第41話 :「《勇者編》暴走する力、そして初勝利」- 2
私は、土埃の中に膝をついたまま、肩を大きく波打たせて呼吸を整えていた。
——静寂。
……いいえ、違います。
これは「沈黙」ではなく、まるで喉を締め上げられるような、息苦しいほどの沈黙でした。
私の全身には、視線が突き刺さっていました。
さっきまであんなにも冷たく、見下すようだった彼らの目が……今では、まるで何かを打ち砕かれたように揺れている。
その戸惑いと驚愕が入り混じる視線を受けながら、私はようやく理解したんです。
——「勇者」とは、恐れを知らない人のことじゃない。
絶望の中でも、諦めずに立ち上がれる人のことなんだって。
……私は、最後の瞬間まで追い詰められて、やっと新たなスキルに目覚めました。
ゆっくりと顔を上げ、前を見据えました。
そこに立っていたのは——
ウィリアム・フェルム。
あの傲慢だった貴族の男は、今や蒼白な顔で、唇を噛み、破けたマントをひるがえしながら、腰から流れる血を止めようともせず、震える腕で木剣を私に向けていた。
「ありえない……女のくせに……!俺が女に……負けるはずが、ないんだ……!!」
彼の声は怒りに震えていた。恐怖ではない。
——プライドの崩壊に、耐えられない男の怒り。
「女のくせに」……その言葉を聞いた瞬間、私の意識はまたしても、戦闘状態に突入していました。勝手に魔力が活性化し、身体が……動き始めていたのです。
「決着は、まだついていない……!」
ウィリアムは低く唸り、魔力を解き放ち始めました。その様子は明らかに——暴走寸前。
「火の精霊よ……我が祈りに応えたまえ……?」
小さな呟きを繰り返す彼を、私は剣を支えながら睨み続けました。
……でも、その時気づいたんです。彼の口元に浮かぶ、あの——ルールも秩序も無視した狂気の笑み。
「俺は貴族だ。貴族が……こんな平民の女に、負けてたまるかよ!!」
彼は両手を広げ、上位魔法の詠唱を始めました。
空気が変わった——いや、張り裂けた。
全方位から押し寄せる魔力の嵐。
熱風が私の肌を刺すように焼き、呼吸すら困難になっていく。
——まさか……!
これ……これは、上級魔法!?そんなの……この場で使うなんて……!!
それは明らかに、王女との「正規の決闘」ルールに背く行為。
けれど——誰一人として止めようとしなかった。
審判は目をそらし、兵士たちは動かない。
観客席は静まり返り、貴族たちは、ただ冷笑している。
唯一、私の目に映ったのは——
エレノア王女の、かすかな怒りの表情でした。
そして——
「《フレイム・ジャッジメント》!!」
空が裂け、紅蓮の柱が天から降り注ぐ。それはまるで審判のような、全てを焼き尽くす絶対の火。
——逃げる時間なんてない。
考える余裕も、ない。けれどその瞬間、私の身体は……また勝手に動いていました。
「死ねぇぇぇぇぇッ!!女ァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ウィリアムの狂気と魔力が爆発する中、私の魔力もまた、限界を超えて流れ始めました。
焦りなんて、もう意味がありません。私の中に浮かぶ魔法陣は——もはや、私の理解を超えた世界のもの。
「《クインティプル・オーバー・アクアシールド》!!!」
叫びと共に、私の全信念が水となり、五重の魔力障壁が目の前に展開された。
——ドゴォォォォォォン!!!!!!
紅蓮の炎と、蒼き盾が空中で衝突する。光と音と、蒸気と熱風が、闘技場全体を包み込みました。視界は白く、耳はキーンと鳴り、熱さで肌が焼けるようだった。
けれど、私は立っていました。これが……私の選んだ道。
誰かに守られる存在じゃない。
誰かを守るために、戦う——私自身の意志で。
私はもう、ただの女子高生じゃない。
今この瞬間、確かに私はこの世界に、「勇者」として立っている。
私の足が、爆風に押されて後退する。両手のひらは砕けた瓦礫のように裂け、血が止まらない。それでも——私は、倒れなかった。
(消えない信念)。
このスキルが、まだ私の中で燃えている。
いいえ、もうスキルだけじゃない。
——これは私自身の怒り。
あの「女」という言葉を聞いた時から、私の中の炎はずっと、静かに、しかし確実に燃え続けていたんです……!
「うあああああああああっ!!」
私は蒸気の中から飛び出す。剣には高圧の水刃が宿り、私の魔力と意志が完全に同調していた。
「《トリプル・ウォーター・ファング》ッ!!」
三重の水の獣牙が私の剣から放たれ、獣のように咆哮を上げながらウィリアムへと襲いかかる。
「貴族であるこの俺を舐めるなァ!!《ファイアウォール》!」
ウィリアムは即座に炎の防壁を展開する。
だが、無駄です。
水は火に勝る。
たとえどれだけの魔力を注ごうとも——!
第一の牙が炎を貫き、第二の牙が壁を砕く。そして——第三の牙が届く直前、彼は剣を横に構えた。
「……!」
私の水刃が彼の剣にぶつかり、二つの牙が相殺されて霧散する。でも、私は止まらない!
彼の防御が崩れた、その一瞬を——私は見逃さなかった。
私は距離を一気に詰めた。
彼が次の魔法を詠唱する前に、決着をつける!!
「お前の命、ここで終わらせてやる!!勇者よォ!!《ソード・デッドリー・コンボ》ッ!!」
その剣が……光った。魔力が剣に集まり、火と風が同時に渦巻く。彼は——私の知らない剣技を発動させていた。
どうすればいいかなんて分からない。だけど——私の身体は、もう自分で戦っていた。
一歩、膝を曲げて腰を落とし、横なぎを避ける。
すぐさま上段からの斜め斬りを後ろに反らして回避。
そして——私は彼の剣圏を抜け、逆に、私の射程に入った!
「《一刀両断》ッ!!」
私の剣が、風を切る。彼も即座に木剣を構え、ガードしようとするが——
ガァン!!
私の一撃は重く、激しく、そして何よりも信念の力が宿っていた。その剣撃にウィリアムの木剣は真っ二つに折れ、彼の身体は後方へと吹き飛ばされた。
——ドォン!!
闘技場の壁に激突し、まるで人の形をしたようなひびが刻まれる。彼の鎧も、私の水刃で裂け、破れ、もう立ち上がる力すら残っていないようだった。
……私は、中央に立っていた。
呼吸が乱れ、意識が霞む。
魔力も体力も、既に限界を超えていた。
腕は痺れ、足も重くて動かない。
けれど。
私は——まだ、立っていた。
ウィリアムは、もう……立てなかった。
それが、全てでした。