第36話 :「《勇者編》尊厳と友情、揺るがぬ信念――その全てを賭けた、運命の果たし合い」
でも――その瞬間、心の奥にもやりとした光がともりました。私はその光を胸に抱き、冷静に言葉を紡ぎました。
「……お考えを否定はしません。ですが、だからこそ私は言いたい。王国には“強さ”だけではない、“尊厳”や“共に生きる価値”が必要だと。戦場だけでなく、民が声を上げ、未来を作る力と責任感が必要です。」
貴族たちの間に静かな波紋が広がり、ウィリアム伯爵も言葉を詰まらせました。それでも私は言い続けました。
「私は……私たち異世界から来た者として。“女性だから弱い”――その世界のルールは、私には子どもにしか思えません。王国には――人として、尊重し合いながら共に生きる未来があるはずだと思っています。」
静寂の中、私は小さく息をつきました。その言葉がどこまで届くのか、まだ分かりません。
でも――私は、ここで黙らないと決めました。
勇者澪として、異邦人として。そして一人の少女として――胸を張って、立ち上がっているのです。
「おっしゃりたいことは理解できます。しかし、価値を尊重する以前に、国が滅(んでしまっては全く意味がございませんよ、お嬢様。民生を顧みていても、崩壊寸前の前線を守ることは叶いません。貴方様がどれほど平和な時代からお越しになったのか存じませんが、能力のない女性が当家の貴族を務めても、何も始まりません。」
私は彼に自分の価値観を認めていただこうと努力したのですけれども、どういうわけか彼はずっと女性に能力がないことばかりを強調なさるのです。
「……でも、それって結局同じじゃないですか。どうして女性は当主になれないんですか? 何を根拠に、女性は能力がないって決めつけるんですか?」
「だから言ってるだろう、女の戦闘能力は低いんだよ。自分の領地すら守れない貴族なんて話にならん。騎士に戦わせるにしても、貴族たるもの、指揮官として前線に立つのが当然だ。今のような戦乱の時代に、女が当主になるなどあり得ん。……まあ、戦闘職であるエレノア王女殿下のような例外はいるがな。とにかく、勇者澪、お前は女だし、戦闘能力もきっと凡庸だろう。お前の言葉に耳を貸す理由はない。これは最後の忠告だ。さっさと退け。私の新しい妻探しの邪魔なんだよ!」
「……私が弱いって、誰が決めたんですか? 私は、勇者です。勇者である私が、仲間を再び傷つけさせるわけにはいきません。ここを離れるべきなのは、ウィリアム閣下、あなたの方です。女性を尊重しない人が、私たちの中に受け入れられるはずがありません!」
言い争いは激しくなっていき、ついにその場にいたエレノア王女殿下が前へ出てきました。
「……もういい。双方、口を慎みなさい。ウィリアム伯爵、これが我が王国の価値観であることは理解しています。だからこそ、私は今まで黙っていました。でも、私は言ったはずよ。異邦の女性たちに手を出すな、と。」
「……はっ、はっ……申し訳ございません、エレノア王女殿下。つい……つい先走ってしまいました。しかし、どうしても強い職業を持つ妻を得なければならぬのです。私の領地は《腐りし龍脈》に最も近く、戦争の最前線となる場所なのです!」
「ふむ……領地の事情は理解しています。ですが、それならば、我が方で調整し、我が王国に加わると決めた勇者をあなたの領地に派遣しましょう。それでも、譲歩はできないのですか?」
「……も、申し訳ありません……!」
「まったく……。勇者澪、あなたからは譲歩できませんか? ウィリアム伯爵には、たった一人だけ女性を選ばせるという条件で、終わりにしてもらえませんか?」
「……それは絶対に無理です、エレノア王女殿下。私は、はっきりと申し上げます。私たちの世界では、女性の意思を尊重することが何よりも大切です。女性が望まない結婚を、男性が強要することは決して許されません。女神様は、私たちの“自由”を保証してくださったはずです。どうか、ウィリアム閣下の暴走を止めてください!」
王女殿下は……不思議な笑みを浮かべていました。まるで、すべてを見通していたかのような――そんな眼差しで、私を見つめながら、こう言いました。
「……勇者澪、もうお気づきのはずです。たとえ今、私がウィリアム伯爵をその場で止めたとしても……彼が後から何をするかまでは保証できません。彼は、激しい競争を勝ち抜いて継承者となった貴族なのです。私の言葉一つで止まるような男ではありません。――あなたも、気づいているでしょう? 彼を本当に止める方法は、“私の力を借りること”ではない、ということに。」
……そうだ。私、わかってたのに。
ウィリアムが繰り返し強調していた“王国の貴族にとって最も重要なもの”――それは、武力。
私は深く息を吸い込み、一歩前に踏み出しました。
「……ウィリアム閣下。……私と、決闘をしてください。私が勝ったら――あなたは、二度と私の仲間たちに手を出さないと誓ってください!」
「……ははははっ、決闘? いいねぇ、そういう単純な解決法、私は嫌いじゃない。だが、本当にいいのか? 私は三歳から魔法を学び、六歳から剣を握って育った、正真正銘の“魔導剣士”だぞ? さっき男どもから聞いたが……お前たち異邦人は、もともとただの学生だったんだろう? 剣なんて握ったこともないくせに、本当に私に勝てると思ってるのか?」
そのとき――
王女殿下が前へ出て、中立の立場として、私たちの争いに一つの提案を示しました。
「ウィリアム伯爵、あなたの言い分も一理あります。……だからこそ、こうしましょう。あなたは、練習用の木剣を使用し、魔法も“中級まで”と制限する。そして――勇者澪は、本物の武器を装備し、持つすべてのスキルを使用しても構いません。これで、フェアだと思いませんか? もし、この条件すら飲めないのなら……王族である私は、この決闘自体を認めません。」
「……ふっ、なるほど。王女殿下がそこまで仰るのならば、異論はありません。その条件で――もし勝敗が決した際には、殿下がその結果の証人となっていただけますか?」
「ええ。私が見届けましょう。私の見届けた決闘の結果に、誰も口を出すことは許されません。――さあ、双方、要求を述べなさい。それから準備に入りなさい。」
……私の要求は、ただ一つ。
「二度と私たちの仲間を、無理に奪おうとしないでください。」
そして、ウィリアム伯爵の要求は――
「私が勝ったら、これ以上、私が彼女たちを口説くのを妨害しないこと。」
……こうして、私たちは双方の条件に同意し、決闘の準備へと入った。
……胸の奥が、少しだけ震えている。でも、私はもう迷わない。
これは、私たちの――“尊嚴”を賭けた戦いだ。
皆さま、こんにちは。
本日の章はここまでとなります。
楽しんでいただけましたでしょうか?
今回の内容は、戦乱の時代にある王国と、現代の平和な価値観との違いを描いております。
実は、王国側もすべての情報を澪たちに伝えているわけではありませんので、読者の皆さまには「なぜ王国がこれほどまでに力に固執するのか」ご理解いただきにくい部分もあるかと思います。
ですが、これまでの瑛太の章で、世界の抱える問題の一端はすでに描かれております。
今後の展開とあわせて、その背景も少しずつ明らかになっていく予定です。
ぜひ引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです。
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そして次回は──勇者・澪がこの世界で初めて戦う章となります!
どうぞご期待ください!