第10話 :「迷宮の奥で、再びこの白い猫になった君と出会った」
約十分ほど歩き続けた。幸い、これまでに集めた情報のおかげで、罠の回避は完璧に近く、進行速度もかなり上がっていた。
そうして俺は、あの殺気に満ちた直線通路を抜け――
ふと、目の前に開けた広い交差ホールにたどり着いた。
高いアーチ型の天井には、青白く光る燐光苔が微かに揺れている。
湿った空気の中、まるで無数の蛍が舞っているかのような幻想的な光景だった。
巨大な石造りの十字路が俺の視界に広がっていた。
南は俺が歩いてきた恐怖の通路。東には狭くて暗いアーチ型の通路が続き、西には不気味な双軌の石畳。そして北――背光に包まれた石扉の先には、迷宮のさらに深層が待っているようだった。
「……さて、どこに行くべきか……」
中央に立ち尽くし、手は短剣の柄に添えたまま、周囲を見回す。その時だった。選択に迷う俺の背後から、予期せぬ音が響いた。
――カチャッ、カンッ……ギギッ……!
断続的な金属のぶつかる音、低く唸るような声。
「戦闘……!?」
俺は即座に背筋を伸ばし、音に意識を集中させた。
ギィンッ!
金属が激しくぶつかり合う音が確かに東のアーチの奥から響いてくる。
慎重に足を運びながら、その方向へ向かった。
音を立てぬように、ひび割れのない床を踏みしめ、無言で拱門の端まで進むと――
その先に、激しい戦いの光景があった。
雪のように白い猫が、十数体の緑色のゴブリンたちと死闘を繰り広げていた。
ギンッ、カチンッ!
先程の音は、どうやらゴブリンの剣が地面に叩きつけられていた音らしい。猫は、剣が届く刹那に、わずかに体をひねって回避していたのだ。
その白猫――
小柄な体に、初雪のような真っ白な毛並み。瞳はガラスのように澄み、動きは俊敏そのもの。敵の攻撃を軽やかにかわし、隙を突いて反撃に転じていた。
ゴブリンたちは、ボロボロの皮鎧を纏い、短槍や小刀を手にしている。背は低く、単体なら脅威とは言えないが――数が違う。ざっと見積もって18体。
一匹の猫に対して、これほどの数で襲い掛かっていた。
その時だった。白猫が素早く身を翻し、目の前のゴブリンの首筋に噛みついた。
クリティカルヒット! 一撃で倒した――と思いきや、ゴブリンは即死せず、痙攣のように体を震わせて地に伏した。
《鑑定成功:ゴブリンは現在「麻痺」状態にあります。》
なるほど、噛みつきには麻痺効果があるスキルが使われていたのか。
あの白猫、ただの猫じゃないな。
さらに白猫はゴロリと転がって別の攻撃を回避すると、一閃、鋭い爪でゴブリンの肩を切り裂き、そのまま宙を跳ぶ。
跳躍の途中、首元に金色の魔法陣が浮かび上がり――
放たれた光の閃きが数体のゴブリンを一気に吹き飛ばした。
「……あれが魔物……? あんなに可愛い猫なのに……」
俺は思わず小さく呟いた。今まで迷宮での戦闘は何度か見てきたが、魔物同士が戦う現場に遭遇するのは、これが初めてだった。
《Eランク:スノー・スピリチュアル・キャット。魔法を得意とする猫型魔物。特に氷魔法を主軸とした水属性上位魔法に秀でており、通常のFランク魔物相手には有利に戦える能力を持つ。》
やっとその猫ちゃんの鑑定は成功した。ちなみに、今まで鑑定していなかったが、ゴブリンの情報も確認しておこう。
《Fランク:ゴブリン。準人型魔物。同ランクの魔物の中でも弱めの存在であり、複数で行動し、原始的な武器を用いて戦う習性がある。》
なるほど、だからあれだけの数のゴブリンが、一匹の猫を囲んでいたのか……
――それにしても、ゴブリンがやりすぎじゃないか?
このまま放っておいて、双方疲弊したところを見計らって……両方を攻撃するのか?
俺の眼前で、白猫とゴブリンたちの攻防が続いていた。
少し観察するだった、あの白猫は――普通の魔物とは思えない。
あまりにも綺麗で、そして、あまりにも強く、どこか人間らしい、何かを「信じて戦っている」ようにすら見えた。
俺の中に、静かに高鳴るものがあった。この戦いを、最後まで見届けるべきだ。 いや、それだけじゃない。必要なら――俺が猫ちゃんに手を貸す時が来るのかもしれない。冷静に考えると、別に猫好きだからとかじゃなくてだな?
猫も好きだけど、犬も好きだけど。だからね、助けて欲しいているのは別に猫が好きから。こんな事を考える時、俺の視界に新たなウィンドウが浮かび上がった。
《特殊魔物の深度鑑定に成功、ステータス情報を表示します》
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《名前:星野 美月》
• 種族:スノー・スピリチュアル・キャット
• 【スキルリスト】:
◆ Sランク:(私たちの揺るぎない不滅の絆)
◆ Aランク:(自信が輝く)、(善良な本質)、(高階元素魔法・氷)
◆ Bランク:(元素魔法・火・水・風・土)、(異常状態攻撃)、(魅力大UP)
◆ Cランク:(魅惑耐性大UP)、(五感強化)、(第六感)、(回復力UP)
◆ Dランク:(爪撃)、(咬撃)
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……え?
俺は画面を凝視し、思わず息を呑んだ。
「星野……さん?」
震える声が、思わず口から漏れた。視線をもう一度あの白猫に向ける。
その琥珀色の瞳には、どこか懐かしくて、強い意志が宿っていた――
そうだ。あれは、いつも笑顔で、たまに俺のオタ話に呆れてツッコミを入れてくれた、あの――
星野美月、その人だ。たとえ姿が猫になっていても、あの眼差しだけは、絶対に偽物ではない。
俺はその場で短剣を強く握った。骸骨になって以来、忘れていたような「心臓の鼓動」が、感情という名の共鳴として、骨の奥から響いた。
スキルを見たときは、これなら彼女も問題なく戦えるだろうと思っていた。だが現実は違った。戦況は一気に悪化していく。最前列のゴブリンたちが、奇妙な叫び声をあげると――
暗闇の奥から、新たな群れが現れたのだ。
壁の隙間、床の裂け目、偽の壁の裏から、次々に現れるゴブリンたち。
新たに十数体が追加され、まるで飢えた獣のような目で、白猫を睨んでいた。
「にゃ、にゃうっ……!」
あの白猫……いや、星野が、不安と反発を込めたような鳴き声を上げた。状況は明らかに不利だった。それでも彼女は最後の一撃を振るい、至近距離の二体のゴブリンを爪で引き裂いた。
だが、その背中が露出した瞬間、残りのゴブリンたちが一斉に駆け出した。「油断したな」とでも言いたげな勢いで、武器を構えて殺到してくる。
彼女は後退しながら必死に回避していたが、やがて背中が拱門の崖縁に追いつめられ――
「危ないっ、星野さん!!」
俺はもう、迷っていられなかった。全力で駆け出す。彼女を守るために――今回も命を賭けても!異世界でようやく星野美月を見つけた、だから俺は大切な人絶対に失いたくなかった。