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第48話 :「二人の阿吽、そして暗道の先」

 ——進むべき道は、あまりにも静かだった。


 第一層で散々苦しめられた罠や分岐の連続とはまるで違い、この第二層の通路はただひたすらに真っすぐ。


 安全とも言えるけど、それ以上に……不気味だった。こんなに順調な迷宮なんて、絶対に何かがおかしい。


 前方を歩いていた美月が、ぴたりと足を止めた。猫耳が微かに震え、《第六感》のスキルが何かを察知した証拠だ。彼女はこのパーティにおける“魔法使い兼シーフ”だ。


 感知能力に優れ、探知も索敵もお手の物。危険の兆しを感じた時は、即座に俺が代わりに前に出る。第一層の罠地獄を踏破した今となっては、そういう役割分担が自然と出来上がっていた。


「瑛太さん、聞こえましたか……?」


「……床の、あの不自然な震動か? 進むべきか迷うけど……」


「進むしかないと思います。というより……前に進まないとダメな気がするんです。」


 美月は真剣な眼差しでそう言った。


 彼女の直感と、俺の運勢を底上げするスキル。このふたつの組み合わせは、これまで幾度となく俺たちを救ってきた。ならば今回も信じよう。


 俺たちは震動の方向へ進み、魔素の流れがほとんど消失した一角へとたどり着いた。壁に這う銀紋の蔓は輝きを失い、周囲の空気もまるで死んだような静けさ。


 まるで、何者かの手で“遮断”された空間。


 角を曲がると、そこには半開きの石扉があった。扉には古代文字のような模様が刻まれていたが、その中心にだけは、俺にも読める文があった。


【ゴーレムの試練室】


 美月と目が合う。


「……名前からして、すでに嫌な予感しかしないね。」


「うん、ボス戦の匂いがする、瑛太さん。」


 俺は黙って短剣を抜いた。石の扉が音を立ててゆっくりと開かれ、鼻を刺すような腐敗の臭いと、胸を押し潰すような“圧”が一気に押し寄せる。


 まるで、鼓動そのものを重くさせるような戦場のプレッシャーだった。部屋は、第一層のボス部屋よりも遥かに広く、天井も高い。


 四本の巨大な石柱が空間を支え、その中心——


 そこに、“奴”はいた。全身を黒金の甲殻で覆った巨体。溶岩のように赤く燃える双眼を持つ、巨大なゴーレムが、ゆっくりとこちらを睨みつけていた。


「ゴーレム・キング……!」


 それが立ち上がった瞬間、大地が唸るように震えた。


「瑛太さん! 溜め動作入ってます!」


「分かってる! (セイクリッドスラッシュ)!」


 俺は神聖魔法と剣技を融合させた必殺技を一気に解放し、奴の肩口を斬りつけた。だが——硬い。とてつもなく硬い。今までのどの敵よりも遥かに分厚い殻。


「(ファイアースピア)……(ウィンドスピア)……(ツインフュージョン)!」


 美月が詠唱を終えた瞬間、火と風の槍が融合し、旋風のような魔力の矢となってゴーレムへと突き刺さる!


 ——だが、それでも。


「グオオオォォォ!!」


 ゴーレム・キングは一吼えし、その身体に張り巡らされた魔力のバリアが、ツイン魔法を弾き返した。信じられない。あの強化魔法でさえ、まともにダメージが入らないなんて……!


「これ、ボスランクだな……!」


 俺たちは互いに視線を交わし、一気に距離を取る。


 敵のパターンを見極め、攻撃、回避、連携、再蓄力──何度も繰り返しながら少しずつ攻撃を通していく。


 俺は《黒曜石の短剣》を手に持ち替え、何度もその隙を狙ったが、奴の防御は完璧だった。


 それでも、たった一瞬のタイミング。奴が攻撃の動作を終えた刹那——


「今だっ!」


 短剣を跳ね上げるように持ち、胸部の装甲の継ぎ目——微かに露出した魔石の気配を捉える。


 ズバンッ!!


 音と同時に火花が飛び散り、刀身が魔石へと突き刺さる。


 そして——


「ギィィイイイイィィィイィィ!!」

 そして、ふと目を向けると、倒れたゴーレム・キングの残骸から、淡く光る魔石の欠片が転がり出ていた。それを拾いながら、俺は静かに呟く。


 ──倒れた。やはり今の俺たちなら、二人で協力すればDランクの魔物くらいなら楽に倒せるだろう。


 息を切らす音が虚ろな部屋に響く。いや、俺は疲れても息なんか切れない体質だけど……隣で猫耳をぴくぴく震わせながら、肩で息をしている美月の姿に、つい釣られてしまった。


「……終わった、よな?」


 俺が問いかけると、美月は小さく頷いた後、ふと尾をゆらしながら前を指し示す。


「……一時的にはね。でも瑛太、あそこを見て?」


 彼女の尾の先を追うように、俺は視線を奥の壁に向けた。


 ──あれか。


 部屋の奥、一面が規則正しく並んだ古代文字の石レンガで覆われている中、ただ一つだけ……そこだけが浮いていた。魔力の流れがない。不自然な沈黙。まるで“意図的に隠されたもの”のように。


 俺は警戒しつつも近づき、その石をそっと押した。


 カチッ。


 かすかな震動とともに、壁の一部が音もなくスライドする。現れたのは、螺旋状に下へと続く階段──暗闇に包まれていて、灯りはない。けれど、風に乗って漂ってくるのは、血や腐敗ではなく、不思議と清らかな香りだった。


「……これは?」


「わかんない。でも罠じゃなければ、隠し通路の可能性もあるかも。」


 美月が慎重に返す。俺は念のため、空間全体に意識を集中させて(森羅万象)を発動。


「……反応なし。俺のスキルが何も感じないってことは、ここには罠はないってことだ。」


 かつてあれだけ地雷踏みまくったおかげで、今や俺は完全な罠センサー体質。反応がないなら、それは本当に安全なのだ。


 俺はもう一度、倒れたボス──ゴーレム・キングの亡骸を見下ろす。派手に砕けた魔石の残骸がまだ微かに光を放っていた。それから、美月の方へ視線を戻す。


「……行ってみるか?」


 問いかけると、美月はまるで猫が初めて見る世界地図でも見たかのようなキラキラした目で、無言のまま力強く頷いた。


「当然でしょ? それが迷宮ってものでしょ? ……それに、行かなかったら、きっと一生後悔する気がする。」


「──なるほどね。」


 俺は思わず苦笑して、短剣を鞘に収めた。


 腰から照明用の魔石を取り出し、目の前を照らす。俺自身は《暗視》スキルがあるから問題ないけど、美月は普通の視力だからな。


「ちょうどいいさ。俺ってさ、失敗よりも、後悔の方が嫌いなんだよ。……行こうぜ、美月。」


「うんっ!」


 俺たちは並んでその深き扉へと一歩を踏み出した。


 そして──この瞬間こそが、第二層の“本当の始まり”だったのだ。


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