第46話 :「初めての迷宮第二層、道すがら猫と気ままに散歩」
寒気が糸のように肌に絡みつく中——
数日間の迷宮探索を経て、俺、藤原瑛太は星野美月と共に、ついに第二層へと足を踏み入れた。ついさっき、ようやく第一層のいったい何区画目かもわからないエリアを突破したばかりだ。
第一層の広さは、東京ドームと同じくらいだろうか。そこからさらに細かく複数の区域に分かれていて、探索はとにかく牛歩。
しかも進めば進むほど、罠の数も魔物の数も増えていくだけで、特に目新しい発見なんてなかった。
途中でいくつか宝箱も開けたけど、中身は魔導書とか、白紙の手記帳と羽ペンとか、あるいは聖水ポーションみたいなものばかりで……
すぐに使えそうなモノは、ひとつしかなかった。
(進化炉)だ。
(進化炉:Bランク稀少アイテム。武器を上位に進化させ、効果を引き継がせることができる。進化可能上限はBランクまで。ベースとなる武器には戦闘経験が必要で、進化段階に応じた同種武器と同ランクの魔石を生贄として捧げる必要がある。本体も素材を集めれば進化可能。)
……どう考えてもチートすぎる。
理論上、同じ武器をBランクまで強化できる最強クラスの代物だ。今のところ、女神様から最初に授かった《黒曜石の短剣》を、すでにCランクまで進化させた。あの短剣、見た目は地味だけど、意外と奥が深い。
それから、道中拾った魔導書のおかげで、精神力と魔力の違いもちょっとだけ理解できた。ゲーム用語で言えば、どちらもエネルギーではあるけど、別物だ。
精神力は、精神活動によって発生するエネルギー。俺の場合、女神様に祈ればすぐに回復するのが利点だ。回復魔法の詠唱にも使えるし、消耗しても祈ればすぐにチャージ完了。便利にもほどがある。
俺の(神聖魔法)も、スキルの進化によりかなりの熟練度に達した。MP回復、HP回復、攻撃力強化、状態強化——万能すぎて笑うレベル。
本当にありがとうございます、女神様!俺、一生あなたの信者です!!これからもよろしくお願いします!
そして魔力のほうは、肉体から発せられるエネルギーらしい。こちらは自然回復が遅く、いくつか手に入れた魔力回復ポーションでようやく補える程度だ。
第五区域のボスも無事に撃破して、大きな苦戦もなく乗り越えた今——
俺たちは、期待に胸を躍らせながら、ついに第二層へと足を進めていた。
踏みしめる床は鏡面のように滑らかで、まるで一歩ごとに、別の自分に踏み入っているような錯覚を覚える。
「瑛太さん……なんだか、さっきの階よりもずっと……空気が重たい、です……」
美月が眉を寄せ、俺の足に尾をきゅっと絡ませてくる。その毛並みの柔らかさが、やけに現実味を帯びていた。距離は縮まったけど、美月が「瑛太さんの方が落ち着く」って言うから、そのまま呼ばせてる。
周囲は不気味なまでに静まり返っている。風なんて一切吹いていないのに、どこからともなく、ぼんやりとした声が耳に届く。まるで、子供時代の笑い声。あるいは、夢の中で聞いた誰かの名前。
「離れるなよ。」
俺は低く声をかけ、鷹のような視線で周囲を警戒しながら前進を続ける。
……第二層だから、てっきり地獄のような難易度だと思っていたんだけど。歩き出して三十分ほど経ったあたりで、今のところ一番危険だったのは——
美月の尻尾が俺の足に強く巻きつきすぎて、トラップに落ちかけたことだった。
「ちょ、ちょっと! 瑛太さん、何ボーッとしてるんですか!? 足元、ちゃんと見てくださいっ!」
銀色にかすかに輝くその尾が、俺の視界の端をまたも通過する……俺、まだ生きてたら間違いなく鼻血出してると思う。
でも、残念ながら俺はもうゾンビに進化してる。鼻血は出ないし、そもそも鼻の半分は腐ってる状態だ。
第二層に足を踏み入れたとき、空気の質自体は第一層と大差ない。
ただ、より濃縮された“魔素”が漂っていた。湿った森林のような匂いに、どこか圧迫感を覚える。石壁には、苔の代わりに銀色の光を帯びた蔓植物が張り付いている。
微弱な魔力の流れが感じられたので、俺はノーマルな視界モードでそれを確認する。
……あれは“静的生物”だ。攻撃性はなく、動かずに魔素を吸収することで生きている。少なくとも、こちらから手を出さない限りは無害なはずだ。
ちなみに、人体に流れるエネルギーは魔力と呼ばれ、大自然のエネルギーは魔素と称されます。
俺が先頭を歩き、その左隣に美月がついてくる。その姿は、今にも茂みに飛び込みそうな猫そのもの。
……いや、そもそも彼女は猫だ。
Eランク魔物の進化は、どうやら難しいらしく、俺も美月も初回のボス戦以降は未だに進化できていない。
——でも、まだこれからだ。
冒険は、ようやく本番に入ったばかりなのだから。