第17話 :「嵐の前に、君の隣でひと息つく」
やっぱり……転生したのは俺だけじゃなかったんだな。
しかも、転生先が人間じゃなくて魔物ってのも、俺だけじゃなかったとは。
なんだか急に星野への親近感がぐっと増した気がする。正直、少し前までは彼女がよく話しかけてくるのが、ちょっと不思議だったんだ。もしかして好意とかあるのかな、なんて……変に意識して困ることもあった。
でも今は違う。俺たちは、同じく女神様のイタズラで魔物になった──いわば同じ境遇の“仲間”なんだ。
うん、親近感アップだな!
……ところで女神様、JKを猫に転生させるなんて……猫耳好きか?
そんなくだらないことを考えながら、俺は倒したゴブリンたちの魔石をせっせと回収していた。
魔石は、魔物を強化するアイテムらしい。
もし俺と星野が人型魔物への進化を目指すなら、早いとこ集めておいたほうがいい。
……というか、骸骨状態のままだと、飯の食い方すら忘れそうで怖い。
ただ、一つ気がかりなのは……星野の猫族に人型への進化ルートがあるかどうかってこと。
《データ不足。さらなる魔物情報が必要です》
だよな……。自分の種族じゃないし、(森羅万象)でも情報は出てこない。仕方ない、迷宮をもっと探索して、いろんな魔物と出会ってデータを集めるしかないか。
ちなみに、俺の種族スケルトンは進化ルートがすでに判明してる。
《スケルトン族はヴァンパイアへ進化可能な不死系魔物である》
《Bランク:ヴァンパイア──上位人型不死系魔物。肉体を持ち(血の盟約)により他者をヴァンパイアに変える能力を持つ》
つまり、今の俺の目標はヴァンパイアへの進化ってわけだ。
魔石を拾い集め終えた頃、俺は星野の元へ戻った。
「……ん、二十個くらいはあるかな」
魔石の数を数えながら周囲を確認すると、星野が俺の隣にちょこんと座っていた。
彼女の銀色の尻尾が足元に丸く巻かれ、瞳には微かな光が残っている。猫耳も、彼女の呼吸に合わせてぴくぴく動いていて……さっきの戦闘中より、ずっと柔らかい雰囲気だった。
「藤原さん、これ……集めてどうするつもり? まさか……食べますか?えっ……でも、これ、どう見てもただの石にしか……」
戸惑った表情で、彼女が俺に視線を向けてきた。俺は彼女に、スキルから得た情報をそのまま伝える。
「俺のスキルに(解析)系があってな。ここの魔物には体内に魔石がある。で、それを食べることで、魔物は強くなれる。強くなれば──《進化》の可能性が出てくるんだ」
星野は小さく、「進化……」と呟いた。
「そう。俺の場合、人間の身体に戻るには、進化するしかない。そのために、まずは魔石を食って、強くなるしかないってわけ」
「進化って……異世界物語によくある、スケルトンから別の種族に進化するってやつ……みたいですか?」
「そうそう! さすが星野、わかってるな!俺の場合は《ヴァンパイア》に進化できるらしい。ただ、君の種族は情報がなくて……進化ルートの解析ができなかった。もし可能なら、星野も魔石を食べたほうがいいと思う」
星野は小さく首をかしげながら、そっと魔石に手を伸ばし……その表情は、少し複雑な色を帯びていた。
俺は黙って、手元の魔石を指先でなぞる。指先で魔石の先端を触れながら、さっきゴブリンの喉元に匕首を突き刺した感覚が、ふと蘇る。
……あの時、全く迷いはなかった。
きっと、それは俺の心が変わってしまった証拠だ。骸骨になったから……かもしれない。
そんな中、星野がようやく小さな声で確認してきた。
「……ってことは……魔石を十分に集めて、食べれば、私も……?」
俺は黙ってうなずいた。その瞬間、彼女の猫耳がふるふると小さく揺れた。
「……そうだ。女神様だって、きっとそんな意地悪じゃないと思うんだよな。俺たちを魔物にしたのは……まぁ間違いなくあの人だけど、魔物として一生終われなんて、そんな非情な人じゃないと思う」
そう言ったとき、彼女の瞳がぱっと開かれた。透き通った猫のようなその瞳が、不思議なくらい澄んでいて──
まるで「うん、女神さまはそんな悪い人じゃないよね」って、言っているようだった。
星野は、まるで何かを決意したかのように、そっと小さめの魔石を手に取って、口元に運んだ。
……カリッ。乾いた音が響く。彼女は眉をしかめた。
どうやら、味はかなりひどいらしい。けれど、文句一つ言わずに飲み込んだ。
……俺には味覚がないから、分からないけどな。
「……どうだった?」
「うん、平気です。でも……、味は正直ひどかったです。」
星野は口元をぺろっと舐めて、苦笑しながら答えた。
「でも、確かに……身体の中に、少し熱いものが流れていく感じがしました。たぶん……魔力、かな?」
《個体(星野美月)が魔石を吸収しました。解析結果:対象が討伐した魔物の魔石は、自動的に吸収されています。それが回収できた魔石の数と実際のドロップ数に差異があるの原因。》
……なるほどな。
どうりで、彼女が初めて魔石を食べたようなリアクションをしてたわけだ。つまり今まで倒した敵の魔石は、全部自動的に吸収されてたのか。
「そういえば星野、お前……目覚めてから、何か食べたことあるか? たとえば、ゴブリンとか」
「私がそんな気持ち悪い魔物を食べるわけないでしょう!……って、そういえば、本当に何も食べてないですね。結構長い時間が経って、こんなに運動しているのに、お腹が空いたと感じたことがないんです。せいぜいちょっと疲れて、眠いと感じるくらいでした。だから、先ほど少しだけ昼寝をしたんですよ。」
《解析結果:種族 - スノー・スピリチュアル・キャットは魔力を主食とする存在。食事をせずとも生存可能。ただし、成長には食物摂取が必要。不足時は他種族より疲労・精神不振が顕著に表れます》
「どうやら、お前の種族の特徴みたいだな。食わなくても生きていけるし、魔物を狩って魔石を吸収すれば、生存には問題ない。で、お前が今まで魔石を食べてなかったのは──倒した瞬間に自動で吸収してたかららしい」
「そっか……食べなくても生きられる種族……ふふ、私も、もう人間じゃないってことなんですね」
星野は、少し寂しそうに目を伏せた。
「……まあ、その辺はもう割り切ろうぜ。俺も骸骨だしな。文句言うなら……あの女神に言ったほうが早い」
「いいえ、文句は言いません。」
彼女は、ゆっくりと首を振りながら否定した。
「だって、女神様がいなかったら……私たちは事故で死んだあとは、ただ普通に別の誰かとして転生していたかもしれません。今みたいに“記憶を持ったまま進める”ってこと自体が、もう女神様的な恩恵なんだと思います」
「まあ、女神様にはこの世界に転生させてもらったのは感謝してるけど、ただ、もう一度人間になりたいってだけなんだよな。」
記憶を保ったまま生き延びられた時点で、女神様には十分感謝すべきだよな、俺たち。
「ところで、藤原さん。記憶持ちで転生した件なんですけど、私たちがどうしてこの世界に来たのかって、覚えてらっしゃいますか?あの事故の日、ですよ。」
「もちろんだ、全部覚えているさ。」一体何があったのかって?それは俺たちの高校の修学旅行の話に遡る。