07 大先生
ややあってから、着替えを終えた患者が、カーテンの向こうから戻ってきて、施術室の引き戸を開けた。
「ありがとうございました」
患者は、丁寧に頭を下げた。
「お大事に」と、三人の医療スタッフ。
類照は、チノパンのポケットから携帯端末を取り出す。先ほどの、皆川理瀬那からのメッセージに、返信しようと思ったのだ。
ちょっと迷ったが、行ってやることにした。
『了解』
それだけ書いて、送信した。
後ろから、いきなり、坂上蘭音に声をかけられる。
「ひょっとして、皆川先生ですか?」
類照は、おもむろに椅子を反転させた。
「ああ」
「やっぱし――。このところ、工藤先生は、皆川先生と、ずいぶん親しくしてるって、色んな人が噂してますよ。だいじょうぶなのかなぁー?」
「何が?」
「だって、工藤先生の彼女さん、意識が戻らない状態になって、もう半年、いや、それ以上ですか。そういう状況で、あんな――、色気が、服、着て歩いてるような、皆川先生と、距離感を縮めちゃって、男の人って、我慢できるもんなんですか?
そろそろ、目移りしても――」
「坂上さんっ」
白井縁斗が、呆れ気味に制止する。
「いやいや、理瀬那は、単なる大学の同期だから。何もありゃしないさ」
類照は、投げやりに答える。
「すみません、冗談です。
あっ、それはそうと――、皆川先生は、例の大先生に対して、相当、鬱憤が溜まってると聞いてますが。もう、爆発寸前だとか――」
「大先生――? 関根先生のことか」
「ええ、そうです」
「それにしても、不思議なもんですよね」
白井縁斗が、口を挟んだ。
「なんせ、あの関根先生、この病院に入ってきたばかりの頃は、霊体外科医として、ホンット、なーんもできなくて、周りに迷惑をかけてばかりいたくせに、なんだろ……、ある時期を境にして、患者さんたちの間で、名医だ名医だと評判になり始めた」
「うんうん。そんなふうに、おだてられるようになって、大先生、今では、すっかり、患者さんたちの英雄気取り。
あたしからしても、いけ好かない男に思えるんだから、ましてや、大先生の育成に、直接、携わってきた、工藤先生や皆川先生からすれば、まさに、目の上のたんこぶじゃないでしょうか?
でも――、工藤先生は、大学の同期として、皆川先生と一緒にいるわりに、そういうことには、我関せずっていう感じですよね」
類照は、反応に困り、椅子を反転させ、机の上で両手を組んだ。
「あっ。けど――、もしも、この先、ひょんなことから、皆川先生に触発されて、大先生の鼻っ柱をへし折ってやりたい、みたいな気分になったら、ぜひ、チームのあたしたちに相談してくださいね。
あたしにできることなら、なんだって協力しますんで」
坂上蘭音は、浮かれ調子の声で言う。
類照は、それを聞いて、力なく笑った。