第34話 :「《勇者編》華麗なる饗宴に、馴染めない私たちの違和感」
――リオン王国・宮殿の晩餐会――
パレードの余韻も覚めやらぬまま、私たちは次の行事――勇者歓迎の晩餐会へと向かいました。目的は「勇者の到着を祝う」ことらしいですが、実際には「勇者を永久に留めさせよう」という思惑が透けて見えて……。
王国の夜は想像以上に華やかでした。
淡い月光に加え、街灯のような魔法灯が昼間のように街を照らし。本当に中世とは思えないほど明るく、まるで日本の夜と変わりません。もしかして、ここは魔法技術が進んでいるのかもしれない、と私は漠然と思っていました。
私たちは王都で最も豪華な宮殿の大広間に通されました。水晶のシャンデリアが天井から吊られ、長テーブルには真っ白なクロスが敷かれ、異世界の珍味がずらりと並んでいます。
横では弦楽の調べが奏でられ、貴族たちの優雅な舞踏が披露され、まさに中世の王宮さながらの祝宴でした。
この光景は、エミリアさんや藤原さんが語る異世界の物語の描写そのままで……私たちも美しいドレスに身を包み、異世界の舞踏会へ紛れ込んだかのような夢心地を味わっていました。
しかし――そんな幸福感は10分も持ちませんでした。すぐに「ここ」と「自分たち」の間に、温度差という壁を感じてしまったのです。
「翔太閣下、当家の領地で採れた桜の蜜酒などいかがでしょう?」
「こちらはオルティア子爵令嬢、エルフ舞が得意でございます」
「我が家の領地は常春のような気候です。少しでもお立ち寄りいただければ、父も大いに喜びますわ」
私たちが席につくと、まもなくして貴族の令嬢たちが男子を取り囲み始めました。
《翔太閣下》だけではなく、普段は目立たない渡辺や、成績中の佐々木も、豪華なドレスをまとった貴族小姐に囲まれ、笑顔を向けられていました。
渡辺が人気がある理由が分かります。おそらく、彼の職業が「大地の培養者」だからでしょう。王国の土地が「呪われた土地」の影響で砂漠化してしまっておりますので、この職業が大地を緑化する必要がございますから。
彼らその内容は――
「勇者さまが一言おっしゃってくだされば、父が王国騎士団の地位を手配いたします」
「王都に御住まいなら、当家の邸宅を私邸として貸し出しますわ」
「必要であれば、私がご専属のメイドとしてお仕えします」
「魔法の才能は待望されております。もしここにおとどまりいただけるなら、侯爵家として一族ぐるみでご支援申し上げます」
渡辺が嬉しそうに頬を赤らめているのを見て、まるでゲームの中のイベントシーンを眺めているような感覚に襲われました。
公爵のご息女の長女が渡辺の腕を組んで親しげに話しされており、他にも三、四名の女性貴族が彼の周りを囲んでいらっしゃいました。彼女たちは渡辺にぜひ残って自分たちの領地へ来ていただきたく、その交換として結婚をも厭わない様子でした。
ちなみに、この世界の価値観は、一人の男性が複数の女性と結婚することを認めております。男性は家を守るために犠牲となる状況が多く、全体的に女性より少のございます。おおよそ成年男女比は約4対6となっておりますので、もし一夫一妻制を導入いたしますと、多くの女性が結婚できず、社会が大変混乱してしまうでしょう。
そしてこの《翔太閣下》――彼はそれどころか、さらに水を得た魚のように笑顔を弾ませています。
「翔太くん……もう、楽しんでるよね」
エミリアさんが隣で小声で言いました。その声にはちょっぴり冷ややかさも含まれていて……。
彼女は異文化や人の名前を覚えるのが得意ではないから、普段は名前で呼び捨てなのだけれど、今は「翔太くん」と呼ぶその距離感が切なかったです。
「それにしても……こんな扱い、普通じゃないよね。撃ち込まれてるみたい」梨花さんが苦笑混じりに言葉を重ねました。彼女の観察眼は鋭い。
「王国は、本当に戦力を必要としているんだな……」真白さんも真剣なまなざしで周囲を見つめ、そう言いました。
私もその言葉に頷かざるを得ませんでした。
――そして――女の子たちの視線は、次第に自分たちのテーブルをさまよっていました。
貴族の誰も、私たち女子には話しかけようとはしません。話しかけてくるのは、勝算のある戦力としてスカウトできそうな男子だけ。まるで“彼ら”だけがここに存在するべき主役で、私たちは脇役か影にすぎないかのように。
私は小さく苦笑しました——いや、苦笑なんて軽すぎる、むしろ寒気がしました。
この国は、血統と武力を重んじ、強き者を王の盾にする社会。そこには“父権的価値観”が深く染みついている……と。
――私は、胸の奥で自分に問いました。
「……私たちは、ここにいていいんだろうか?」
ローズの香る甘い夜の宴の最中、私はほんの少しだけ、自分の居場所を見失っていました。それでも、答えは……私たち自身の足で探さなくちゃいけないのです。
勇者としての使命も、王国への忠誠も、友情も――そして、何よりも、自分自身の意志も。私は手元のワイングラスをそっと見つめ、小さく呟きました。
「……私にも、きっと選ぶ自由があるはず……。」
私たち女子数人はひっそりと集まり、視線はパーティー会場の華やかさを追っていました。
ですが、時折貴族の方が通り過ぎるたびに、彼らの視線が私たちに冷ややかに止まるのを感じました。それはまるで「商品を査定するような目線」。
敵意も、歓迎もなく――ただ評価するだけの視線です。その冷たさに、思わず胸がざわつきました。
「この子、裁縫適性ありそうだけど……まあ、普通すぎて使えないね」
「えっと……料理適性……でもこれじゃあ目立たないよね」
そんな声が飛び交うのが、かすかに耳に入りました。年長の貴族と思しき男性が、こっそりと娘に話す声も聞こえました。
「女は勇者以外、投資に値しない。魔法の適性も低いし、リソースを男に集中すべきだ。女性は最終的に女勇者の後ろにくっつくものだ」
「そうだな、どうせ目立つ適性もない。連邦へやればいいし、聖国は宣言通り何もしないだろう」
「連邦の連中が喜んで面倒を見るなら勝手にどうぞ。女だけなら問題ないし、むしろ放っておいて余分な問題になるだけだ」
「既に多くの男子勇者が王国に残ると約束済みだ。戦力が必要な時代、婚約して勇者の子を産ませれば貴族も安泰だぞ」
私の手は、知らず知らずのうちにグラスを強く握りしめていました。羞恥心ではなく――否定され、無視され、軽んじられたことに、胸が締めつけられたのです。
アルバイト先でも、女性だからと小馬鹿にされることはたくさんありました。それでも耐えて、それでも辞めざるを得なかった。
でもここにも――私たち女性の価値は、人間ではないかのように切り捨てられていました。私たちの中には、ちゃんと能力のある子たちがいます。
私だって「勇者」の才を認められたし、真白さんも剣士適性、梨花さんも魔法適性、エミリアさんも記憶の天才。でも王国の貴族たちにとって――
「戦場で一人モンスターや城を攻略できる戦闘力」じゃなければ、価値がないのだと……。
「……ほんと、ひどいよね? 女だからってだけで」真白さんが小さく吐き捨てるように言い、顔を紅潮させました。彼女もまた、この扱いに腹を立てているのでしょう。
梨花さんが冷静に分析します。「きっと、女の子って一回で一人の子しか産めないから。男なら複数の貴族女性と結婚して血統を増やせるものね」
私はそっと、静かに声をかけました。
「気にしないで。……もう王国は、男にしか見向きしないんだって。私たちは本当に必要とされてないだけ」
皆に小さな声でそう言って、目を合わせました。