第20話:「あの日の過ちと、異世界で再会した星野さん」
――次の瞬間、甲高いクラクションの音が空気を裂いた。
「右っ、トラックがっ――!!」星野さんの悲鳴が響いた。
俺が思わず振り向くと、白い大型トラックが、まるで暴走した獣のように反対車線から突っ込んできていた。
エンジンの轟音を響かせ、こちらに一直線。運転席を見ると――運転手は、寝ていた。完全に制御不能の状態で、俺たちのバスに向かって猛スピードで――!
「ブ、ブレーキが効かない――!!」
運転手が必死にハンドルを切るが、バス全体から金属がきしむような音が響き渡る。まるで、命乞いをする獣の悲鳴だった。
「掴まってろ――!!」
咄嗟に、俺は両腕を大きく広げて、隣にいた星野さん、鷹山さん、森本さんを一気に抱き寄せ、自分の体で庇った。
「「えっ、藤原さん(君)!?」」
彼女たちが驚きの声を上げる間もなく――
ドォォォン!!!
激しい衝撃が全身を襲い、世界がぐるぐると回り始めた。
バスの車体が横転し、ガラスも、座席も、金属の支柱までもが一斉に砕け散る。
まるで空っぽの缶のように、俺たちのバスはトラックに弾き飛ばされ、ガードレールに叩きつけられた――!
「――ああああああああっ!!」
「――きゃあっ!!」
「――危ないっ!!」
「死にたくない――!」
「助けてええええっ!!」
クラスメイトたちの絶叫が重なり、バス内は混沌の極みだった。
金属の軋む音、壊れたガードレールの破裂音――そのままバスは支えを失い、山道から宙に投げ出された。
車体は空中で回転し、俺たちは完全に浮かび上がる。耳元を裂く風圧、途切れない悲鳴、そして経験したことのない重力の消失感。
俺にできる唯一のことは、彼女たちを抱きしめることだった。せめて少しでも、衝撃を和らげられるように。
恐怖のせいだろうか、彼女たちも俺に強くしがみついていた。まるで、絶対に離れたくないと言わんばかりに。
そして――ドン!ドドンッ!!――ドガァァァンッ!!!
バスは回転を続けながら山肌を転げ落ち、車内に岩が降り注ぎ始めた。ガラスを砕くような轟音。屋根と底が交互に地面に叩きつけられ、俺の身体は方向感覚すら失った。
ただ、俺はそれでも……彼女たちを、守らなきゃいけなかった。
「くっ……うああああ……!」
ガシャァァンッ!!
一つの大岩が窓を突き破り、破片と共に金属の棒が俺たちの方へ飛んできた。
俺はとっさに頭を下げて星野さんを抱きかかえ、そのまま自分の身体を盾にするようにして、岩の方向へと向けた。
その瞬間、車体が凹み、背中と胸に鋭い激痛が走った。バスはついに山のふもとに激突して止まり、動かなくなった。
俺の意識は朦朧としていて、何がどうなっているのか、まともに把握できない。
さっきの岩は星野さんを直撃しなかったが、それでも彼女は頭部から血を流し、口元にも血が滲んでいた。
俺の腕の中で、意識を失って静かに倒れていた。
「……けほっ……ふじわらくん……」隣で、鷹山さんのかすかな声が聞こえた。体を動かすことすらできず、彼女も重傷らしい。
「しゃべんな……」
俺は息を切らしながら言った。土と血で霞んだ視界の中で、「……まだ……俺は……」
震える手を伸ばして、彼女を安心させようとした。
だが――視界が、暗くなっていく。
隣の森本さんも、静かに寄りかかったまま動かない。谷底には破損した金属の音が響くだけで……誰一人、声を返さなかった。
――もう……クラスのみんな……ダメだったのかもしれない。
俺の腕は、まだ彼女たちを抱いていた。もう力は入らなかったけど……それでも、離したくなかった。
守りたかった。最後まで。
もう……あの大学を見ることもできないし、
もう誰かとゲームの話で言い合うこともできない。
もう……残りの人生を楽しめない。
でも――後悔なんてしていない。もう一度選べるとしても、俺はきっと、同じように彼女たちを守る。
そして――
砕けたガラスと残骸の中、俺の意識は、静かに、虚無へと沈んでいった。
――その時だった。
幻聴かと思うほど淡く、それでいて確かな、誰かの囁きが、耳元で響いた。
「なるほど……あなた、RPGが好きなのね? ふふ……なら、きっと私の世界も気に入るでしょう。情報を集めて敵を倒す……それが、あなたのプレイスタイル。だったら、情報収集に最も適したスキルを――あなたへの旅立ちの贈り物といたしましょう。」
「それに……最後の最後まで、《特別な存在》を守ろうとするか。《大切な人》のために行動できるその姿……とても素敵でしたよ。特別に、もう少しだけご褒美をあげましょう。どうか……私の期待を裏切らないで。《最悪の迷宮》で、せいぜいあがきなさい。……たとえ世界を救わなくても――あなたが最後に辿り着くなら、それで十分ですから。」
《確認完了。最高権限により介入開始。ルナリアが転生処理を引き継ぎます。》
《スキル(森羅万象)を習得しました。》
《転生対象を確認中……》
《対象:藤原瑛太 情報照合開始》
《ルナリアが肉体特性を選定中……(不死者)》
《転生形態:(不死者)……(スケルトン族)として転生、成功。》
《(女神様とても優しい説明書)のインストールを開始、完了しました。》
《同時に(モンスター初心者パック:ステータス欄、言語理解、インベントリ、初心者装備)のインストールを開始、完了しました。》
《対象の能力をスキルとして出力中……(高速記憶)……(絵画)……(高速分析)……》
《ルナリアがインストール工程に介入。スキル(森羅万象)の性能を最適化および個別調整。進化完了。(森羅万象)はS級スキル(皆は我のために、我は皆のために)へと進化しました。》
《インストール完了。ルナリアが全スキルの最適化を開始……》
《スキルを習得――完了。スキルは(皆は我のために、我は皆のために)により統括されます。》
《すべてのインストール処理が終了しました……スキル(皆は我のために、我は皆のために)は、主の覚醒まで休眠に入ります……異常を検知》
《未知のエネルギーを確認……》
《転生中に肉体を通じて偶発的に吸収されたエネルギーであると確認。ルナリアが介入、該当エネルギーは魂の深層部に封印されました。》
《スキル(Unknown)を習得。ルナリアにより情報は秘匿されました。》
《主の意識の覚醒を待機し、休止状態に入ります。》
「さて……これで瑛太君の準備は整ったわね。ふふ、でもこの子のスキル……ほとんどが《誰かとの絆》があってこそ真価を発揮するものなのよね。困ったわねぇ。」
「え?定期観察のときに瑛太君は結構嫌われてたなのに……?でも今回の《選定された転生者》の中には、彼と《深い絆》を持つ者が、思ったより多かったのよ。さすがは私が選んだ《最も特異な魂》、藤原瑛太君。ふふ……じゃあ、彼と絆値の最も高い三人を、特別に彼の近くへ転生させてあげましょう。」
「あなたたちの絆さえあれば……《全員が迷宮の中にいる》と気づけば、きっと諦めることなんてしない。少なくとも、生き残ってもがいて、そして再び出会うでしょうから。瑛太君の仲間たち特にサービスをスキルが最適化しょうか。他の人……面倒くさいからシステムをお願いしましょう。」
「残りの者たちは……予定通り王国の大聖堂に転生させておきましょう。どうか、今度こそ世界を救えるといいわね。救えないのなら……仕方ないなのでまた最初からやり直し。もし世界がそのまま滅びるのなら、それはあの世界人間たちの――《自業自得》というだけの話よ。」
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……結果として、あのバスは……トラックに衝突され、崖下へと転落した。
そして俺は――その後、きっと死んだんだと思う。
だが、目を覚ました。ルナリア女神の召喚によって。
目を開けた瞬間、そこにあったのは闇と、湿気、そして……骨。
俺は、本物のスケルトンの魔物になっていた。痛くもない。痒くもない。腹も減らない。
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《現在に戻る》
これが俺が覚えてる、これまでのことのすべてだ。大して時間は経ってないはずなのに、俺の中ではもう何ヶ月も前のことみたいに思える。なにせ迷宮での体験があまりにも濃すぎて、もうずっとこの異世界にいるような感覚なんだ。
星野にこうして昔のことを話したら、俺たちは元々の話題だった魔石の話に戻った。
「とりあえず……このゴブリンの魔石、半分ずつに分けるか」
「えっ……でも、それでいいんですか?さっきの話だと、私はすでに何個かの魔石を吸収してることになりますよね?なのに、さらに平等に分けちゃったら……」
「いいっていいって。あくまで、俺のスキルがそう“言ってる”だけで、本当かどうかは分からんし。とりあえず今は半々に分けておいて、もし本当に“星野が倒した魔物からは魔石が出ない”って確定したら──そのときは、貢献度とか討伐数に応じて調整すりゃいい」
「それに……今の俺には、お前しか話せる相手がいないからな。こんな些細なことで、雰囲気を悪くしたくないんだよ」
「……そっ、そう……なんですね……」
彼女は少しうつむいてから、不意に顔を背けた。気のせいか、頬の猫毛が少し赤く染まっているように見えたんだが?まさか。そう思ったものの、彼女の様子は確かに少しおかしい。まあいい、俺は自分の分の魔石を手に取り、勢いよくかじりついた。
……うーん。
やっぱり、味は全然しない。
でも、確かに──何かが、体の中にじわじわと流れ込んでくる感覚がある。
拳を握ると、骨の間を通る魔力が、さっきより安定しているのが分かった。
「少なくとも、無駄ではなさそうだな」
「じゃあ、そろそろ……行こっか?」
ああ、これが俺たちの再出発だ。異世界で再び大切な人と巡り会って、この過酷な迷宮を共に歩んでいく、その序章。