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わたあめ令嬢との婚約破棄

作者: けい

婚約破棄ものを書いてみたくなりました。

雰囲気だけ味わってください。

「メアリー・フロア、お前との婚約を破棄させてもらう!」


高らかに宣言するのは、王国の王太子、フレッドである。

それに対し、メアリーはきょとんとして目をぱちくりと瞬かせた。


女性にしても低めの身長に大きなピンクの瞳、ゆるくウェーブのかかったストロベリーブロンドの豊かな髪をかわいらしく結い上げふんわりとしたレースのあしらわれるドレスをまとった華奢な少女。

ひとたびその瞳を潤わせれば誰もが庇護欲を掻き立てられるような、そんな愛らしい少女がメアリーであった。その顔には常に甘い笑みが浮かび、どこかふわふわとした印象を与える。

そんな彼女は通称「わたあめ令嬢」と呼ばれ、主に小さいもの好きに親しまれていた。

今も、彼女のピンチを察知して何人かの友人と呼ぶべき男女が彼女を守るべく動き出そうとしている。しかし、相手は王族、しかも王太子である。下手なこともできずに戸惑う彼らに、メアリーは眉を下げて小さく首を横に振り、すぐに己の婚約者へと向き合った。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「わたあめ令嬢と呼ばれる甘いお前に国母は務まらない! 国が傾く前にこの婚約をなかったことにしてもらう!」

「この婚約は陛下と私の父によって結ばれたものです。陛下の許可は得ていますか?」


しごく当然ともいえるメアリーの問いに、フレッドはぐっと言葉に詰まり冷や汗を垂らす。

そう、彼は独断でこの決断をし、独断で宣言しているのだ。

わざわざ自ら主催の夜会を開き、表向きは学園の卒業記念としていたが、すべてはこの婚約破棄を周囲に知らしめるためのものにすぎない。そこまで用意周到にしておきながら何故肝心の許可を取っていないかというと、彼の父である国王が首を縦に振ろうとしなかったからだ。


フレッドとしては、どうして両親がメアリーを将来の王妃に選んだのかさっぱりわからない。


「そ、そもそも! いくら父親が宰相とはいえ伯爵家の者が王太子と婚約していたことがおかしいのだ! すでに将来の国母となるべき女性は私が見つけ出している。アンジェリカ嬢!」

「はい、殿下」


フレッドの呼びかけに、メアリーとは正反対のマーメイドラインのシンプルなドレスが似合うキリリとした目つきが印象的な美しい金髪の少女、アンジェリカが彼の一歩後ろに控える。扇子を広げメアリーを哀れみともいえる蔑んだ目で見つめている。


「私の伴侶として侯爵家のアンジェリカ嬢は身分も申し分なく、また、博識であるため様々な政策を共に編み出してくれよう。ふわふわと頼りないわたあめのようなメアリーではできない芸当だ」


ちなみにメアリーも学園での成績は常に五位以内に入る程度には優秀な頭脳を持っている。アンジェリカとは順位を競うライバル関係ともいえる。

王妃教育も終えていて、公務も多少手伝っているが、既存の規則に則った判断を下すのみで、新たな試みを考えるわけではない。何か歴史に残るような政策を行いたいという野心を持つフレッドとしては物足りなかった。しかし、何か大きな問題があるわけではない。このままでは何の面白みもないメアリーと結婚することになるとフレッドは葛藤していた。

そんな時に、政治面に明るくこんな法はどうか、あんな策はどうかと提案し、議論することができるアンジェリカと出会った。

彼女の生家である侯爵家での教育は完璧で、王妃としての教育を少々付け足せば問題がない。


学園を卒業してしまえばすぐにでもメアリーとの婚礼の準備が始まってしまう。

フレッドは強硬手段をとってしまうくらいには焦っていた。


一方メアリーは相変わらずきょとんとした顔で小首をかしげる。


「では、アンジェリカ様が正妃で私が側妃になるということでしょうか?」


メアリーの言葉にフレッドは鼻で笑う。


「私が王になった暁には側妃の制度を撤廃する。私は父上のようにはならない!」


現在の国王はフレッドの母である正妃のほかに二人の妃がいる。それぞれの妃との間に子供はいるが、すべて女であり、フレッドが王太子となった。

フレッドは母親以外の女性とも関係を持つ父親を軽蔑していた。


「お前と私は全くの赤の他人となるのだ! 分をわきまえろ」

「…かしこまりました。パーティーの途中ですが、父と今後の話し合いをしますのでこれで失礼いたします。今までありがとうございました」


メアリーは小さくいつもの甘い微笑みを浮かべてカーテシーを行うと楚々と会場を後にした。

その潔い行動にフレッドですらあっけにとられたが、最後までつかみどころのない婚約者だったと思うだけだった。




フレッドの独断での行動はもちろん両陛下の怒りを買った。

しかし、フレッド以外にめぼしい王太子候補はなく、フレッドとアンジェリカが不貞を行ったわけでもない。幸い問題の夜会に参加していたのは学園の卒業予定者のみ。王立学園であるため主要な貴族の子息が揃っていたのは痛いが当主自体が参加していたわけではない。

国王はしぶしぶメアリーとの婚約を白紙にすることを認め、彼女への慰謝料はフレッドの懐から出すことを条件にアンジェリカとの婚約を認めることにした。


フレッドとアンジェリカはこの結果に満足していたが、王妃は哀れみの目で二人を見つめる。


「あなたたちの進む道は茨の道となるでしょう。二人で歩むと決めたからには覚悟を持つことね」


何の罪もないメアリーに一方的に婚約破棄を告げたのだ。フレッドの評価は下がっただろう。しかし、これからアンジェリカや他の側近たちと作り上げていく新たな政策がうまくいけば自然と評価は上がっていく。


確かに厳しいかもしれないが、必ず光へとたどり着く道だ。

フレッドは決して悲観しなかった。


母親の言葉が別の意味を持っていたことに気付くまで。





こんなはずじゃなかった。

フレッドはただただ茫然としている。


メアリーの代わりにアンジェリカと婚約してから何年もの月日がたった。

あれから二人はすぐに結婚し、早々に両陛下には引退してもらってフレッドが国王となった。

フレッドの未来は明るかった。

それなのに今、どうしてこうもうまくいかないのか。


アンジェリカたちと練りに練った政策の数々は悉く却下される。

アンジェリカに子供ができない。

王になってから、自分は何もできていない。


「フレッド」


顔を上げると、元王妃である母親が立っていた。


「自分の子は諦めなさい。あなたの叔父である王弟に男児の孫が生まれました。彼を養子に迎える準備をするのです」

「そんな! アンジェリカはまだ若い。まだ、産めるはずです」

「このままではあの子が壊れます」


フレッドは現在自室で伏せる妻を思う。

最初は生き生きとしていた。今でも公の場では気丈にふるまっている。しかし、夜になるとぐったりとしてしまい日に日に生気を失っている気がする。一流のケアによりその美しさが損なわれていないのが逆に痛々しいくらいに。


「あなたたちは若いのです。学園ではうまくいくかもしれませんが、王宮では身分は上でも年齢は最も下です。いくら王が代わっても大臣は世代交代していません。どれほど画期的な政策を上げたところで変化を嫌う年輩者が多ければ実現しないでしょう」

「それと養子とになんの関係が」

「女の園も世代交代していないのです。茶会や夜会で毎回のように子はまだかと遠回しにせっつかれストレスを感じない方がおかしい。アンジェリカは限界です。せめて子を産むプレッシャーから解放してあげなさい」

「!」


自分の完璧な人生設計がガラガラと崩れていく音がした。

フレッドはめまいがして顔を片手で覆う。


「…メアリーさえいれば」


母親から漏れた呟きに勢いよく顔を上げた。


「どうして、メアリーの名前が?」


何もわかっていない息子に、元王妃はため息をつく。


「あなたたちはわたあめなどと名付けたようですが、とんでもない。あの子は雲です。ふわふわと掴みどころなく老若男女そつなくいなし、恵みの雨をもたらす雲。あの子ならばあなたたちみたいに性急にことを進めることなく落としどころを見つけたでしょうね」


元王妃は過去を思い出すように遠くを見つめる。


「私が王妃になったとき、あなたたちと同じように周りはみな酸いも甘いも嚙み分けた大人ばかり。いいように利用されないよう必死で、子を産むプレッシャーを毎日押し付けられ、壊れる寸前でした」


フレッドは眼を見開く。


「そんな私の体を思いやってあの方、あなたの父上は側妃を迎えたのです。プレッシャーがなくなったわけではありませんでしたが、分散され気が楽になりました。夫婦の事情はそれぞれです。たとえ息子であろうと一方的に決めつけて蔑まれる筋合いはありません。あの方は確かに私を愛してくれています」


何も、知らなかった。


「せめてわが子には同じ重荷を背負わせたくないとメアリーとの婚約を決めました。あの子はあの切れ者の宰相がただ一人愛した奥方にそっくりの敏い子です。愛らしい見た目とは裏腹によく周りが見えています。彼女ならばプレッシャーをものともせず王妃を務められたでしょう。せめて側妃の制度を撤廃していなければなんとかなったものを」


茨の道。

いつぞやの母親の言葉が身に染みる。

全て、自分で蒔いた種だった。


「めありーは、今」


のどが渇く。

頭痛が治まらない。


「あんな形で婚約を破棄されていくら非がなくとも貴族との婚姻は望めません。とある商会の跡取りに嫁ぎましたよ。今は商談で世界各地を夫婦で巡っているとか。あの雲のような子には、こんな一国にとどまるよりもそちらの方が性に合っているかもしれないわね」


商会の名前を聞くと、王宮でも数多くの商品を取り扱っている有名な大商会だった。特にこの数年の発展がめざましいとされている。その発展に、メアリーも貢献しているのだろうか。


名を揚げたかった。

歴史に残る偉業を成し遂げたかった。


現実はわたあめのように甘くはなかったのだ。

え、なんかすごい読んでくださってる!?

執筆中の別作品の息抜きのつもりが!?


誤字報告、感想、その他もろもろありがとうございます!!読んでいただいてそれだけで本当に嬉しいです!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王妃の言葉のひとつひとつが説得力があって重い❗若さゆえの傲慢さと残酷さ、そこから齎される予想しなかった結果。周囲が思いやってしてくれたお膳立てを無にする思慮の浅さ。かつて息子が貶めた立場を…
[一言] 歴史に残る政策なんて野望がある人は急ぎ過ぎて誰もついていけないか全く現実を見なくてryなイメージ
[良い点] なんかめっちゃ可愛い感じが伝わる〜(「・ω・)「がおー [気になる点] 特にnothing [一言] 保護欲の所、庇護欲とかにしたらなんかそれっぽくなるよ(っ〃・θ・〃C
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