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第66話 :「鷹山凛:鍛錬という名の虐待、そして救済を乞う希望」

「凛、帰ってきたか。さっさと着替えて、道場に来い。」


「その、父さん。僕、今帰ったばかりなんだけど……せめて先にご飯食べたり、お風呂入ったりしてもいい?」


「そんな時間はない、凛。もし放課後に参加してたのが体力トレーニングじゃなかったら、俺はそんな時間の浪費を許さなかった。余計なことはいい。さっさと着替えろ。」


 ……またこれだよ。


 僕の意見なんて一切聞かず、状況も考えず、一方的に訓練を強制してくる。

 今日なんて、ほぼ一日中走りっぱなしだったんだよ?

 身体だってクタクタなんだから、少しは休ませてくれたっていいじゃん。


 ……もし《この男》が僕の父親じゃなかったら、今ごろ本気で木刀ぶち当てて、家を飛び出してたかもしれない。


 でも、僕が家を出て行ったら……今度は妹にこの無茶を押し付けるんじゃないかって、それが怖い。今のところ、父さんは妹には陸上競技だけをやらせてるし、妹自身も走るのが好きだから楽しそうにしてる。


 でも、僕がいなくなったら、それが剣道に変わるかもしれない。だから、僕は今日も渋々言うことを聞いて、道着に着替える。


 もう慣れた手つきで袖を通して、背筋を伸ばして、裏庭にある道場へと歩く。うちの道場は……まあ、そこそこ有名らしい。複数の流派を組み合わせた、比較的新しい剣術の道場だって聞いたことがあるけど、詳しいことはもうどうでもいい。


 ただ、《あの男》が毎日僕に剣の訓練を強制してくる場所ってだけで、記憶から消したいくらいだ。もともと、剣道は僕がちょっと面白そうだなって思って始めたんだ。


 でも、いつの間にか《あの男》が異常なまでに厳しくなって、どれだけ疲れていようと、明日が試験だろうと、家に帰った瞬間、道着に着替えて訓練が始まるようになった。


 たぶん、彼は僕に道場を継がせたいんだろうな……そう思わないと、説明がつかないほど、異常だった。母さんが事故で亡くなってから、《あの男》は人が変わった。


 毎日狂ったように剣を振って、家族の中でただの一般的な剣士にすぎなかったのに、わずか数年で「全国最強」の剣士になった。


 弟子志願者は後を絶たず、もとの職も辞めて、

 今では四六時中、自分を鍛えるか他人をしごくかの二択だけ。

 それ以来、僕は彼に対して、ほとんど《父さん》とは呼べなくなった。


 尊敬も、正直……もうできなくなってた。


 本来の日本での生活が続いてたら、「あとちょっと我慢すれば大学に進学して家を出られる」って、それだけを希望に耐えてた。


 だけど、運命はそううまくはいかなかった。

 僕たちは死んで、異世界に転生してしまったんだ。

 そんなことを思い出しているうちに、道場の扉の前に立っていた。


 《あの男》はもう中で待ち構えていた。


 客観的に見たら、僕たちの訓練は――狂気の沙汰だ。

 防具なんて一切つけない。

 木刀で、全力の打ち合い。それがうちの「稽古」。


「稽古」って言っても、実質、ほとんど僕が一方的にしごかれてるだけだけどね。

 彼の剣には特定の型がない。

 毎回、信じられない角度やタイミングで反撃してくる。


 それが理由で、彼の異名は《気まぐれの剣聖》。


 僕は木刀を握りしめ、対峙する。

 ……やっぱり、いざ目の前に立つとわかる。

 この人には、ほんの一瞬の隙もない。

 どこから攻めても、全部読まれてる感じがする。


「凛、どうした? 来ないなら、こっちからいくぞ?」


 ちっ、警告までされたら、もう迷ってられないか。


 僕は一歩、大きく踏み込み、身体を低くして構え――

 全身の力を螺旋状に込めて、真正面から突きを繰り出す!

 これは当たれば骨折もありえる本気の突き技だ。


 だけど――


 《あの男》は、左足を一歩だけ後ろに引き、上体を軽く右前へ傾けるだけで、それを難なく避けて見せた。


 ……やっぱり予想通りだった。だから、僕は足場をしっかり固めてた。膝の角度をほんの少し変え、次の瞬間――


 突きをそのまま横薙ぎの斬撃へと切り替える!これも訓練じゃまず使わないほどの強打。でも、相手が《あの男》なら……!


 パシッ!!


 ……木刀がぶつかった音が響く。彼は、ほんのわずかに腕を動かしただけで、僕の渾身の一撃を受け止めた。


 ――やっぱり、僕はまだ力じゃ敵わない。女の僕の力じゃ、大人の男にはどうしたって届かない。


「力は悪くないな。学校の訓練が効いてるようだ。……なら、次はお前が受けろ。」


 そう、ここまでは僕の攻撃を受けてくれてただけ。

 今からは――《あの男》の本気の反撃が始まる。

 くそっ……来るなら来いよ。


 僕は絶対、負けない!!


 僕の剣が思い切り弾かれた。慌てて後退し、すぐに重心を低くして防御の構えに入る。だが、そこからが本番だった。


 《あの男》は容赦なく斬りかかってきたのだ! 右の斜め上から、今度は左の斜め上、そして正面へ――一撃一撃がとにかく速い。しかも重い。


 一発でも受け損ねれば、洒落にならないほど痛い。だから、僕は全力で受け流し、逸らし、あるいは避けるしかなかった。


 《あの男》の剣をくらえば、必ず数日はアザが残る。それが一番の証拠だ。唯一の救いは、力加減が絶妙なことくらいだ。いくら痛くても、致命傷にならないよう調整されている。


 ――つまり、それが僕と《あの男》の、決定的な実力差ってわけか。僕がどれだけ全力を尽くしても、彼に一太刀すら通じない。でも彼は、僕を手加減したまま簡単に叩き伏せることができる。


 くそっ……毎日、《あの男》の剣筋を目で追い続けてきたってのに、まだ完全に読めないなんて……!一撃一撃が木刀ごしに腕へ衝撃を伝え、感覚がどんどん麻痺していく。


 そして――


「隙ありだ」


 痺れが指先にまで達した一瞬の油断を突かれた。彼は素早く屈み、僕の腹部へ横一線に木刀を振るった。剣で受ける時間なんてなかった。だからせめて腹筋を固めて、衝撃を少しでも和らげるしかなかった。


 だが――甘かった。


 その一撃は、僕の体内の空気をすべて叩き出すほどの威力だった。


「一度倒れただけで起き上がれないなら、せいぜいその罰を受けてろ!」


 そう言って、《あの男》は僕の腕、脚に追い打ちをかけてくる。

 痛みは涙が出るほど鋭い。もう反撃する力なんて残ってなかった。

 そして、最後の一撃で僕は完全に倒れた。


 両足が痛みで立たなくなり、その場に膝をついてしまう。

 痛みに慣れていたつもりだった。

 でも――無力さへの恐怖と、この暴力の理不尽さに、自然と涙がこぼれた。


 ……だけど、《あの男》はまったく気にしなかった。軽蔑するような目で僕を見下ろし、怒鳴りつける。


「泣く? 泣いてどうなる? 役に立つのか? 今日のお前は全然集中できてないな。こんな早くに倒れるなんて。……立てよ! 本気を出してないくせに、なんで地面に這いつくばってるんだよ!!」


 もう、僕には膝を抱えて耐えることしかできなかった。

 肉体の傷で心がすでにボロボロなのに、

 その上で精神まで容赦なく踏みにじられる。


 毎回そうだ。こうして何かが壊れていく感覚がする。


 お願い……お願いだから、早く終わって。

 この時間が、早く、過ぎ去って……。

 誰か……誰か助けてよ。


「まったく、なんで俺の娘はこんなにも弱いんだ!!! 立ち上がらないなら、また打ち続けるぞ!!」


 まただ――! あいつの望むように動かないと、また殴られる!

 僕は慌てて体を丸め、防御の姿勢を取るしかなかった。

 本当に……なんで、なんでこんなこと、いつまでも終わらないの!?


 僕、何を間違えたっていうの!?

 頼むから、許してくれよ!!!!

 誰か、頼む、誰か……


「世界はお前の思い通りにはならん。立ち上がれないなら、せめて耐えることを覚えろ!」


 僕の視界の隅で、木刀がゆっくりと振り下ろされてくる。


 目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばる。

 ――また、痛みに耐えるだけの時間が来る。そう思っていたのに。

 ――でも、その時。聞こえたんだ。


「俺は……お前なんかに好き勝手させないぞ、このクズ野郎!」


 ドガァンッ!!


 衝撃音が響いた。

 でも、痛くなかった。僕の身体じゃなかった。

 震える手で、ゆっくりと目を開ける。


 するとそこには――安心できる、あの広くて頼れる背中があった。


「遅れてごめん。でも、もう君を彼に傷つけさせない!」


 ――それは、《藤原瑛太》だった。


 僕の目からは、もう涙が止まらなかった。滝のように流れ落ちる。


「瑛太……瑛太君助けてよ……!」


「当たり前だよ、凛!俺に任せて!」


皆さま、こんにちは。いつもご愛読いただき誠にありがとうございます!


今回は凛の最も深い恐怖について描かせていただきました。何度も構想を練り直し、僕なりに考え抜いた末に、これこそが凛というキャラクターが男性を苦手とする最も現実的な理由なのではないかと感じております。


あのような扱いを受ければ、誰しもが無意識に、似た特徴を持つ相手に恐怖を抱いてしまうのではないでしょうか。たとえそれが「性別」という一要素であっても——。


次回は、瑛太がこの夢の中から凛を救い出す展開になる予定です。ぜひご期待くださいませ!


「見逃したくない!」という方は、ぜひブックマーク登録もよろしくお願いいたします

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