01 賭け
東部医療センターに到着し、更衣室で白衣に着替えると、類照は、一人で、内科病棟の五○二号室に出向いた。
四人部屋の病室に入ると、辻在誓少年のベッドの脇には、母親に加え、父親らしき男が立っていた。
「失礼します」と、類照は、二人に声をかける。
母親が、無言で会釈する。
父親は、母親から連絡を受け、ただごとではないと思い、仕事後に駆けつけてきたのだろう。
やや、ぽっちゃりとした、温厚そうな風体の男だ。
だが、類照を見て、どことなく胡乱げな目つきになった。類照の外見からして、もしかしたら、まだ研修医なのではないかと、疑いを持ったのかもしれない。
「息子さんのことで、お話させていただきますね。最初は、心の膿を、自然に出し切ってもらおうという、方針だったのですが――」
父親が、言葉を挟んでくる。
「心の膿って――、流浪者たちの邪神への好奇心、というか、信仰心? そういうふうに、妻から聞いたんだけどさあ――、息子に限って、そんなこと――、にわかには信じられない話なんだけどねえ」
謝罪の言葉は口にしない――。
類照は、そう決めていた。
「とはいえ、実際に、その症状が現れているので、間違いはありません――。
そこで、なんですけども、前任の、関根先生が担当していた頃の、心理検査の結果などを見返してみて、どうも、息子さんの場合、性格のタイプ的に、つらい副反応の症状が、長引く可能性がありそうだなと思いまして。
これ以上、睡眠薬で、無理に眠らせ続けるのも、息子さんの体に負担がかかりますので、これから、もう一度、施術を行い、心の膿を、強制的に放出すべきだという結論に至ったんです」
今度は、母親が、おずおずと訊いてくる。
「そんな、あのぅ……、心の膿を、強制的? に放出するなんて、ずいぶん荒療治な感じに聞こえるんですけど、だいじょうぶなんでしょうか?」
「たしかに、思い切った処置ではあるのですが、現時点においては、最善のやり方かと思われますね」
すると、父親は、母親に向かって言う。
「霊体外科の治療って、もっと安全なものだと思い込んでたけど……、ぼくら、だいぶ買いかぶってたみたいだな」
類照は、その発言を無視し、
「ですので、もう少ししたら、看護師が来ますから、その指示に従ってください」
そう言い残して、部屋を出た。
五階のナースステーションに行き、手近の女性看護師に、五○二号室の辻在誓少年と、その両親について、いくつか指示を出しておく。
それから、エレベーターで二階に降りた。
類照は、第四施術室の引き戸を開けた。
室内には、チームメンバーの白井縁斗と坂上蘭音が、まだ残っていた。
坂上蘭音が、心配そうな様子で寄ってくる。
「工藤先生、中央センターまで行って、何を――」
「悪いんだけど、詳しい話は、のちほど――。
もうすぐ、辻くんが、ここに来る」
白井縁斗が、困惑の面持ちで、
「それじゃあ、これから、また施術を?」
と尋ねてくる。
「うーん。それも、まだ、なんとも言えないんですよね」
二人は、ますます、訳がわからなくなってきた、と言いたげな表情を浮かべる。
第四施術室に戻ってきてから、十分以上が過ぎた。
まだか。遅いな。
そう思い始めたところで、ようやく、施術室の引き戸が開けられた。
一人の女性看護師が、辻在誓少年を乗せた車椅子を押して入ってきた。両親の同行は、お断りするよう、指示しておいたのだ。
在誓は、睡眠薬が、体から抜けておらず、依然、うつらうつらした状態だ。上は、青い施術着という格好なので、在誓を、そのまま、黒い革張りの肘掛け椅子に移動させる。
その女性看護師が、施術室を出て行った。
類照は、腕時計に目をやる。
九時十五分になろうとしていた。
すでに、比留間たち三人も、東部医療センターに着いているはずだった。今頃、応接室で待っていることだろう。
「お二人は、少々、ここで待っていてください」
類照は、そう言って、第四施術室を出た。
応接室に近づくにつれ、足取りが重くなっていくのを自覚する。
たぶん、次、比留間と顔を合わせれば、自分が、賭けに勝ったかどうかが判明するはずだ。
胃そのものが、喉もとまで、せり上がってくるような緊張感。