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リサイクル義務化

作者: 雉白書屋

「ちょっと、あんた! これ、なんなのよ!」


「朝からなんだよ……」


 ベッドの中で目をこすりながら声のほうを見やると、しかめっ面の妻が立っていた。手には一枚の小さな紙。まるで、水戸黄門の印籠のように突き出している。

 あれは……そうか、スーツの内ポケットに入れていたのを見つけられたのか……。


「これ、レシートじゃないの!」


「とっといたんだよ……」


「これ! 飲み物を買ったんでしょ! ペットボトルはどうしたのよ!」


「もちろん、リサイクルボックスに入れたよ……」


「はあー! だ・か・ら、ちゃんとうちに持って帰ってきてって、いつも言ってるでしょ! ほんと馬鹿なんだから。はんっ、どうせ当たりくじに釣られたんでしょ」


 現代、地球の資源は枯渇寸前だった。そのため、政府は『リサイクル義務化法』を制定し、国民全員にリサイクル活動を強制した。あらゆるものがリサイクル対象となり、街の至るところに設置されたリサイクルボックスでは、物を入れるたびに抽選が行われる。運が良ければクーポンが当たるという仕組みだ。


「で、外れたんでしょ。あんなの当たるわけないじゃない。特に、運が悪いあんたなんかね。それよりも、うちでちゃんとゴミを集めてリサイクルすれば、確実にクーポンがもらえるのに!」


「でも、そのクーポンはお前が全部ひとり占めに――痛い!」


 言い終わる前に蹴られた。いや、蹴られたのはこれで二度目らしい。他の箇所からじわじわ広がる痛みが、妻がおれを蹴り起こしたことを物語っている。


「ほら、これ食ってさっさと目を覚ませ! もう!」


 妻はレシートをおれの口に突っ込むと、どすどすと足音を立てて部屋を出ていった。このレシートは食物繊維でできているから食べられる。だが、不味い。それに、もう十分目は覚めている。


 おれは手早く朝食を済ませ、身支度を整えると、逃げるように家を出た。

 つくづく思う。寒々しい街だ。 

 街のリサイクルボックスは緑色で目に優しいが、それはこの街で唯一の緑だからかもしれない。草木はすべて根こそぎ持って行かれた。リサイクルされたのか、皇居や政府の役人といった、お偉いさんの庭にでも移されたのだろう。

 その後、代わりにリサイクル可能なプラスチック製の木が植えられたが、すぐに誰かに盗まれた。さらに鉄製の木が立てられたが、それも盗まれ、結局、今では何もない。皆、リサイクル活動には熱心だ。

 街は閑散とし、人口が減ったはずなのに、満員電車の混雑は相変わらずだ。本数と車両が削減されたせいだろう。だが、不平を言う人は少ない。むしろ、こうした密集がかえって安心感をもたらすらしい。

 おれもその一人だ。リサイクル義務化法が施行されて以来、人々は不用品のみならず、思い出の品までもリサイクルセンターに持ち込むようになった。新たに思い出を作ることも少なくなり、その結果、時折、自分の体は空っぽなんじゃないかという感覚に襲われる。


「え……クビですか?」


「ああ、すまないね。せっかく来てもらったのに、まあ、急に決まったことだから」


 会社に着くなり上司に呼び出され、解雇を言い渡された。無理だとは思うが、一応抗議してみる。


「なんとかならないですか? まだ働けますし」


「再雇用か? うちはそういうリサイクルはやってないからなあ。ははははは!」


 上司の笑い声は体によく響いた。やはり、おれの体は空っぽなのかもしれない。怒りすら湧かないのだから。

 ただ、妻にどう伝えるか考えると気が重くなった。

 電車には乗らず、歩いて帰ることにした。

 正面から吹く冷たい風が骨まで染みる。脇の下は特に寒く感じるのに対し、頭は妙に熱を持っている。

 今は秋か。街頭モニターには紅葉した木々が映り、風に舞う落ち葉が地面を彩っている。

 だが、現実には何もない。葉どころか枝さえも消え失せた。足元に目を落とせば、ひび割れた歩道と、苔のようにへばりついたプラスチック屑。古びた商店の庇は骨組みだけ。太陽の光が突き刺さっている。

 本当に何もない。街も、おれも。ただ風の音だけを響かせている。


 家に着いたのは午後三時を少し過ぎた頃だった。日が少しだけ傾き、街全体に切なさを滲ませている。


「おや……?」


 家の前に『リサイクル局』の車が停まっていた。いつものゴミ回収車とは違う。大きく、どこか威圧感のあるデザインだ。

 妻が呼んだのだろうか。しかし、うちには特に大きなリサイクル品はないはずだ。

 冷蔵庫でも壊れたのか。だとしたら、まずいな。買い替える金などない。妻がクーポンを使ってくれれば別だが、貯めることなく早々に化粧品やお菓子に化けていることは知っている。


「ああ、どうも。こちらのお宅のご主人ですね?」


「あ、はい……」


 車から降りてきた職員が軽く会釈した。おれもなんとなく頭を下げた。


「リサイクルの時間です」


「え……? 冗談でしょう?」


 おれが問い返すと、職員はゆっくりと首を横に振った。

 その瞬間、同僚たちの会話が頭の奥でふわっと蘇った。


『あいつ、先週リサイクルされたらしいぞ』

『マジ? まあ、業績悪かったもんな……』


 そう、この『リサイクル義務化法』は、あらゆるものを対象にしている。そこには人間も含まれ、社会的に不要と判断されれば、再利用される仕組みなのだ。輪廻転生など、もう誰も信じていない。


『あんたの人生もそろそろリサイクルの時期じゃない? あんたがリサイクルされたら、再婚でもしようかしらね』


 以前、妻がにやにやしながらそう言ったことがあった。冗談のつもりだったのだろう。だが、その目には本気の色が浮かんでいた。

 今、妻はさぞかし喜んでいるに違いない。どこか、そのへんからこっちを見て……。


「あれ……妻は?」


「奥様は一足早くセンターに送られました。激しく抵抗されたので……」


 職員は苦い顔で、首元の傷跡を見せた。


「そうですか……ところで私は、次は何になるんでしょうか?」


「えーっと、ペットボトルになる予定ですね」


「はあ、なるほど……」


 妙に納得がいった。空っぽの体には、それが一番ふさわしい気がする。


「あっ、ちなみに妻は? 同じものですか?」


「いいえ、奥様はゴミ袋です」


 おれは大笑いした。

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