表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/162

第41話 :「《勇者編》暴走する力、そして初勝利」- 2

 私は、土埃の中に膝をついたまま、肩を大きく波打たせて呼吸を整えていた。


 ——静寂。


 ……いいえ、違います。


 これは「沈黙」ではなく、まるで喉を締め上げられるような、息苦しいほどの沈黙でした。


 私の全身には、視線が突き刺さっていました。


 さっきまであんなにも冷たく、見下すようだった彼らの目が……今では、まるで何かを打ち砕かれたように揺れている。


 その戸惑いと驚愕が入り混じる視線を受けながら、私はようやく理解したんです。


 ——「勇者」とは、恐れを知らない人のことじゃない。

 絶望の中でも、諦めずに立ち上がれる人のことなんだって。

 ……私は、最後の瞬間まで追い詰められて、やっと新たなスキルに目覚めました。


 ゆっくりと顔を上げ、前を見据えました。


 そこに立っていたのは——


 ウィリアム・フェルム。


 あの傲慢だった貴族の男は、今や蒼白な顔で、唇を噛み、破けたマントをひるがえしながら、腰から流れる血を止めようともせず、震える腕で木剣を私に向けていた。


「ありえない……女のくせに……!俺が女に……負けるはずが、ないんだ……!!」


 彼の声は怒りに震えていた。恐怖ではない。


 ——プライドの崩壊に、耐えられない男の怒り。


「女のくせに」……その言葉を聞いた瞬間、私の意識はまたしても、戦闘状態に突入していました。勝手に魔力が活性化し、身体が……動き始めていたのです。


「決着は、まだついていない……!」


 ウィリアムは低く唸り、魔力を解き放ち始めました。その様子は明らかに——暴走寸前。


「火の精霊よ……我が祈りに応えたまえ……?」


 小さな呟きを繰り返す彼を、私は剣を支えながら睨み続けました。


 ……でも、その時気づいたんです。彼の口元に浮かぶ、あの——ルールも秩序も無視した狂気の笑み。


「俺は貴族だ。貴族が……こんな平民の女に、負けてたまるかよ!!」


 彼は両手を広げ、上位魔法の詠唱を始めました。

 空気が変わった——いや、張り裂けた。

 全方位から押し寄せる魔力の嵐。

 熱風が私の肌を刺すように焼き、呼吸すら困難になっていく。


 ——まさか……!


 これ……これは、上級魔法!?そんなの……この場で使うなんて……!!


 それは明らかに、王女との「正規の決闘」ルールに背く行為。


 けれど——誰一人として止めようとしなかった。

 審判は目をそらし、兵士たちは動かない。

 観客席は静まり返り、貴族たちは、ただ冷笑している。


 唯一、私の目に映ったのは——

 エレノア王女の、かすかな怒りの表情でした。


 そして——


「《フレイム・ジャッジメント》!!」


 空が裂け、紅蓮の柱が天から降り注ぐ。それはまるで審判のような、全てを焼き尽くす絶対の火。


 ——逃げる時間なんてない。


 考える余裕も、ない。けれどその瞬間、私の身体は……また勝手に動いていました。


「死ねぇぇぇぇぇッ!!女ァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 ウィリアムの狂気と魔力が爆発する中、私の魔力もまた、限界を超えて流れ始めました。


 焦りなんて、もう意味がありません。私の中に浮かぶ魔法陣は——もはや、私の理解を超えた世界のもの。


「《クインティプル・オーバー・アクアシールド》!!!」


 叫びと共に、私の全信念が水となり、五重の魔力障壁が目の前に展開された。


 ——ドゴォォォォォォン!!!!!!


 紅蓮の炎と、蒼き盾が空中で衝突する。光と音と、蒸気と熱風が、闘技場全体を包み込みました。視界は白く、耳はキーンと鳴り、熱さで肌が焼けるようだった。


 けれど、私は立っていました。これが……私の選んだ道。


 誰かに守られる存在じゃない。

 誰かを守るために、戦う——私自身の意志で。

 私はもう、ただの女子高生じゃない。


 今この瞬間、確かに私はこの世界に、「勇者」として立っている。


 私の足が、爆風に押されて後退する。両手のひらは砕けた瓦礫のように裂け、血が止まらない。それでも——私は、倒れなかった。


(消えない信念)。


 このスキルが、まだ私の中で燃えている。

 いいえ、もうスキルだけじゃない。

 ——これは私自身の怒り。


 あの「女」という言葉を聞いた時から、私の中の炎はずっと、静かに、しかし確実に燃え続けていたんです……!


「うあああああああああっ!!」


 私は蒸気の中から飛び出す。剣には高圧の水刃が宿り、私の魔力と意志が完全に同調していた。


「《トリプル・ウォーター・ファング》ッ!!」


 三重の水の獣牙が私の剣から放たれ、獣のように咆哮を上げながらウィリアムへと襲いかかる。


「貴族であるこの俺を舐めるなァ!!《ファイアウォール》!」


 ウィリアムは即座に炎の防壁を展開する。


 だが、無駄です。

 水は火に勝る。

 たとえどれだけの魔力を注ごうとも——!


 第一の牙が炎を貫き、第二の牙が壁を砕く。そして——第三の牙が届く直前、彼は剣を横に構えた。


「……!」


 私の水刃が彼の剣にぶつかり、二つの牙が相殺されて霧散する。でも、私は止まらない!


 彼の防御が崩れた、その一瞬を——私は見逃さなかった。

 私は距離を一気に詰めた。

 彼が次の魔法を詠唱する前に、決着をつける!!


「お前の命、ここで終わらせてやる!!勇者よォ!!《ソード・デッドリー・コンボ》ッ!!」


 その剣が……光った。魔力が剣に集まり、火と風が同時に渦巻く。彼は——私の知らない剣技を発動させていた。


 どうすればいいかなんて分からない。だけど——私の身体は、もう自分で戦っていた。


 一歩、膝を曲げて腰を落とし、横なぎを避ける。

 すぐさま上段からの斜め斬りを後ろに反らして回避。

 そして——私は彼の剣圏を抜け、逆に、私の射程に入った!


「《一刀両断》ッ!!」


 私の剣が、風を切る。彼も即座に木剣を構え、ガードしようとするが——


 ガァン!!


 私の一撃は重く、激しく、そして何よりも信念の力が宿っていた。その剣撃にウィリアムの木剣は真っ二つに折れ、彼の身体は後方へと吹き飛ばされた。


 ——ドォン!!


 闘技場の壁に激突し、まるで人の形をしたようなひびが刻まれる。彼の鎧も、私の水刃で裂け、破れ、もう立ち上がる力すら残っていないようだった。


 ……私は、中央に立っていた。


 呼吸が乱れ、意識が霞む。

 魔力も体力も、既に限界を超えていた。

 腕は痺れ、足も重くて動かない。


 けれど。


 私は——まだ、立っていた。

 ウィリアムは、もう……立てなかった。

 それが、全てでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ