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第29話 :「《勇者編》異世界召喚・望月澪」

 私は望月澪(もちづき れい)、どこにでもいる普通の女子高生です。


 家が貧しくて、少しでも家計の負担を減らすためにずっと頑張って勉強してきました。今通っているこの学校も、奨学金を目指して必死に努力した結果です。


 それに、放課後や休日にはアルバイトもして、お小遣いを稼いだり、弟や妹たちにちょっとしたお菓子を買ってあげたりしています。そんな日々の中で――


 修学旅行の日、私たちはバスに乗って移動していました。藤原さんたちは後ろ席でいつものように騒いでいて、私は真白さんたちと前のの席でおしゃべりをしていたんです。


 そのとき、前方から突如、トラックが私たちのバスに向かって突っ込んできました。強烈な衝撃と、頭を殴られたような痛み――


 そこから先の記憶はありません。でも、その直前……


 空が海のように波打ち、私たちは柔らかく、それでいて抗えない光に包まれました。そして、意識がふわりと宙に浮かぶような感覚の中、どこかへと運ばれていったんです。


 あれが……女神(ルナリア)さまの召喚だったと、後になって知ることになります。


 意識を失った私たちは、まるで炎のように光る魂となって、空中に浮かび上がっていました。その視線の先には、信じられないほど美しい一人の女性が立っていました。


 整った顔立ちに、滝のように流れる金色の髪。その髪は陽の光を受けて琥珀のように輝き、見る者の心を奪う美しさです。


 そして、深い碧色の瞳――吸い込まれそうなほど澄んでいて、その目に見つめられるだけで、心まで読まれてしまいそうな気がしました。


 彼女の姿は完璧でした。高くしなやかな肢体に、気品と自信を漂わせる立ち振る舞い。まるで現実のものとは思えない、神秘そのものの存在。


「こんにちは、私は女神ルナリアです。いま、ある世界の人々が奇跡を願い続けています。その声に応えるために、皆さんをその世界へ召喚しました。――元の世界、日本のことは、もう忘れてくださいね」


 え……。この人が女神様……?そして、私たちを異世界に……?


「もちろん、皆さんに無理やりその世界のために尽くしてもらおうというわけではありません。どの国に所属するか、あるいはどこにも属さず、自分の力で自由に冒険するか、すべては皆さんの自由です」


 女神(ルナリア)様の言葉を聞いて、何か質問しようとしたのですが――声が出ませんでした。考えはあるのに、どう伝えればいいのかわからなくて……少し怖かったです。


「ただし、国に属することを選んだ場合は、その国の法律に従ってください。私は皆さんがこの場を離れた後、一切の干渉をしません。自由には責任が伴います。それを忘れないでください」


 ……選べる自由、か。強制されるよりはずっといいと思いました。どこで生きるか、自分で決められるのなら――それは希望にもつながります。


「そして最後に。この世界は皆さんの元いた日本とは違います。ですから、異世界に送る前に、特別な能力を授けます。その力を使って、生き抜いてください――それだけです。では、さようなら」


 女神さまがそう告げると、私たちは白い光に包まれ、足元には巨大で複雑な魔法陣が浮かび上がりました。きっと、これが転送の準備なのでしょう。


 そのとき――まるで思い出したかのように、女神さまが再び口を開きました。


「そうだ、皆さん。私の世界では、しっかり自分を鍛えてください。そこは日本のように安全ではありません。魔物が蔓延し、一部の国では内乱が起こる可能性もあるのです。自分の行く先、自分の属する勢力は慎重に選んでください。安易な選択は、死につながるかもしれません。……できれば、この世界の真実を知ってください。そして、自分自身の意志で未来を決めてくださいね」


 女神さまの言葉が終わると同時に、魔法陣が雷のような音を立てて光を放ち、私たちの視界は真っ白に染まりました。そして――


 目を開けると、そこはまったく違う世界でした。足元には雲のように柔らかく真っ白な大地。周囲には透明な光の粒が星のように瞬き、まるで夢の中にいるような幻想的な空間。


 隣を見れば、クラスメイトたちが同じようにきょろきょろと辺りを見渡していて――


 その顔には、戸惑い、不安、そして……ほんの少しの期待が浮かんでいました。私も、きっと同じ顔をしていたと思います。


「……ここが、異世界……でしょうか?」


 誰かがぽつりとつぶやいたその瞬間、空に優しい声が響きました。


「勇者の皆さま……ようこそ、ルナリアの地へ」


 それは、あの女神ルナリアさまの声ではありませんでした。別の女性の声――静かで、祈りのように落ち着いた声です。


 彼女は姿を現さず、ただ語りかけてくるように私たちの使命について告げました。使命に強制はないこと。自らの意志で、この世界でどう生きるかを選んでほしいこと。


 けれど、なぜ私たちを召喚したのか、その理由を明確には語ってくれませんでした。ただ、「この世界が危機に瀕しており、それを守るために選ばれし存在――すなわち、勇者が必要だ」と。


 ……選ばれた、私たち。


 その瞬間、胸の奥で何かが静かに目覚めた気がしました。この大地と、私の人生が、深く結びつくような……そんな感覚です。幻想のような空間に目を奪われていたそのとき――


 空の彼方に、三本の光柱が出現しました。金、銀、そして青白の光。それぞれ別の方向から私たちに向かって降り注いでくるように見えました。次の瞬間、私たちは光に包まれ、華やかで神聖な雰囲気の殿堂へと導かれました。


 そこではすでに、三つの勢力の使節団が私たちを待っていたようでした。


 先に口を開いたのは、白い修道服のような衣装を身にまとった女性。優しげで整った顔立ちの、落ち着いた雰囲気の方でした。


「勇者の皆さま、ようこそおいでくださいました。ここは女神ルナリアさまの神殿。そして私たちは、この世界における三大勢力を代表して、皆さまを歓迎し、ぜひ我が国に定住していただきたいと願っております」


 その方の説明によれば、ここには三つの大国――王国、連邦国、そして聖国が存在しており、それぞれが私たち勇者を迎え入れたいと願っているようです。


 最初に前へ出てきたのは、王国の代表でした。


 華麗なドレスに身を包んだ、金髪碧眼の気品あふれる少女。一つ一つの動作に無駄がなく、まるで完璧に訓練された舞台の上のような優雅さがありました。


 ……その瞳の奥にあるのは、覚悟と希望。そして、何よりも強い責任感。彼女は、ただの貴族ではない……きっと、もっと特別な存在。


「私はリオン王国第三王女、アリシア・リオン。父王、そして王国を代表し、皆さま勇者を歓迎いたします」


 その声は決して大きくありませんでした。けれど、なぜか胸に強く響いて、誰もが耳を傾けずにはいられないような、不思議な力がありました。


 ……王国。日本の「皇族」に近い存在が治める国でしょうか。


 けれど、リオン王国は王族による統治の国。伝統ある騎士の文化を誇りにしているようです。そして、彼女の後ろには――まさに「騎士団」と呼ぶにふさわしい人々が並んでいました。


 輝く甲冑に身を包み、鋭い眼差しで周囲を睨む彼らは、ただ立っているだけで空気が張り詰めるような威圧感を放っていました。いくつもの剣が空に向けて掲げられ、盾にはそれぞれの家紋が刻まれ、誇り高き血統の証を示していました。その場に立ち並ぶ姿は、まるで鋼鉄でできた壁のように――絶対に突破できない堅牢さを感じさせました。


 続いて現れたのは、連邦国の使節団でした……私、生まれて初めてあんな光景を見ました。


 違う種族の人たちが、当たり前のように肩を並べて立っている――それも、とても自然に。先頭に立っていたのは、背が高く、きちんと整えられた灰色の髪を持つ中年の男性。


 伝統的な衣装にとらわれないシンプルで洗練された服装、けれどその姿勢には落ち着きと威厳がありました。


「私はアルディア連邦の副大統領、ハーグ・ノーク。ようこそ、我々の世界へ」


 その後ろに立っていたのは、様々な種族の代表たちでした。背中に羽根を持つ天翔族の少女。冷たい眼差しを持つ魔族の男性。穏やかな笑みをたたえた、尖った耳のエルフの女性。


 彼らは種族も風貌も異なるのに、まるで一つのチームのように整然と並び、そして息の合った雰囲気を醸し出していました。


 この国は――きっと、種族を超えて協力し、共に生きることを大切にしている場所なのでしょう。柔軟さと効率、そして多様性。そんな言葉が思い浮かびました。


 最後に現れたのは――聖国の使節団でした。彼女たちは、唯一すべて女性で構成された代表団であり、身に纏っているのは銀と淡い青を基調とした清らかな聖衣。


 その佇まいは、まさに“神聖”という言葉にふさわしく、静謐な空気を纏っていました。先頭に立つのは、白い髪と薄い色の瞳を持つ、美しい少女のような若い女性。


 ……そう、先ほど最初に私たちへ声をかけてくれた、あの方でした。彼女は静かに、けれど礼節を持って私たちの前に歩み寄り、深く一礼しました。


「……私はミレイア・ファルシア、聖女の座の継承者として、女神ルナリア様の御名と聖なる光において、異邦より訪れし皆さまを心より歓迎いたします」


 その声は優しく、それでいて、誰も逆らうことのできないような荘厳さがありました。彼女の後ろに並ぶ聖徒たちも、皆手を胸に合わせて祈るように立ち尽くし、その表情はとても敬虔でした。


 中には、獣の耳が生えた方や、褐色の肌に一本の角を持つ方など、様々な種族の人たちがいました。


 ……けれど皆、その種族の違いを超えて、まるで一つの信仰に導かれた存在のように、静かに女神を敬っていたのです。


 私は無意識にごくりと唾を飲み込みました。


 ……きっとこの「聖国」というのは、信仰を中心とした国家なのでしょう。そして、私たちを「女神の奇跡」として扱っている。……そんな印象を強く受けました。


 王国の高貴さと礼節。

 連邦の現実主義と多様性。

 聖国の神聖と敬虔。


 三つの国、それぞれに違う価値観と魅力があって、でも、どれもがこの世界の「中心」にいるのだと感じました。


 そして、私たちは……その真ん中に投げ込まれた種のような存在。運命の風に煽られながら、大地に根を張るための選択を迫られているような気がして――


 私は思わず手をぎゅっと握りしめました。


 隣にいる真白さん、梨香さん、そしてエミリアさんに視線を送ると、彼女たちも私と同じように緊張と覚悟が入り混じった顔でこちらを見返してきました。


 ――絶対に、生き延びてみせる。そして、この世界で私たちの意味を見つけ出す。



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