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第42話 :「《勇者編》決闘の凱歌、そして第一王女の独白」

 蒸気と砕けた魔力が舞い散る闘技場の中心で、望月澪はゆっくりと崩れ落ちた。


 手に握っていた剣が彼女の指先から滑り落ち、重々しい音を立てて地面に転がる。


 彼女の呼吸はかすかに残っていたものの、すでに意識はなく、顔色は蒼白。衣服は破れ、全身に傷を負い、魔力は完全に枯渇し、体力も限界に達していた。命の灯火さえ、今にも消えかけていた。


 そしてそのまま、彼女は静かに地に倒れ込んだ。


「澪……!!」


 最初に駆け寄ってきたのは、すでに涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたエミリアであった。彼女は澪の傍らに身を投げ出し、そっとその頭を両手で支え、何度も頬に涙を落とした。


「どうして……澪……! どうして私のために、こんなことまで……!」


 胸の奥から溢れ出る嗚咽を抑えることなく、彼女は澪をしっかりと抱きしめて泣き崩れた。


 エミリア・ホワード。由緒ある貴族家に生まれた彼女は、幼い頃から両親のエリート主義の教えを受け、常に周囲の人間を「競争相手」として見なす環境で育った。


 両親の結婚も愛情ではなく、家門の維持という目的の政略によるものであり、当然ながら愛情のある家庭ではなかった。


 そんな中で生まれたエミリアは、「家のために生まれた存在」であり、誰からも深い愛情を注がれることなく育ってきた。


 だからこそ、彼女は本物の友情を渇望していた。


 現実から逃げるように、幼い頃から大好きだったアニメの本場・日本へとやってきた彼女は、そこで初めて「望月澪」という友人に出会う。


 だが、その矢先に突如として訪れた異世界への転移――しかも、彼女が最も愛していた物語のジャンルである「異世界召喚」という形で。


 そして、貴族によって婚約を強制されそうになった時、助けに現れたのがその友人、望月澪だった。

 いま、エミリアが流す涙は、単なる戦いの傷による心痛ではない。


 それは、命を懸けて自分を守ってくれた親友への想い、そして何より、生まれて初めて「真実の友情」というものに触れた感動の涙でもあった。


 間もなく、鈴木真白と泉梨香も駆けつけ、二人はすぐに澪の外傷の手当を始め、待機していた治療班を呼び寄せた。


 《治癒師》の職業を持つ者たちが集まり、澪の体に癒しの魔法を施していく。


 一方、貴族たちが見守る観客席は、異様なまでの静けさに包まれていた。


 誰一人、勝敗について声を上げる者はいなかった。


 その理由は明白だった――この戦いにおいて、誰が勝者かなど、もはや議論の余地すらなかったからだ。


 それ以上に、彼らは「信念の力」というものの具現を、その目で確かに見たのだった。


 ほどなくして、数名の王国医官が担架を運び入れ、澪を慎重に乗せ、王宮内の治療室へと搬送していく。


 その間、エミリアはずっと澪の手を握りしめ、決して放さなかった。


 そしてその時、礼服に身を包み、象牙の杖を手にした一人の少女が、静かに闘技場へと足を踏み入れた。


 黄金の髪は陽光を受けて冷たく輝き、その瞳は湖のように澄んでいた。


 彼女の名は――エレノア・リオン。リオン王国の第一王女である。彼女は場内を静かに見渡し、そして人々の視線が集まる中、凛とした声で高らかに宣言した。


「この勝負――異世界の勇者、望月澪殿の勝利とする。」


「今この時より、王国貴族ウィリアム・フェルム伯爵は、

 決闘の誓約に基づき、エミリア・ホワード嬢に対する全ての婚約および請求権を放棄するものとする。

 また、異世界から召喚された少女たちに対して、再び接触を試みてはならない。

 彼は一方的に決闘の規則を破ったため、望月澪殿への補償を行う義務がある。

 その補償内容は、私の確認を経て、王族である私を通じて本人に渡されることになる。」


「本決闘の結果は、王国法に基づき正式なものとして記録され、リオン王家の名の下に証明される。

 よって、この結果に対する異議は一切認められない。」


 エレノアはその言葉を締めくくると、手にした象牙の杖を静かに地に打ち鳴らした。硬質な音が場内に響き渡り、闘技の決着を高らかに告げる。


 その声には揺るぎなく、冷静で、威厳に満ちた力があった。誰一人として、それに反論できる者はいなかった。


 そして、その瞬間――


 望月澪。異世界より来た一人の少女は、生まれて初めて、「自分自身の手で掴み取った勝利」を手にしたのであった。


 その夜。時刻はすでに深く、王都の喧騒もすっかり静まり返っていた。


 ——————————


 エレノア・リオン王女は、ひとり王宮の高塔にあるバルコニーに立ち、夜空を見上げていた。


 手には、今日行われた決闘に関する報告書が握られており、そこにはまだ乾ききっていない墨の跡が残っている。


 もう片方の手には、赤ワインの注がれたクリスタルの杯。


 長らく口にしていなかったそれを、彼女は静かに傾けながら、ゆっくりと報告書に目を通していた。


 やがて、ふう……と小さく息を吐き、まるで空気に語りかけるように、あるいは、いまだ目覚めぬ《勇者》に語りかけるように、そっと呟いた。


「私は……最初、あなたを特別な存在とは思っていませんでした。ただの異世界の少女であり、私たちの世界の都合によって無理矢理呼び出された存在。『勇者』という肩書を与えられたところで、どうせこれまでと同じ。権力者に利用され、王国の闇に押し潰され、そして……やがて誰にも知られず消えていくのだと。」


 そう言いながら、彼女はそっと目を閉じる。脳裏に浮かんだのは、


 決闘の中で見せた望月澪の、燃えるような瞳。

 あれは演技ではなかった。戦いの技術でもなかった。

 ただひたすらに、揺るがぬ「意志」の力。


「……でも、あなたは違いました。あの一戦で、あなたはこの国に知らしめたのです。

 この国を動かすのは、強力な魔法だけではない、と。

 貴族たちの言葉だけが、運命を決めるわけではない、と。」


「あなたの剣は、誰かのために振るわれた。

 あなたの魔法は、信念で構築された。

 ――そんなあなたこそが、本当に『勇者』と呼ぶにふさわしい。」


 彼女は夜空を仰ぎ見る。その視線はどこか遠く、そして深い。

 声は次第に、穏やかに、けれどどこか哀しみを帯びていた。


「……でも、あなたはこの国には属さない。」


「この国はすでに、操りやすい《勇者・新田翔太》を選びました。

 これからは、彼を私の三番目の妹であるアリシア・リオンが世話をします。


 私は彼らの動向を全面的に監督する立場となり、

 せめてあの《勇者》が貴族たちの闇に染まらぬよう、全力を尽くすつもりです。


 そうでなければ、女神様が語られた『過去の滅び』を、私たちはまた繰り返すでしょう。

 この危機を乗り越えられなければ――滅ぶのは王国だけではありません。

 人類という文明そのものが終わりを迎えるでしょう。」


 そこでエレノアの眉がわずかに寄せられる。彼女の表情には、悲壮な決意とともに、国内に蔓延る愚かさへの憂いが滲んでいた。


「この王国は……あまりにも重く、腐敗し、鈍くなりすぎました。国家の根幹を揺るがすような衝撃でもなければ、ほんのわずかな改革すらも叶わない。」


「私は、そう簡単にこの国を変えることはできません。

 もはや期待すらしていなかった……ですが、あなたが《希望》を見せてくれました。

 だから私は、もう一度足掻いてみようと思います。

 私が愛するこの国を、私の故郷を、利己的な貴族たちの手で壊されるわけにはいきません。」


 そして彼女は、夜空の彼方、はるか東方にある大陸――「連邦」へと視線を向けた。

 その瞳に宿るのは、祈りと、願いと、わずかばかりの未練。


「あなたが向かう連邦には……まだ、変革の可能性があります。」


 彼女は背を向け、静かに歩き出す。

 そして去り際、かすかな吐息のように、最後の言葉を落とした。


「どうか……あの地で、真の光となってください。

 私たちの王国が、けっして手にすることのなかった《希望の象徴》として。

 ……私はこの泥の中でも、できる限りの力を尽くし、戦い続けます。」

皆さま、こんにちは。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


第一王女・エレノア・リオンに対する皆さまの第一印象、少しは変わったでしょうか?


もしそうであれば、とても嬉しく思います。


彼女は、ただ高い地位にあるがゆえに、祖国の未来を憂う一人の少女に過ぎません。


だからこそ、他の貴族たちが動き出す前に、自らの手で《勇者》を確保しようとしているのです。

――他の誰かに奪われてしまう前に。


少しばかり背景補足を挟ませていただきましたが、もし今回の内容を楽しんでいただけましたら、ぜひご評価やブックマークをしていただけますと幸いです。

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