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08 くだらない会議

 

 会議室では、冴えない風貌の男が起立しており、熱っぽく話していた。

 

「だって、そうですよね? 施術は、一ヶ月から二ヶ月に一回――。軽い症状でも、寛解(かんかい)までに早くても半年――。普通は最低、一年はかかるんですから。

 患者さんに、まずは、霊体外科の治療を受けてよかったなと、思っていただくことが大事なんです。そのためには、初期の段階、ええ、もう、最初の施術から、ビッグインパクトを、患者さんに与えるべきだと思われます。

 患者さんの内面世界で、ただ単に、疾患(しっかん)の象徴と見られる部分への処置を、たらたらと繰り返している先生も、おられると思いますが――」

 

「質問でぇぇぇーす」


 そう間延びした声を出したのは、皆川(みながわ)理瀬那(りせな)だった。


「どうぞ」


「その、ビッグインパクトって、具体的に、何をどうすればいいんですか?」


「はい、まあ、一言で言うならば、喜びです。喜びを感じてもらうことです」


「ええ、ですから、具体的な話が見えてこないんですよ。関根先生は、施術の際、『砂漠のオアシス』で患者さんの内面世界をシーナリー化しますよね。で、そのオアシスに、どういった処置を?」

 

 理瀬那は、突っかかるような物言いをする。

 すると、関根(せきね)予壱(よいち)は、小馬鹿にするように鼻で笑った。


「そういったことについては、わたしなんかより、よっぽど皆川先生のほうが、明確に治療指針を見いだせるはずですが。

 まあ……、霊体外科医、個人個人によって、患者さんの内面世界でのアプローチは、千差万別ですから。一概にどうすべき、と説明するのは、難しい話になってきますねえ」

 

 やや間が空いた。


「……企業秘密ってわけですか」

 

 理瀬那は、苦笑混じりにつぶやく。


「皆川先生っ」

 

 霊体外科医長の速見(はやみ)準貴(じゅんき)が、たしなめる。

 

 空気が悪くなったが、類照は、ほとんど上の空で、その後の意見交換を聞いていた。

 類照の意識は、もはや、体外離脱をして宙を舞ったかのように、恋人の眠っている霊体医療研究センターに向かっていたのだ。

 

 会議室を出ると、後ろから声をかけられた。


「工藤先生」

 

 医長の速見準貴の声だった。

 類照は、とっさに振り返る。


「ずいぶん詰まらなそうな顔をして、話を聞いてたね」


「いえ、詰まらない、なんてことは……」


「そんなに後輩の活躍ぶりが、気に入らないかい?」


「まさかっ。そんな、やっかみみたいなものは、持っていませんよ」


「まあ、とくに、工藤先生と皆川先生は、関根先生の指導に、ずっと当たってきたわけだからね。うん、それこそ、手取り足取り面倒を見てきた。その後輩に、頭が上がらなくなっているという、そのもやもやとした気持ちは、わからなくもないよ。

 ただね、関根先生の評判の上がりぶりときたら、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 どうだい。工藤先生も皆川先生も、一度、関根先生に頭を下げて、どのような施術を行っているのか、患者さんの内面世界に、同行させてもらうのも、いいんじゃないのか」

 

 患者の内面世界には、一度に複数の霊体外科医が入る時がある。主に後輩の霊体外科医を指導する際などだ。もっとも、患者側への影響を考え、たいていの場合は、二人までだ。しかし、理論上は、三人でも四人でも入ることが可能なのだった。

 類照も、皆川理瀬那も、しばしば付き添う形で、患者の内面世界に入り、関根予壱に施術の指導を行ってきたのだ。

 今度は、逆に、関根から手ほどきを受ける立場になるということか。


「はい、考えておきます」

 

 解放されたかったが、銀縁の眼鏡をかけた四十代半ばの医長は、まだ、何か言おうとしている様子だ。

 

「それともなんだ――。やはり、付き合っている彼女の身が心配で、以前のように職務に専念するのが、精神的に困難な状態なのかい?」


 類照は、どきりとした。動揺を気取(けど)られないよう努める。類照の恋人の霊体が、未だ、肉体に戻れていないということは、関係者の間で、もはや、公然の秘密となっていた。

 相手を見ると、眼鏡の奥の目が、鈍く光っている。

 なんとなく、文句なしの美女と交際関係にある男への、嫉妬めいたものが表れているような気がした。

 

「工藤先生が、つらい思いをしているのは、充分理解できる。だけどね、ここは大学病院であり、言うまでもなく教育機関だ。

 それに、中央センターの比留間(ひるま)院長は、生粋(きっすい)の実力主義者だ。もし、きみが、下の者たちに、霊体外科医としての模範を示せない人材だと、比留間院長から判断されたら、よその病院に出向(しゅっこう)、ということにもなりえるよ」

 

 枢聖院グループの職員が言う『中央センター』とは、つまり、霊体医療研究センターのことだった。そこの比留間院長は、権威という点において、系列病院に勤務する霊体外科医全員の、トップに君臨する存在である。

 

「はい、肝に(めい)じ、精進(しょうじん)して参ります」

 

 類照は、軽く頭を下げた。


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