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06 ショートヘアの恋人


「イオちゃんっ……。イオちゃんっ……」

 

 呼びかけてみるが、依織は、ぴくりとも反応しない。よほど深い眠りの中にいるのだろう。

 

「なあ、起きてくれよ! イオちゃん、頼むよっ!」

 

 類照は、怒鳴るような声を出した。

 すると、依織は、かすかに身じろぎした。その顔が、おもむろにこちらを向く。


「あっ……、ルイくん」


「おはよう。会いに来たよ」

 

 類照は、ほっとして言う。

 

 依織は、照れくさそうに微笑むと、身を起こし、体育座りをした。

 つい先ほど、実世界の病室で、肩まで髪を伸ばした美女の顔を見たが、やはり、あれは、自分の恋人ではなかったか、あるいは、夢の中の出来事だったかと思ってしまう、言うならば、目の覚めるような、すっぱりとしたショートヘア。

 そのボーイッシュさは、本人が、小顔である強みを()かすための、計算し尽くされたスタイルだと、多くの人は思うだろう。だが、耳周りの髪の長さは、へんてこなくらい不揃いであり、本人の、ルックスに頓着しない性格が、実は垣間(かいま)見えているところに、男心が、妙にくすぐられる。

 美人なのは、間違いないのだが、その言葉だけでは表現しきれない、独特な魅力のある顔立ちである。やや、つり目気味のために、目つきは、わりと大人っぽい。だが、ちょこんとした唇は、なにか、中学生並の幼さを残しているようにも感じられる。

 つまり、端的にいうと、顔の上半分と下半分のアンバランスさがあるのだ。しかし、だからこその美貌なのだと、声を大にして言いたかった。

 また、座っている状態でも、とくに、その膝下の長さに至っては、男から見ても舌を巻くほどだ。

 

 もちろん――、最初は、そんな彼女の容姿に惹き付けられ、自分が、恋心を抱いたのは、紛れもない事実だ。しかし、知れば知るほど、彼女の、行動様式みたいなものに、目が行くようになっていった。

 彼女は、少々、間が抜けていると思うくらい、素朴な女だった。

 案外、自分が、この恋人を、唯一無二の存在だと確信している、最大の理由は、そこかもしれなかった。


 依織は、まだ眠そうに、目をごしごしと(こす)りながら、口を開いた。


「ねえねえ、前回、ここで会った時から――、外の世界では、どれくらい時間が過ぎたの?」


「約、一ヶ月だな。本当は、一週間に一度は、顔を見に来たいんだけど、比留間院長から、なかなか許可が出ないし、チームを組む、佐久間さんと沢村先生の都合もあって、難しいんだ。(さみ)しい思いをさせてしまって、すまない」


「ルイくん。あたしなら、だいじょうぶよ。この状況になら、いくらだって耐えられるって、前にも言ったでしょう? なにせ、眠ってるだけなんだから」


「魔術による、眠り、か……」


「そそー。

 人の内面世界において、霊体外科医の魔術が、いかに絶大な効果をもたらすか、身をもって知ったわよ。

 ただ、コツがあるんだけどね。簡単に言うと、実世界で体外離脱をする時の、逆をするような感覚。意識状態を変容して、どすんと落ちていく自分をイメージする、みたいな。

 そうして眠っちゃうと、いつまでもいつまでも、寝続けられる」

 

「へえー。そんなものなのか」


 こんな場所で、依織が、ひたすら寂しさに暮れながら、また、絶望と闘いながら、時を過ごしているわけではないのなら、その点だけは救いである。


「それより――、外の世界のほうで、ルイくんは、うまくやってんの? なんだか……、前回より、やつれて見えるし、だいぶ、疲れてるんじゃない?

 いやよっ、あたし。ここを出られたはいいけど、ルイくんは、職を失ってて、帰るマンションは、売り払われてました、なんて事態は」

 

 依織は、ふざけ半分に言う。

 だが、類照は、むっとした。


「いったい、誰のおかげで、疲れさせられてると思ってるんだ」

 

 依織は、ぽかんとした。


「あ、そうよね……。ごめんなさい」

 

 深田の内面世界が、危険に満ちていることは、上層部の霊体外科医の間では、既知(きち)の事実だった。そのため、霊体外科医が、霊体として、深田の内面世界に入るには、比留間院長の許可が必要となる。

 だというのに、依織は、その決まりに従わず、独断で行動を起こしたのだ。

 おそらくだが、深田の境遇を知っていながら、霊体外科医として、何もしてあげられない歯痒(はがゆ)さに耐えられなくなったのだろう。

 

 イオちゃんにとって、深田先輩っていうのは、それほど大事な存在だったの――?

 思えば、学生の頃から、胸の奥底に淀んでいた、その問いかけが、喉もとまで出かかっていた。


「まったく、無謀なことをしてくれたもんだよな」

 

 ついつい、責めるような口調になってしまう。

 

「本当に、ごめんなさい……。あの時は……、あたし、どうかしてたんだわ」

 

 依織は、どこか焦点の合っていない目で、地面を見ている。

 

 以前、依織から、ここに幽閉されるに至った経緯を聞いたことがある。

 依織も、人間の内面世界のシーナリー化には、『新緑の森』を用いる。

 だから、彼女は、この『幻惑の森』に降り立ったのだ。

 そして、あちこち歩き回っているうちに、この、霧の立ち込めている一帯を発見したという。何があるのかと怪訝(けげん)に思い、その中に足を踏み入れた。視界は悪かったが、それでも、どんどん奥へと進んでいった。それにつれ、霧は濃くなり、二、三メートル先も見通せないようなところまで来た。

 その後、気づいた時には、いばらの檻の中に幽閉されていた。

 まもなく、どこからか伸びてきた、クレーンのフックのようなものが、檻の天井に引っ掛けられた。檻は、そのまま吊り上げられて、かなりの高度まで上昇し、続いて水平移動し、ついには、この巨木の頂上に下ろされた――、とのことだった。

 

 依織としても、ある程度のリスクは、承知の上での行動だったはずだが、まさか、そんな悪意を濃縮したような罠まで仕掛けられているとは、想像も付かなかったのだろう。


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