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3 初めての贈り物

 ロドリゴが寝ていると、コンコンと扉を叩く音がした。時間を見ると、昼前だ。昨日が遅かったとはいえ、寝過ぎてしまったようだ。


「はい」

「あの、マリナです。昨日はお世話になりました」


 どうやら本当に来たらしい。ロドリゴが扉を開けると、マリナが立っていた。


「お掃除しに参りました」

「ああ」

「昨日のお金でお薬も買えました。本当にありがとうございました」

「……良かったな」


 マリナはその後、本当に部屋中をピカピカに磨いて料理まで作り出した。


「うわぁ、何もないですね!」

「……自炊はしない」

「食材を買ってきてもいいなら、お作りしますよ」


 その言葉に、オスカーはまたピンときた。料理を作る振りをして、金をせしめるつもりなのだろう。


「そうか、じゃあそうしてくれ。金はそこの財布から使ってくれ」

「え? こんな大金いりませんよ」

「足りないとだめだから、持って行きなさい」


 戸惑った振りをしているマリナに、無理矢理財布を渡した。これでそのまま逃げたら、窃盗の現行犯になるとロドリゴはほくそ笑んでいた。


 財布には昨日と同じ十万ゴールド入っている。マリナがどうするか見ものだと、ロドリゴは思っていた。


「行ってまいります」

「頼んだ」


 マリナが出て行った後を、ロドリゴは気付かれないように後をつけた。しかし、本当に何か買い物をしているようだった。


 このままでは帰ってきそうなので、ロドリゴは先回りして何事もなかったかのように部屋に戻った。


 五分後マリナは家に帰ってきて、本当に料理を作り始めた。


「どうぞ。お口に合えばいいのですが」

「……お前も食べろ」


 テーブルに広げられた料理はとても豪華で、いい香りがした。一緒に食べようと言ったのは、何も優しさではない。毒や睡眠薬が入っていないか確かめるためだった。


 もしマリナが拒むようなら、料理を食べるつもりはなかった。


「え? いいのですか」

「ああ」

「嬉しいです」


 パクパクと食べ始めるマリナを見て、ロドリゴも料理を口にした。


「……美味い」

「良かったです。お口に合って」

「なんだか懐かしい味だ」


 ロドリゴは五歳までは平民として育っていたので、母が作った素朴な家庭料理ばかり食べていた。引き取られてからは、シェフが作った豪華な食事ばかりだったが。そして今は騎士団の食堂で食べている。


 だから手料理というものは久しぶりだった。マリナの料理は、母親を思い出す味だった。


 今までは腹を満たせればいいと思っていたが、温かい料理を誰かと食卓で食べると……なんだか心まで満たされる気がした。


「君ももっと食え」

「ありがとうございます」


 それからというもの、マリナは毎日のようにロドリゴの部屋を訪れた。


 ロドリゴは夜に詐欺師のことを調べるので、仕事は夜にあると伝えると、マリナは毎回昼に数時間やって来て掃除や洗濯……そして料理を作って帰っていく。


 ロドリゴに色仕掛けをしたり、ベタベタしてくることもなく、マリナはとても『普通』に接していた。


「もうしなくていい。家事は不得意ではあるが、最低限のことは俺でもできる。金の分の働きはしてもらった」

「ロロ様は相場を知らないのですね。まだまだ支払い切れていませんわ」

「……そうなのか」

「ええ。迷惑ですか?」


 目を潤ませてマリナがそう言うので、ロドリゴは渋々その状況を受け入れた。


「別に迷惑ではない」

「良かったです。あ、洗濯したらシャツのボタンが取れていたので、つけておきました」

「そうか。あ……ありがとう」

「いいえ、他にもあれば遠慮なく言ってくださいませ。私、お裁縫は得意なので」


 ニコリと笑ったマリナを見て、ロドリゴは胸がもやもやとした。十万ゴールドもの金を払っているので、気にする必要はないのかもしれないが……なんとなくただ働きをさせているようでいたたまれない。


「痛っ!」

「どうした?」

「あ、すみません。手が荒れていて……水がしみてしまいました」


 ロドリゴは見せてみろと言ったが、マリナは恥ずかしそうに手を隠して引っ込めた。


「……治療をする。もう洗い物はするな」

「い、いいえ。大丈夫です。いつものことですから」


 隠した手は赤くなっていたが、本人が嫌がるのでロドリゴはそれ以上何も言わなかった。





「お兄さん、これどうですか。彼女へのちょっとしたプレゼントに最適ですよ」


 街を歩いていると、露天商の男が声をかけてきた。興味はないが一応見てみると、そこには色とりどりの綺麗な容器が並んでいた。


「これはなんだ」

「ハンドクリームですよ。いい香りで、肌がすべすべになります」


 そういえば、この前マリナの手が荒れていた。女に何かを贈ったことなどないので、ハンドクリームというものも初めて知ったが……これをつければいいのだろうか?


 思い返すと……母は水仕事をしたら手が荒れてしまうと言いながら、何か定期的にクリームを塗っていた気もする。それがこれなのだろうか。


「これが一番人気がありますよ。花の香りです」


 男は容器を開けて、香りを嗅がせた。ほのかに甘い香りがする。


「では、この薄いピンクのものを。いくらだ」

「ありがとうございます! 千ゴールドです」


 そんなに安いものなのかと思いながら、金を支払いポケットに入れた。


「ロロ様、そろそろ帰りますね」

「ああ。あ、そうだ」

「なんですか?」


 ロドリゴはポケットからさっき買ったハンドクリームを雑に取り出し、マリナの手に乗せた。


「露天商が売っていた。手に塗るものらしい」

「く、くださるのですか!?」

「ああ。俺はこんなもの使わん。ボタンの礼だ」


 マリナは嬉しそうに手の中の容器を眺めて、キラキラと目を輝かせた。


「可愛いです。ありがとうございます、大切に使います」

「そんな……礼を言われるほどの値段じゃない」


 大袈裟に喜ばれて、ロドリゴは驚いた。これはたった千ゴールドのものだ。


「いいえ、嬉しいです!」


 ニッコリと微笑んだマリナに、ロドリゴの心臓はドクドクとうるさく音を立てていた。



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