1 ロマンス詐欺
「ロマンス詐欺ですか?」
「ああ。最近その手の犯罪が増えているらしくてな」
「恋愛を餌に金を巻き上げているということですか?」
「そうだ」
「俺はそういう女が一番許せません」
グロース帝国の騎士であるロドリゴ・パレスは、逞しい体格と端正な顔立ちを持っているにも関わらず大の女嫌いだった。
「そうだろう。だからこそ、この仕事はロドリゴが適任だ」
「……俺なら、絶対にその詐欺師に惚れないからですか?」
「そうだ。ミイラ取りがミイラになられては困るからな。やってくれるか?」
これは騎士団長直々の任務だ。ロドリゴが断る理由はない。
「承知しました」
「成功すれば、階級をあげてやろう。いい報告を待っているぞ」
「はい」
ロドリゴは、心の中でガッツポーズをした。嘘つきな女を掴まえるだけで階級があがるのであれば、こんなに簡単でラッキーなことはないからだ。
騎士団長からもらった今までの事件の資料をパラパラと捲った。資料によると詐欺師が現れるのはフォレという比較的大きな街で、時間帯は夜遅く。見た目は詐欺師が毎回変装するのでよくわかっていないらしいが、いつも可憐で清純そうな庇護欲を誘う見た目らしい。恐らく二十代前半だが、化粧が上手くまるで少女のような見た目に見える時もあるそうだ。
詐欺師は家族が病気だの借金があって売られそうだのという安っぽい理由で泣き落とすらしい。一度払うとそれからも恋人のようなふりをするがどれだけ一緒にいてもキス止まりで、決して身体は許さず巧みに恋心を操って金を巻き上げるとのことだった。そして金が無くなったと判断すると音信不通になり、別のターゲットを狙いにいく。
「最低な女だな」
被害男性は貴族や裕福な商人の三十人弱で、被害総額は数億ゴールドにも及ぶ。中には既婚者も多いため、今までは公にできず泣き寝入りをしていたらしい。だがその噂を聞いた騎士団長が、これ以上被害を拡大させないように秘密裏にロドリゴに命を下したらしい。
名は明かせないと言われたが、実は騎士にも被害者がいるそうだ。全くこのグロース帝国の民を守る立場の騎士がそんな体たらくでどうするのだと、ロドリゴは呆れていた。
「……結婚しているのに、こんな女に手を出す男も屑だ」
ふんと馬鹿にしたように鼻で笑い、資料を机に放り投げた。
♢♢♢
「この辺りか」
ロドリゴはフォレに着いた。時間は日付を過ぎる少し前なので、資料の時間通りだ。もちろん、毎日同じ場所の同じ時間に女がいるわけではないので長期戦を覚悟していた。騎士団長からは、詐欺師を捕まえるために通常の任務を無しにしてもらい、女に渡す金を経費としてたんまりと預かってきている。なかなかの大金だが、最後に捕まえて回収すればいいだけの話だ。
なるべく自然に……だが金があるように見せねばならないため、貴族だとわかるようにそれなりの身なりで街をゆっくりと歩いた。
「お兄さん、いい男ねぇ。安くするからお店寄ってってよ」
「こんな美丈夫なら、タダでもいいわ!」
「あはは、それ仕事にならないじゃない」
派手で布面積の少ない服を着た女たちに腕を引かれたが、ロドリゴはギロリと睨んで通り過ぎた。
実はロドリゴがこんなに女嫌いなのには理由がある。
ロドリゴはパレス伯爵家の息子だが、実は父親が絶世の美女だと人気の踊り子に惚れた結果できた『不貞の子』だった。最初は公にはせず生活費だけ渡し関係を絶っていたらしいが、五歳の時に母が病気で急死してしまったのを知って伯爵家にロドリゴを引き取った。
父親はどうやら本気で母に惚れていたらしく、彼女の面影があるロドリゴを見て泣いていた。おそらく、似ていたので放っておくことができなかったのだろう。
事実を知って怒り狂った夫人は、ロドリゴの存在を認めず三歳上の実子の息子のみを可愛がった。急に現れた次男に社交界は騒然とし、幼い頃のロドリゴは随分と『愛人の子』や『卑しい血が入ってる』と虐められた。
だが、十五歳を過ぎた頃から周囲の目が変わってきた。特に女からはあからさまに言い寄られるようになった。少し前まで虐めていた奴らが平気で手のひらを返した。なぜなら、ロドリゴは絶世の美女だと言われた母親と瓜二つだったのだから。
若い女のロドリゴに媚びるような目、そして義母の汚いものを見るような憎しみを持った目。女のイメージはその二つのみだ。ロドリゴはどちらも嫌いで吐き気がした。
家の居心地が悪いので、十八歳で騎士になるために家を出た。今年で二十五歳になるが、女っけのないまま今に至るが、平和な毎日だ。伯爵家とは関わりを持たない代わりに、ロドリゴは自由を得た。
なのでロドリゴは一応貴族ではあるが、平民に近いような暮らしを続けている。
なので騎士として力を付けて、出世して稼ぐことがロドリゴの目標だった。
「あの……その……」
今夜はもう詐欺師に会えそうにないと諦めかけていたその時、一人の少女に声をかけられた。
「なんの用だ」
「あの……その……」
ローブを被った少女は明らかに挙動不審で、もじもじしながら身体を震わせていた。
「わ、私を一晩買ってくださいっ!」
大声でとんでもないことを言うので、ロドリゴは驚いて目を見開いた。