第38話 :「《勇者編》絶望に呑み込まれても、私の希望の象徴を諦めない」
「立てないのか、勇者のお嬢ちゃん?」
「……なめないでくださいっ……!」
私は歯を食いしばりながら、再び立ち上がり、剣を胸の前に構えました。
どんなに苦しくても、どんなに不利でも、私は退くわけにはいきません。
「水の精霊さん……私の願いを聞いて、私のそばに水の力を集めて、敵を打ってください!《ウォーターボール》!」
私は魔力をぎゅっと込めて、大きな水球を彼の頭上に向かって放ちました。今回はわざと魔力を圧縮して加速させて、せめて視界を奪えたらと思ったのですが——
「ふんっ!」
ウィリアムは片手で木剣を振るうだけで、圧倒的な風圧で水球を粉々に砕きました。飛び散った水は、雨のように私の髪に降りかかります。
「魔法も剣も、使い方すらわかってないな。勇者様よ、剣はこう使うものだ!」
その瞬間、彼の姿がぶれたと思ったら、すでに目の前にいました。加速系のスキルでしょうか、常識外れの速さで、一気に十メートルも詰め寄ってきました。
「きゃああああああっ!」
私はとっさに剣を横に払いましたが、彼は軽々とそれを避け、逆に私の足首を掴み——
「きゃっ……!」
持ち上げて、そのまま地面に叩きつけられました。
一瞬、肺から空気が抜けて息ができなくなり、よろけながら立ち上がろうとした私の頬に、木剣が振り下ろされました。
「いっ……!」
焼けつくような痛みに、耳の中がジンジンと鳴り響きます。それでも私は必死に立ち上がろうとしましたが——
彼は待ってくれません。次々と、無慈悲な一撃が私の手、足、体に浴びせられます。
私は何度も倒され、何度も打たれ、それでも立ち上がり続けました。
全身がずぶ濡れで泥だらけ、震える手、震える脚……でも、私はわかってるんです。
ここで倒れたら……エミリアを守れない。でも同時に、思い知らされました。
この世界の戦いは……私の想像より、遥かに残酷だと。
私には、自分の「スキル」が何なのかすら分からない。魔法は全部、試験前の詰め込みのようなもので、伯爵にはまるで効かない。剣術なんて、彼の木剣ひと振りにも敵わない……。
私なんて、やっぱり「勇者」なんかじゃないんです。ただの普通の女子高生で、たまたま女神様に《勇者》って名札を貼られただけ。
「勇者ってのは、もっと強いもんだと思ってたが……。もう終わりだな、この茶番。」
ウィリアムが剣を高く掲げ、勝利を宣言するかのように構えました。
「……私は、まだ……負けてませんっ!」
私は叫び、最後の力を振り絞って、彼に向かって突進しました。剣を握り、振り下ろそうとした、その瞬間——
「愚かな足掻きだ。《ウィンドカット》!」
鋭い風の刃が私の体を吹き飛ばし、私は後方の石柱に激突しました。頭がぐらりと揺れ、視界が白く霞み、意識が暗闇に沈んでいく中——
最後に聞こえたのは、彼女の叫び声でした。
「澪!!」
その声が、私の胸の奥を貫きました。私は……倒れられない。
こんなところで、終わってたまるもんですか!
「……っ……まだ……!」
私は剣を地面に突き立て、何度目かもわからない、立ち上がりを試みました。
「おおっ、さっきので終わりかと思ったが……やるじゃねぇか、女。根性だけは褒めてやるよ、でもな——」
またしても、木剣が私の体に打ち込まれます。私が何度倒れても、彼は容赦しませんでした。
顔が熱い。口の中に、血の味。
剣を握る手は麻痺して震え、膝は地面の石で擦れて破けていました。汗と泥と水魔法の残り香が混じり、額から落ちる水滴が目に入り、視界がにじみます。
ウィリアムは少し離れたところで私を見下ろしながら、つまらなそうに言いました。
「これが勇者?笑わせるな……自惚れんなよ。」
彼の手が、再び上がります。
「《ファイア・スパイク》!」
足元から数本の火柱が立ち上がり、私は転がるようにして回避しました。
それでも、肩をかすった炎の熱さに、歯を食いしばりながら耐えました。
——その直後、彼の木剣が、容赦なく振り下ろされます。
バシッ!
剣の柄が脇腹に直撃し、肋骨が砕けそうな衝撃が全身を貫きました。
「ぐっ……あああ……!」
私はひざまずき、視界がぐらぐらと揺れます。意識が、遠のきそうになる——
その前に、様々なことが私の脳裏をよぎりました。
——これが決闘?
ふざけないでよ……こんなの、ただの公開処刑じゃない!
……私は……どうして、ここに立っているの?
視線の端に映ったのは、観客席の遠くに立つ、あの王国に召喚されたクラスメイトの男子たちだった。
王国から支給された戦士の制服を着て、誰もが複雑そうな顔を浮かべてる。でも——
誰一人として、声を上げていない。
うつむいて沈黙する人。無表情で固まっている人。目を逸らして、見なかったふりをする人。
……アンタたち、こんな事間違ってるって、わかってるでしょ?なのにどうして止めようとしないの?
面倒事に巻き込まれたくないから?
貴族を敵に回したくないから?
王国に残れなくなるのが怖いから?
それとも——最初から、これは自分とは関係ないって思ってるの?
胸の奥が、怒りで燃え上がっていく。焼けつくような感情が、心臓を叩いてる。
……その中で、唯一私を見ている男。唯一私と同じく《勇者》に呼ばれている男。新田翔太!
彼は面白そうな顔をして、まるで舞台劇でも観ているかのように私を眺めていた。
……なに笑ってんのよ。面白いか?何か冗談笑っているの?
《アンタたち、本当に、それでいいの?何もせずに、ただ見てるだけで?》
後方では、泣きじゃくるエミリアの姿。彼女は兵士たちに押し止められながら、必死に叫んでいた。
「伯爵様、お願いです……もうやめてください!澪が……澪が殺されちゃう!お願い……エレノア王女様っ!」
視線を向ければ、彼女は地面に膝をつき、必死に涙を流していた。
……私は、「勇者」だったはずなのに。
なのに、たった一人の貴族すら倒せなくて——
なにも守れない。
手に持った剣が、重たく垂れ下がる。視界がにじみ、意識が遠のいていく……。
でも、その瞬間だった。
心の奥底で、何かが、火花を散らした。
——これが、この世界の「現実」?
女は、顔がよければ、貴族の都合で「妻」に選ばれるもの?
貴族は、気に入らないものを暴力でねじ伏せる、ただの蛮族?
私は、日本の小さな家庭に生まれて、お金もなかった。
でも、それでも毎日を大切に生きてきた……なのに、今の私は——
《こんな仕打ち、納得できるわけがない。》
私は、エミリアを見下すようなその目が、どうしても許せない。
「女だから」っていうだけで、全部決めつけるあの目が——大嫌いなんだよ!
私は、ずっと、ずっと、ずっと、一生懸命努力してきたなのに。
家庭のせいで未来を縛られたくないから、
「女だから」って理由で見下されたくないから、
《勇者》って職業を得たってのに、それすら無視されて……!
召喚されたのは、みんな同じはずなのに、
なんで私たちだけが、こんな扱いされなきゃいけないの!?
私は——こんな形で負けるなんて、絶対に嫌。
男の同級生たちが黙って見てる、それすら許せない。
強者しか認めないこの国の価値観が、
「当たり前」みたいにされてるこの空気が……大っ嫌いだ!!
「私は……こんなところで……負けたりしない!!」
私は低く叫び、剣の柄をぎゅっと握り締め、震える腕を振り上げる。
……アンタは、勇者なんでしょ?
だったら、立ちなさいよ。
友達を守るって言ったじゃない。口先だけじゃなかったはずでしょ?
「生まれ」で人生決められたくない、
「貧しさ」に縛られたくないって——そう誓ったはずでしょ?
なら、今立つんだよ!
這ってでも立ち上がれ!!
絶望の底から、自分の足で、希望に向かって歩くんでしょ!?
私は——小さい頃に誓ったんだ。
「もう誰にも、人生を好き勝手にされない」って。
私は、私の意思で生きる。どんな運命にも、私の力で抗ってみせる!
だって、私は……あの藤原瑛太と出会った。
自分を信じ、努力して、夢を掴もうとする彼の背中を、私は見た。
だったら、私もやれる。
彼みたいに、世界を真正面からぶつかって——
彼のように、どんな悪意にも屈せず、
誰の意見にも左右されず、
己の信念のみを信じて進む姿を!
自分の信念を、全力でぶつけるんだ!!
——絶対、負けない!!
皆さま、こんにちは。
まさかここで「藤原瑛太」の名前が出てくるとは、思ってもみなかった方も多いのではないでしょうか。
実は、澪とエミリアは親しい友人同士であり、その影響でアニメや漫画の情報をある程度共有しているんです。
ですので、澪がなぜ瑛太に憧れを抱いていたのか──今回で少し伝わったのではないかと思います。
今回の展開は「絶望の始まり」といったところですが、ご安心ください。
ここから反撃が始まります!
ぜひ、明日の展開も楽しみにお待ちいただければ幸いです!