第44話 :「《勇者編》 尊き謝罪と、力を御せぬ躊躇」
その時、三度目のノック音が扉の向こうから響いた。
現れたのは、整った身なりのメイドさんだった。手には装飾の施された木箱と、一通の封筒。
「望月澪さま。私は第一王女エレノア殿下と、ウィリアム・フェルム伯爵の使いとして参りました。こちらはお二人の連名による謝罪の品とお手紙でございます。どうぞ、お納めください。」
私はエミリアさんと目を合わせ、静かに封筒を受け取った。指先に触れた瞬間、ほのかに魔力の残滓が感じられた――これは、間違いなく王族の封印。……やっぱり、魔力感知が前より鋭くなっている。
封を切り、手紙を開くと、整った筆跡が目に入った。
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勇者・望月澪殿下へ
まず初めに、今回の決闘において貴殿が被られた不当な扱いと深い傷に対し、リオン王国を代表して心よりお詫び申し上げます。
決闘とは、本来、公正と名誉のもとに行われるべき神聖な儀でございます。
しかしながら、我が家臣ウィリアム・フェルム伯爵がその誓約を破り、上級魔法を無断で行使したことは、決闘の礼法を著しく損ない、貴族として決して許されるものではございません。
規律を守るべき者が掟を破ること、そしてそれによって決闘の尊厳を汚すことは、誠に遺憾に存じます。
よって、我らはウィリアム伯爵に命じ、彼が所持する最強の魔剣――
《カレイド・グレイヴ》を、貴殿に譲渡させていただくことといたしました。
この剣は、代々フェルム伯爵家に伝わる名剣にして、巨大な魔力を吸収・蓄積・放出するという、極めて強力な固有能力を有しております。
ただし、その魔力吸収の特性ゆえ、使用者自身にも相応の負荷がかかるため、強き意志を持つ者でなければ、制御することはできません。
また、今回の一件につきましては、私個人としても深く恥じ入る所存です。
ささやかな償いとはなりますが、エミリア・ホワード嬢のために、王族の秘蔵書より《ルミナス古代魔法集》を一冊、進呈させていただきました。
彼女がこれより学者の道を歩まれる上で、微力ながらお役に立てばと願っております。
未だ至らぬこの王国を、どうかお許しいただければ幸いに存じます。
貴殿がこれより歩まれる旅路が、世界を照らす真の勇者としての道となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
リオン王国第一王女
エレノア・リオン
代筆:ウィリアム・フェルム
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一瞬、私は息をのんだ。
贈り物のせいじゃない。この手紙の「口調」――それが、私の予想を裏切っていた。
王国にありがちな、上から目線の文体ではなかった。そこには、確かな誠意と理解があった。
私の視線は、木箱の中に収められた魔剣へと移った。
蓋を開けると、銀の刀身が虹色の光を微かに反射する長剣が、静かにそこにあった。派手さはないが、ただそこにあるだけで空気が張り詰めるような、重厚な気配。
「……これは、普通の貴族装備じゃないよね。」真白さんが低くつぶやいた。
「はい……まさか、こんなものまで譲ってくれるなんて。正直、驚いています。」
私は静かに息を吐いた。
「そうなの? 澪は気づいてないかもだけど、倒れた後のこと、知らないでしょ? エレノア王女殿下、澪が倒れたあとすぐに澪の勝利を宣言して、みんなの前でウィリアムが賠償すべきって言ってくれたんだよ。……あの王女、悪い人じゃないと思うよ。」
「……そう、なんですね。」
私は、すぐには剣に手を伸ばせなかった。
――私に……この剣を使いこなせる資格があるのか。自分の信念すら、未だに揺らいでしまうのに。でも、これは王国からの“答え”なのだと思った。
彼らは、頭を下げてきた。――簡単にできることではない。
そしてエミリアさんは、両手で魔法書をそっと抱きしめていた。表紙の宝石が光を反射している。王族の蔵書なんて、夢のまた夢だったはずなのに。
「この本……中身、すごいんです。失われた魔法ばっかり……こんなもの、手に入るなんて思ってもみなかった。」
彼女は涙ぐみながら、私のほうを見て微笑んだ。
「……全部、澪のおかげだよ。」
私は答えず、ただ、シーツの端をぎゅっと握りしめた。この剣も、この本も――ただの贖罪の品ではない。それは、「私たちの存在」を、否応なく認めたという証だった。
王国全てが変わるとは思っていない。でも――
少なくとも、この国の中に、「届いた人」がいた。
……それだけで、私は、少しだけ救われた気がした。
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