第53話 :「初めての共闘、そして正式な《仲間》への承認」
あの瞬間、俺たち三人は並んで立っていた。背後には、今も膝をついたままの梓の姿があった。
彼女の身体はまだ震えていた。それは、精神が崩壊の縁で必死に抗っている証だった。だが——俺たちには、彼女が立ち直るのを待つ時間は残されていなかった。
あの怪物は、まだそこにいる。
闇の中から再び浮かび上がったその怪物は、紅蓮のように燃える双眼を爛々と輝かせ、人間には到底できない不気味な笑みを浮かべていた。
それはもはや生き物などではない。凛と梓の心に巣食う絶望が形を成した、異形の執念——幻像の具現体だ。
「来いよ……二度も死ぬ気はない。俺たち三人でこの幻像の怪物をぶっ倒すぞ!」
俺がそう叫ぶと、
「うん、瑛太さん! 今は梓が戦えないから、私たちだけでさっさと片付けよう!」と、美月が言った。
「えっ!? 美月、喋れたのか!? さっきまで“にゃー”しか言えなかったじゃないか!」
凛が驚いたように声を上げた。まあ、ついさっきスキルで繋がったばかりだったし、無理もない。でも今は説明している暇はなかった。
俺は一歩踏み出し、深く息を吸う。枯れ果てたはずの血が、戦意と共に再び沸き上がるのを感じた。
「凛、説明は後だ。今は俺の戦術指揮に合わせろ。美月、お前は攪乱を頼む。」
「わ、わかった……って、ちょっと待って、何これ!? 視界に情報がいっぱい出てきて混乱するんだけど!」
彼女の視界に、俺が共有した戦術情報が映し出される。もはや言葉で説明する時間も惜しい。
だが、彼女たちは何も言わずに——もう動き出していた。
凛は地面を蹴って疾走した。あまりの速度に残像すら残らず、その剣は斜め上から怪物の喉元を正確に狙って振り下ろされる。
怪物は幽霊のように身をひるがえし、右腕を骨の刃へと変えて反撃に出た。
「——そう簡単にはいかない!」
俺は叫び、瞬間的に間合いに飛び込んで、剣を横に振るって怪物の腰に打ち込む。俺の力は生前の凛には劣るが、今の俺は不死者。怪物の反撃を食らっても後退しない。
「(セイクレッドバリア)!」
俺の全身を神聖な盾が包み、構えを取った直後、怪物の骨の刃が唸りを上げて襲いかかる。
バキィッ!
鋭い音と共に、その刃は俺の顔の脇をかすめ、腐った肉を数本削ぎ取った。だが——このバリアは、ダメージを約半減させる。俺ならまだ耐えられる!
その隙を逃さず、凛が宙を舞い、上空から斬撃を叩き込む。怪物は咄嗟に腕で防いだが——その背後にいた猫には気づいていなかった。
「にゃっ!(アイスクロウ)!」
美月だ! 凛の肩から跳び上がった彼女は、氷をまとった爪で正確に怪物の右目を引っかいた!
ぶしゅっ!
白い体液が勢いよく噴き出す!
「グギャアアアアアア!!」
右目を潰された怪物は、狂ったようにのたうち始めた。
「ナイス、美月……次は(斬心・一之突刺)だ!」
凛がその隙を逃さず、迷いなく剣を突き出す!空気を裂いたその一撃の後、「ガキィン!」と乾いた音が響き、怪物の右腕が——斬り落とされた!
だが、敵はそれでも怯まなかった。
狂ったように咆哮を上げ、四肢で地を駆け、まるで獣のように飛びかかってきた! 尾骨は鋭い骨槍へと変化し、俺に突き刺さらんと迫る!
「瑛太さん——っ!!」
避けきれない。咄嗟に腕を前に出して防御するしかない!
「やらせないよ、怪物!藤原君に(守護の盾)!」
凛の声が響いた瞬間、俺の目の前に、淡い光を放つエネルギーの盾が展開された。それは儚くも見えたが——
ドンッ!!! ドゴォン!!!
その盾は、一瞬で砕け散ったが、かろうじて攻撃の勢いを削いでくれた。
だが——
「ぐっ……ああああああっ!!」
残った衝撃は、俺の全身を壁に叩きつけるのに十分だった。
背中に衝撃が走り、激痛で意識が遠のきかける——だが、それでも俺は、怪物の骨の槍を両手で掴み、離さなかった。
「凛!今だ!」
「……もう二度と、僕の仲間を傷つけさせはしない!(セイクリッドコンボ)!!」
凛の怒声が響くと同時に、彼女の刀身がまばゆい光を放ち、三連の斬撃が滝のように怪物へと襲いかかる!
刃が振るわれるたび、光の軌跡が空を裂き、怪物の体に深く刻まれていく。
俺はなおも動きを止められた怪物の尾に短剣を突き刺し、全力で押さえ込んでいた。
「……たとえ僕がもう“人間”じゃなくても……まだ剣を握れる。まだ……皆を守れるんだ……!絶対に……この迷宮に、僕たちの心を壊させやしない!」
凛の最後の斬撃が、閃光となって怪物の首元を貫いた。その瞬間、怪物の上半身がまるで陶器のように砕け散り、爆ぜるような音とともに黒煙が宙に舞った——。
轟!!!
濁っていた空気が、一気に澄みわたった気がした。俺は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちる。
耳に届くのは、自分の荒い呼吸と、そして——
「藤原君……よく頑張ったね。」
凛が少し照れたように、そっと手を差し出してきた。
俺はその手を見つめる。あの、どこか人と距離を置いていた凛が、今、震える指先で俺に触れようとしている。
彼女もきっと、怖かった。
だけど、それでも……逃げなかったんだ。
「……ありがとう、藤原瑛太君。君が来てくれなかったら、僕……本当に危なかった。」
一瞬、俺の思考が止まった。今、彼女は俺のフルネームを呼んだ。
この世界が始まって以来……彼女がこれほどまでに、俺の存在を完璧に、そして公式に認めたのは初めてだ。
これは「仲間」としての当然ではなく、一人の「信頼できる存在」としての、真の「承認」だった。
美月が俺たちの間にぴょんと跳び乗り、「にゃぁ」と疲れたような、でも安心したような声を上げた。俺は思わず笑って、彼女の小さな頭を優しく撫でる。
「凛、次は——梓を取り戻しに行こう。」
「……うん。」
彼女は静かに頷き、視線をあの暗がりの中、まだ蹲ったままの少女へと向けた。
そして——
次なる“戦い”が、幕を開ける。
皆さま、こんにちは。
今回のエピソードも楽しんでいただけましたでしょうか?
今回は、凛と梓が異世界で初めて登場する回となっております。
お二人のことを少しでも印象深く、そして理解を深めていただけたなら幸いです。
彼女たちがなぜこのような状況に巻き込まれているのか──
その理由は第二章にて明かされていきますので、気になる方はぜひご評価やブックマークをして、今後の展開を楽しみにしていただければと思います。
なお、明日も更新を予定しておりますので、どうぞお見逃しなく!