第15話 :「星野美月: 私の大切な初恋」
《私の初恋の記憶》
それは、誰にも話したことのない──
いいえ、話したくなかった、そんなほろ苦い過去の記憶です。
でも同時に、私にとってとても大切で、忘れてはいけない、無視してはいけない記憶。そして……私の「初恋」が詰まった、大切な思い出でもありました。
たとえば、友達との何気ないおしゃべりの中で、
「美月ちゃんの子ども時代ってどんなだった? 楽しかった?」
「どこで誰と遊んでたの?」
……そんな質問をされたとき、私はいつも笑ってこう答えます。
「うん、まぁ……それなりに楽しかったよ」
そう言って、そっと話題を変えるんです。だって……今思い出すだけでも、胸の奥が少し痛くなるんですから。
私は、小さい頃から「綺麗な子」って言われていました。最初の頃は、それがどういう意味なのかよく分かっていませんでした。
ただ、大人たちが微笑みながら「かわいいね」と言って、頭を撫でてくれるのが嬉しくて……
ああ、これは「褒められてる」んだって、素直に思っていました。
でも、小学校に入ったあたりから……様子が変わっていきました。
私は、友達を作ろうと本当に一生懸命でした。
にこにこ笑って、優しく話して、おいしいお菓子があればちゃんと分け合って──
だけど、女の子たちはいつも冷たい目で私を見てきました。私が近づこうとすれば、ひそひそ話していた声はピタリと止まり、私の差し出したお菓子は、誰にも受け取ってもらえませんでした。
私は自分が何を間違えたのか、わかりませんでした。
足りないのは私の努力だと思って、もっと頑張って皆に好かれようとしました。
勉強も必死でやって、誰よりも成績を上げて……「認めてほしい」と願って。
両親は褒めてくれました。
「よくやったね」「えらいね」って。
だから、家ではそれなりに平和でした。でも、学校に行くと……まるで世界が裏返ったみたいでした。
「その顔、なんかムカつくよね」
「またいい子ぶってる」
「全校トップ? はいはい、“完璧”ですね」
そんな言葉が、耳に入ってきます。
誰かが私に直接言うわけではありません。
でも、わざわざ隠そうともしないから、余計に心に刺さりました。
私は殴られたことも、怒鳴られたこともありません。だけど、静かに……ゆっくりと、排除されていきました。
給食の時間、一人だけ席に残されて。運動会のグループ分け、誰からも声をかけられず。掃除当番のときも、一人で黙々とやって。誰も私に話しかけようとしませんでした。
……嫌われているというより、関わりたくない、そんな感じ。
まるで私は「透明な人間」で、ただ“見た目が目立ちすぎる”という理由で……そう扱われていたのです。
私は少しずつ、周囲に「合わせる」ことを覚えました。目立たないように。先生の質問にも手を挙げず、自分の存在を薄くして。好きなものは、誰かが嫌いなら触れないようにして。
いつも優しくて、いつも笑顔で、周りの空気を読みながら、「みんなが求める私」になろうと必死でした。
……そんな日々の中、ある男の子が私の前に現れました。彼の登場が、私の世界を少しだけ変えてくれたんです。
藤原瑛太さん──
物静かな男の子でした。彼のリュックには、見たこともないアニメキャラのキーホルダーがついていて、ノートには、奇妙なキャラクターの絵がぎっしり。
陰で「オタク藤原」と呼ばれていて、彼の描いた絵を、勝手に回して笑うような子もいました。
でも彼は、まったく気にしていないようでした。むしろ、もっと上手に描いてやろうと、反撃するように絵を描いていて。
ある日、クラスでグループ課題の「似顔絵」に選ばれて、私たちは同じグループになりました。
彼はとても真剣に、私の顔を見ながらスケッチしていて、その目は、クラスの誰とも違うものでした。
男の子は、私と目が合うと顔を赤らめてすぐに目を逸らすか、話しかけてくることもなく終わってしまうのが普通。
女の子は、私に向ける目が──
嫉妬、嫌悪、憎しみ……そんな負の感情ばかり。
でも藤原さんの目は、そうじゃなかった。彼の視線は……情熱に満ちていた。でもそれは、私ではなく、彼の絵に対する情熱であって。
周りの目を一切気にせず、ただただ私をモデルにして絵を描き続けていました。
私は線をなぞりながら、思わず口を開いていました。
「……あの、その……絵を笑われてるの、気にならないの? いつもみんなが……」
彼は少しだけ間をおいて、それでも手を止めずに、淡々と答えました。
「……そりゃあ聞こえるよ。でも、それがどうしたの?これは俺の好きなことだし。
他人に合わせて自分を捨てるほうが……よっぽど恥ずかしいと思わない?」