつの剣撃が一層鋭くなり、軌道もどんどん奇妙になっていった。早いだけじゃない……動きが雑だ。瑛太君は戸惑いながらも、かろうじてその剣を受け止めていた。――それが、逆におかしかった。


 まさか……こいつ、本当に《あの男》じゃない?


 《あの男》は、どんな状況でも一切動じなかった。怒りも喜びも、感情のかけらさえ見せたことがない。

 まるで感情を持たない機械。いや、屍のような存在だった。


 なのに今、瑛太君と戦っているこの男は――あまりにも感情的すぎる。


「よし、慣れてきたぞこのスピード……はぁ、凛!簡単に言えば、ここは日本じゃない!そいつも君の本物の父親じゃない!」


「……え?瑛太君、何を言ってるんだ、どういう意味だよ!」


「とにかく、よく聞け!ここは君の《夢》だ!そしてここは、君の《恐怖》で作られた世界なんだ!《あの男》は、君の恐怖が作り出した象徴だ!だから――それを超えない限り、君は目覚められない!」


 瑛太君はそう叫んだ直後、相手の剣撃が加速し、彼はさらに集中して防御に回らざるを得なくなった。


 ……そ、そういうことか。

 そう思えば、すべての謎が繋がる。妹が存在しない理由。男ばかりの教室。

 そして、僕がもっとも恐れている《あの人》との、終わりなき訓練――。


 全部、僕の心の奥底にある《恐怖》が作ったものだったんだ。

 妹は、僕の心を癒してくれる唯一の存在。

 そして男ばかりの空間は、僕が最も苦手とする環境。

 極めつけは、毎日僕を追い詰めてくるあの人……!


「な、なぁ瑛太君……じゃあ、どうすればそいつを乗り越えるってことになるんだよ!?」


「うーん……たぶん、剣の勝負で勝つこと、だと思う!」


「はっ!?それって無理だろ!僕はアイツより力も、技術も、速さも全部劣ってるんだ!どうやって勝つんだよ!」


「凛!恐怖に君自身の限界を決めさせるな!君はそんな簡単に諦めるような奴じゃないだろ!俺がサポートする!――やってみるか!?」


 ……自分の《恐怖》に打ち勝つ、か。僕に……本当に、できるのか?あいつは、ただでさえ暴力的だ。それを挑発したら――もっと酷い目に遭うかもしれない。それでも――


 その瞬間、僕の目に映ったのは、瑛太君が《劣勢》になっていく姿だった。


 ――斬られた。

 一瞬の隙で、彼の身体に何度も剣が叩きつけられた。

 血は出ていないけど、その代わりに無数の傷跡と苦痛に歪む顔。


「瑛太君……ッ!」


 違う、違うんだ……僕に迷ってる時間なんて――もう、ない!!


 僕はもう……大切な存在を、二度と失いたくない!!

 あの試練が、どれだけ怖かったか……目の前で何度も《妹》が死んでいく。

 それは、この男に叩きのめされる痛みより、遥かに心を引き裂いた。


 今ここに妹はいない。だけど――。

 もし、今度失うのが瑛太君だったら!?

 そんなの――絶対に許せない!!


「……くそっ!!」


 気づけば僕の身体は、勝手に動いていた。

 限界を迎えていたはずの脚が、もう一度地面を蹴った。

 恐怖で縛られていた心は、すでに僕の行動を止められない。


 そうだ。


 僕は……《あの男》よりも――

 いや、父さんと真っ向から向き合うことよりも……

 大切な人を失うことのほうが、何倍も怖いんだ!!


 怖くても……僕は進む!

 今度こそ、絶対に――

 《大切な人》を、誰にも奪わせない!!


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